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第二部 エリザと記憶
06(ディオンヌ視点)
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わたしは、ダンとエリザを前にして、因果応報について考えていました。
罪を犯せば、報いを受けるということです。
10ヶ月まえ、わたしたちはエレノアに報いを与えました。
先代ジョーデン侯爵の命を奪い、その犯人にわたしを仕立て上げるという稚拙な計画を実行に移したことに対して、彼女はその身をもって罪を償うことになりました。
でも、わたしたちは神様でも何でもありません。
法にも依らず、勝手な判断で人を罰したことに対しては、報いが巡ってくるのかもしれない――
そんな思いが、ここ数ヶ月、ずっと頭から離れてくれませんでした。
「奥方、すまない。近寄ってはいけないと言われていたのに、部屋の前に何か落ちているのが気になり、つい拾ってしまった」
ダンは、エレノアとの一件のあとに、あたらしく雇った使用人です。
わたしが抜けた穴は大したことはなかったはずなので、行くあてがないという彼を男手があると便利だというだけの理由で雇うことになったのも、やはり天の導きのようなものだったといえるでしょう。
抗いがたい運命の流れを感じながらも、わたしはダンに尋ねました。
「何が落ちていたの?」
「血のついた布だ。ストローザーがいつも焼却炉で焼いているだろう? きっと落としたんだと思って、つい手で拾ってしまったんだ」
「そう……。その布は、どこに?」
「代わりに焼いておいたから、心配は要らない」
血液を触っただけなら、何も問題はありません。
伝染病というのはごまかすための嘘なのですから。
ヴァンパイアの眷属となる仕組みはわかりませんが、犬歯で傷をつけないかぎりは問題ないとされています。
ストローザーというのは、あのあとにやってきた里の者の名です。
エレノアの『後処理』については、その男に一任しています。
ジョーデン家を診てくれるいつもの主治医では、専門外ということでした。
そんな折に、どこから嗅ぎつけたのかタイミングよくやってきたのが、白髪で痩身のストローザーです。
彼は問答無用とばかりにあの部屋に入ると、
「あとは『観察者』である私に任せなさい。里ではいちばん詳しい」
そう語り、人払いを命じました。
他に手段もなく困り果てていたわたしたちは、彼に従うしかありませんでした。
ただ、わたしたちが、使用人に事情を話すことをためらったのが失敗でした。
後処理がこんなに長引くとは、予想外だったからです。
使用人まとめ役のメアリにも、
「エレノアは婚約が破談になって怒って帰ったわ。もし親族が来たら、わたしかジョサイアに取り次いで」
とだけ伝えてありました。
ストローザーのことは、研究者として一室を貸していると話してあります。
長い白髪を振り乱して闊歩する黒衣の彼のことは、みな不気味がって自然と距離を置いてくれました。
ダンも、二階のあの部屋にいるのはストローザーだけだと思っていたはずです。
「奥方……オレは耳がいいんだ。そのせいで、そこを通ったときに奥方たちの話し声がつい聞こえてしまった。他の使用人には絶対に黙っておくが、あの部屋にはエレノアっていう伝染病の女の子がいるんだろう? オレ、この手で血を触ったんだ。感染しているかもしれない。それに――」
彼は、ぶつかって倒れそうになったエリザを支えている手を見て言います。
「同じ手で、この人にまで触れてしまった。お客さんなのに、帰すわけにはいかないよな?」
「それくらいでうつるわけが――」
「奥方。妹を心配しているこの人を部屋に入れられないくらい、うつりやすい病なんだろう?」
「え、ええ……」
ダンがここまで饒舌だったことはこれまで一度もありませんでした。
むしろ寡黙で、頼まれた力仕事を黙々とこなしている姿しか見たことがないように思います。
ダンというのもきっと愛称なのですが、本名がダニエルなのか他の何かなのか、誰も聞き出すことができないでいるほどです。
その彼が、こんなに言葉を尽くしてエリザの心配をしているのを、どうして無下にできるでしょう。
「そうね……わかりました。ダンの言うことはもっともだわ」
わたしは運命に身を任せようと思いました。
受けなければならない罰があるのなら、それはしっかりと受けるべきです。
「エリザ、ごめんね。屋敷の外に病を広げないようにする必要があるの。発症しない確認のために、数日でいいから滞在してもらえる? ダンは石けんでしっかり手を洗って、あの部屋のことはストローザーに任せてね」
