令嬢だったディオンヌは溜め息をついて幼なじみの侯爵を見つめる

monaca

文字の大きさ
32 / 41
第二部 エリザと記憶

07

しおりを挟む
「本当なら今ごろ実家のベッドだったんだけどなあ」

 あたしはジョーデン屋敷の一室で、ふかふかのベッドに横たわって天井を眺めていた。
 二階だが、エレノアが隔離されているのとはべつの部屋だ。

「あの男の子、ダンだっけ? いや、若く見えるだけかも知れないけど。なんなのもう……筋肉のくせに心配性ってキャラ崩壊レベルの大問題じゃない?」

 まあ、父もそうだが、筋肉男に悪いやつはいないのかもしれない。
 いかにもインドア派で抵抗力が弱そうなあたしを、ダンは心配してくれたのだとは思うし。
 ぶつかったのだってあたしの不注意だ。

 でも、この状況、何かがおかしい。
 エレノアの様子を見にきたのに、会うことすら叶わないまま、あたしまで帰れなくなってしまった。
 近づいた者を離さない、まるで人喰い屋敷みたいな風情すらある。

「ディオンヌはとても感じがよくて、好きなんだけどな~」

 と、そこで扉がノックされた。

 返事をすると、黒衣の男、ストローザーが食事を持って入ってきた。

「……夕食だ」
「あ、ありがとうございます」

 一応、館内の他の住人たちとはなるべく接触せずに過ごすことになっている。
 感染していないという確証が持てないからだ。

 もともとエレノアの世話をしているストローザーであれば問題ないということで、あたしの身の回りのことは彼が担当することになったらしい。

 正直なところ、すごく緊張する……。

 この部屋で過ごすことになってから、彼が入ってくるのはこれが初めてではない。
 最初に世話役として、ディオンヌと一緒に軽く挨拶に来てくれたのだ。
 怖がらせないためにという配慮だったのだろう。

 腰よりも長い白髪と、痩せこけた頬。
 どこに売っているのか白衣の黒バージョンのようなものを羽織っている彼は、控えめに言って、異質すぎる。
 一見して「うわ……」と思ってしまった。

(あたし自身のためにも、なるべく近寄らないようにしないと)

 恐怖……ではないのだけれど、触るとやけどする予感がひしひしと感じられた。

 彼がサイドテーブルにトレイを置くのを黙って見ていたあたしは、それでも何か言わなきゃと迷ったあげく、

「あの、すてきな長髪ですね」
「伸びるに任せているだけだ」
「そ、そこがいいと思います!」

 何を言っているのだろう、あたしは。
 この蛇のような三白眼をした男と部屋にふたりきりというのが、耐えられなかったのだ。

 そわそわと腰を浮かすあたしを、ストローザーがぎろりと見た。

(か、勘弁してよ……)

 本能的な反応、というのはまさにこれだろう。
 身体の芯が痺れたようになった。

 そんなあたしの内面を知ってか知らずか、

「きみは宮廷書記官らしいな?」
「ひゃっ、ひゃいっ」
「興味があるので、一緒に食事をとらせてもらってもよいだろうか」

 死んだ……。
 グッバイ、あたしのこれまでの人生。
 人付き合いは少なかったけど、宮廷で書物と向き合って過ごす時間は、かけがいのないものだった。
 大切にしてきたものが、がらりと崩れゆく。

「も、もちろんです」

 うまく、笑えていればいいのだけれど。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

婚約破棄?ああ、どうぞお構いなく。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢アミュレットは、その完璧な美貌とは裏腹に、何事にも感情を揺らさず「はぁ、左様ですか」で済ませてしまう『塩対応』の令嬢。 ある夜会で、婚約者であるエリアス王子から一方的に婚約破棄を突きつけられるも、彼女は全く動じず、むしろ「面倒な義務からの解放」と清々していた。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

【完結】ある公爵の後悔

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
王女に嵌められて冤罪をかけられた婚約者に会うため、公爵令息のチェーザレは北の修道院に向かう。 そこで知った真実とは・・・ 主人公はクズです。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ
恋愛
 「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」  王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。  「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」  本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。  王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。  「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」

病弱を演じる妹に婚約者を奪われましたが、大嫌いだったので大助かりです

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。 『病弱を演じて私から全てを奪う妹よ、全て奪った後で梯子を外してあげます』 メイトランド公爵家の長女キャメロンはずっと不当な扱いを受け続けていた。天性の悪女である妹のブリトニーが病弱を演じて、両親や周りの者を味方につけて、姉キャメロンが受けるはずのモノを全て奪っていた。それはメイトランド公爵家のなかだけでなく、社交界でも同じような状況だった。生まれて直ぐにキャメロンはオーガスト第一王子と婚約していたが、ブリトニーがオーガスト第一王子を誘惑してキャメロンとの婚約を破棄させようとしたいた。だがキャメロンはその機会を捉えて復讐を断行した。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...