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第二部 エリザと記憶
エピローグ
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「すみません、あたし宛の手紙って届いてませんか?」
王宮の郵便係のおじさんに、あたしは尋ねた。
最近またこれが日課になっている。
「うーん……いや、来てないね。家族とはまだ連絡がとれないのかい?」
「あ、妹とは無事に会えました。今は男の人からの手紙を待ってるんです」
「そりゃあ心配だねえ。……って、え? それって恋人かい?」
目を丸くするおじさんに手を振って、あたしは自室に戻った。
ジョーデン屋敷での一件から一ヶ月が経つが、約束だった手紙はまだ来ない。
恋人。
実際のところ、どうなんだろう?
(あたしはそりゃ……すごく好きだけど)
父に似ているとか抜きにしても、とても尊敬できる男性だ。
一緒にいたいと思う。
でも、どうしても遠慮する気持ちが邪魔をしてしまう。
彼は一ヶ所にとどまってくれないだろう。
これまでもそうやって生きてきたし、これからだってきっとそう。
(一緒にいたいなんて言えないよね)
……と、そこで。
部屋の扉がノックされた。
「はーい、ご用ですか?」
自室まで人が来るのは珍しい。
緊急の案件だろうかと思いながら扉を開けると――
「久しいな、エリザ」
彼がそこに立っていた。
いつもの白髪に、いつもの黒衣をまとって。
言葉とは裏腹に、まるで日が経っていないかのようにあのときのままだ。
「ストローザー! あなた、どうして?」
「おや、ダメだったかな。私もここで働くことにしたんだ」
「ええ? 待って待って、ちゃんと話して」
驚きながらも、とにかく彼を椅子に座らせる。
あたしはベッドに腰掛けて、
「どういうこと? ここで働く? 王宮に就職したという意味?」
矢継ぎ早に質問する。
彼は苦笑し、
「もっとこう……ロマンチックな応対を期待していたのだが」
「サプライズってこと?」
彼はうなずいて、両手を広げて見せる。
あたしは躊躇せずにそこに飛び込んだ。
抱きしめられる。
一ヶ月ぶりの、彼の腕の中。
「……ちゃんと話して」
「いや、思いのほか王宮で働く手続きが面倒でな。各地で観察したことを国のために活かしたいと言ったのだが、大臣との面接やら何やらで無駄に時間をとられてしまった」
「そこまでするなんて、軽い気持ちじゃないよね?」
「無論だ。本気で来たのだ」
あたしは腕の中で首を振る。
「そういう意味じゃないの。そこまでしてそばに来るなんて、あたしに対して軽い気持ちじゃないよねってこと」
彼はあたしの目をじっと見つめて、
「無論だ。本気で来たのだ」
もう一度、言った。
あたしの心の中に、安堵と同時に疑問が湧いてくる。
「じゃあ、なんで手紙をくれなかったの? もうあたしのことなんて忘れたのかと思ったよ」
「それなんだがな。きみが王宮に戻ったあと、快復したエレノアをペンダーグラスの屋敷に連れて行った際に叱られてしまって」
「え、もしかしてあの筋肉に?」
彼が苦笑しながらうなずいた。
父のことだとわかったらしい。
「きみの父上と話していたら、なぜか私がきみと結婚したがっていると悟られたのだ。それで、そんな大事なことを手紙で済ませるべきではないと強く言われてな」
「筋肉の勘ってやつね……恐ろしい」
父らしいと思って、あたしはすこし笑った。
こちらの世界での両親は、親というより、恩人だ。
ふらりと現れたあたしのことを本当の子どものように育ててくれたのだから。
恩人で、とても大切な家族。
でも――
「あたしね、前の世界のパパのことが忘れられないんだ。めっちゃファザコン。記憶に焼きついてるパパの姿とあなたの姿が似ていて、それでひと目惚れしちゃった。それでもいい? 引かない?」
「構わない。最初のきっかけなんて、得てしてそのようなものだ。私だって――」
「え、マザコン的な? あたしがママに似てる?」
彼はゆっくりと首を振り、
「きみを知ったのは書物が最初だ。王宮で突如上梓されたという医学書を取り寄せて読んだとき、エリザという著者は神か何かではないかと疑った。人ひとりの生涯ではけっして到達できない、知恵の結晶がそこには記されていた」
「たしかに、人類が何千年もかけて解き明かしてきたものだったからね。でもあたし、意味もわからずに暗記してきただけだった。だいぶがっかりしたんじゃない?」
「いや、ほっとした」
あたしの頭を撫でる。
「神じゃなくてよかった。こうして、対等に話をして、愛することができる。医学は知識だけだとしても、きみは充分に理知的で、好ましい人格をしている。おそらく、きみが知識を愛することができる存在だからこそ、神がその能力を与えてくれたのだろう」
「言いすぎだよ……」
照れながらもあたしは思った。
あたしはこの会話の単語ひとつひとつも、すごく近くで優しい声で喋っているストローザーの表情のちょっとした変化も、すべて覚えておくことができる。
これから何度も何十度も思い出すことだろう。
そしてそのたび、同時に思い出すのだ。
彼に対する、このうえない愛情を。
あのジョーデン屋敷での、初めての夜のことを。
―第二部・完―
王宮の郵便係のおじさんに、あたしは尋ねた。
最近またこれが日課になっている。
「うーん……いや、来てないね。家族とはまだ連絡がとれないのかい?」
「あ、妹とは無事に会えました。今は男の人からの手紙を待ってるんです」
「そりゃあ心配だねえ。……って、え? それって恋人かい?」
目を丸くするおじさんに手を振って、あたしは自室に戻った。
ジョーデン屋敷での一件から一ヶ月が経つが、約束だった手紙はまだ来ない。
恋人。
実際のところ、どうなんだろう?