神妙にうなずくふたりを見ながら、わたしは覚悟を決めていました。
罪を犯せば、報いを受けるということです。
10ヶ月まえ、わたしたちはエレノアに報いを与えました。
先代ジョーデン侯爵の命を奪い、その犯人にわたしを仕立て上げるという稚拙な計画を実行に移したことに対して、彼女はその身をもって罪を償うことになりました。
でも、わたしたちは神様でも何でもありません。
法にも依らず、勝手な判断で人を罰したことに対しては、報いが巡ってくるのかもしれない――
そんな思いが、ここ数ヶ月、ずっと頭から離れてくれませんでした。
「奥方、すまない。近寄ってはいけないと言われていたのに、部屋の前に何か落ちているのが気になり、つい拾ってしまった」
ダンは、エレノアとの一件のあとに、あたらしく雇った使用人です。
わたしが抜けた穴は大したことはなかったはずなので、行くあてがないという彼を男手があると便利だというだけの理由で雇うことになったのも、やはり天の導きのようなものだったといえるでしょう。
抗いがたい運命の流れを感じながらも、わたしはダンに尋ねました。
「何が落ちていたの?」
「血のついた布だ。ストローザーがいつも焼却炉で焼いているだろう? きっと落としたんだと思って、つい手で拾ってしまったんだ」
「そう……。その布は、どこに?」
「代わりに焼いておいたから、心配は要らない」
血液を触っただけなら、何も問題はありません。
伝染病というのはごまかすための嘘なのですから。
ヴァンパイアの眷属となる仕組みはわかりませんが、犬歯で傷をつけないかぎりは問題ないとされています。
ストローザーというのは、あのあとにやってきた里の者の名です。
エレノアの『後処理』については、その男に一任しています。
ジョーデン家を診てくれるいつもの主治医では、専門外ということでした。
そんな折に、どこから嗅ぎつけたのかタイミングよくやってきたのが、白髪で痩身のストローザーです。
彼は問答無用とばかりにあの部屋に入ると、
「あとは『観察者』である私に任せなさい。里ではいちばん詳しい」
そう語り、人払いを命じました。
他に手段もなく困り果てていたわたしたちは、彼に従うしかありませんでした。
ただ、わたしたちが、使用人に事情を話すことをためらったのが失敗でした。
後処理がこんなに長引くとは、予想外だったからです。
使用人まとめ役のメアリにも、
「エレノアは婚約が破談になって怒って帰ったわ。もし親族が来たら、わたしかジョサイアに取り次いで」
とだけ伝えてありました。
ストローザーのことは、研究者として一室を貸していると話してあります。
長い白髪を振り乱して闊歩する黒衣の彼のことは、みな不気味がって自然と距離を置いてくれました。
ダンも、二階のあの部屋にいるのはストローザーだけだと思っていたはずです。
「奥方……オレは耳がいいんだ。そのせいで、そこを通ったときに奥方たちの話し声がつい聞こえてしまった。他の使用人には絶対に黙っておくが、あの部屋にはエレノアっていう伝染病の女の子がいるんだろう? オレ、この手で血を触ったんだ。感染しているかもしれない。それに――」
彼は、ぶつかって倒れそうになったエリザを支えている手を見て言います。
「同じ手で、この人にまで触れてしまった。お客さんなのに、帰すわけにはいかないよな?」
「それくらいでうつるわけが――」
「奥方。妹を心配しているこの人を部屋に入れられないくらい、うつりやすい病なんだろう?」
「え、ええ……」
ダンがここまで饒舌だったことはこれまで一度もありませんでした。
むしろ寡黙で、頼まれた力仕事を黙々とこなしている姿しか見たことがないように思います。
ダンというのもきっと愛称なのですが、本名がダニエルなのか他の何かなのか、誰も聞き出すことができないでいるほどです。
その彼が、こんなに言葉を尽くしてエリザの心配をしているのを、どうして無下にできるでしょう。
「そうね……わかりました。ダンの言うことはもっともだわ」
わたしは運命に身を任せようと思いました。
受けなければならない罰があるのなら、それはしっかりと受けるべきです。
「エリザ、ごめんね。屋敷の外に病を広げないようにする必要があるの。発症しない確認のために、数日でいいから滞在してもらえる? ダンは石けんでしっかり手を洗って、あの部屋のことはストローザーに任せてね」
神妙にうなずくふたりを見ながら、わたしは覚悟を決めていました。
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