(あたしはそりゃ……すごく好きだけど)
父に似ているとか抜きにしても、とても尊敬できる男性だ。
一緒にいたいと思う。
でも、どうしても遠慮する気持ちが邪魔をしてしまう。
彼は一ヶ所にとどまってくれないだろう。
これまでもそうやって生きてきたし、これからだってきっとそう。
(一緒にいたいなんて言えないよね)
……と、そこで。
部屋の扉がノックされた。
「はーい、ご用ですか?」
自室まで人が来るのは珍しい。
緊急の案件だろうかと思いながら扉を開けると――
「久しいな、エリザ」
彼がそこに立っていた。
いつもの白髪に、いつもの黒衣をまとって。
言葉とは裏腹に、まるで日が経っていないかのようにあのときのままだ。
「ストローザー! あなた、どうして?」
「おや、ダメだったかな。私もここで働くことにしたんだ」
「ええ? 待って待って、ちゃんと話して」
驚きながらも、とにかく彼を椅子に座らせる。
あたしはベッドに腰掛けて、
「どういうこと? ここで働く? 王宮に就職したという意味?」
矢継ぎ早に質問する。
彼は苦笑し、
「もっとこう……ロマンチックな応対を期待していたのだが」
「サプライズってこと?」
彼はうなずいて、両手を広げて見せる。
あたしは躊躇せずにそこに飛び込んだ。
抱きしめられる。
一ヶ月ぶりの、彼の腕の中。
「……ちゃんと話して」
「いや、思いのほか王宮で働く手続きが面倒でな。各地で観察したことを国のために活かしたいと言ったのだが、大臣との面接やら何やらで無駄に時間をとられてしまった」
「そこまでするなんて、軽い気持ちじゃないよね?」
「無論だ。本気で来たのだ」
あたしは腕の中で首を振る。
「そういう意味じゃないの。そこまでしてそばに来るなんて、あたしに対して軽い気持ちじゃないよねってこと」
彼はあたしの目をじっと見つめて、
「無論だ。本気で来たのだ」
もう一度、言った。
あたしの心の中に、安堵と同時に疑問が湧いてくる。
「じゃあ、なんで手紙をくれなかったの? もうあたしのことなんて忘れたのかと思ったよ」
「それなんだがな。きみが王宮に戻ったあと、快復したエレノアをペンダーグラスの屋敷に連れて行った際に叱られてしまって」
「え、もしかしてあの筋肉に?」
彼が苦笑しながらうなずいた。
父のことだとわかったらしい。
「きみの父上と話していたら、なぜか私がきみと結婚したがっていると悟られたのだ。それで、そんな大事なことを手紙で済ませるべきではないと強く言われてな」
「筋肉の勘ってやつね……恐ろしい」
父らしいと思って、あたしはすこし笑った。
こちらの世界での両親は、親というより、恩人だ。
ふらりと現れたあたしのことを本当の子どものように育ててくれたのだから。
恩人で、とても大切な家族。
でも――
「あたしね、前の世界のパパのことが忘れられないんだ。めっちゃファザコン。記憶に焼きついてるパパの姿とあなたの姿が似ていて、それでひと目惚れしちゃった。それでもいい? 引かない?」
「構わない。最初のきっかけなんて、得てしてそのようなものだ。私だって――」
「え、マザコン的な? あたしがママに似てる?」
彼はゆっくりと首を振り、
「きみを知ったのは書物が最初だ。王宮で突如上梓されたという医学書を取り寄せて読んだとき、エリザという著者は神か何かではないかと疑った。人ひとりの生涯ではけっして到達できない、知恵の結晶がそこには記されていた」
「たしかに、人類が何千年もかけて解き明かしてきたものだったからね。でもあたし、意味もわからずに暗記してきただけだった。だいぶがっかりしたんじゃない?」
「いや、ほっとした」
あたしの頭を撫でる。
「神じゃなくてよかった。こうして、対等に話をして、愛することができる。医学は知識だけだとしても、きみは充分に理知的で、好ましい人格をしている。おそらく、きみが知識を愛することができる存在だからこそ、神がその能力を与えてくれたのだろう」
「言いすぎだよ……」
照れながらもあたしは思った。
あたしはこの会話の単語ひとつひとつも、すごく近くで優しい声で喋っているストローザーの表情のちょっとした変化も、すべて覚えておくことができる。
これから何度も何十度も思い出すことだろう。
そしてそのたび、同時に思い出すのだ。
彼に対する、このうえない愛情を。
あのジョーデン屋敷での、初めての夜のことを。
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