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第一章
第8話 死霊術士、タダで宿に泊まる
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「で、これからのことなんだけどさ……」
「はい」
「こうして、俺たちは改めてしっかりと協力関係を結んだわけだ」
「はい」
「これから二人で魔王を倒しに旅をしていくわけだけど……」
うーん。我ながらこんなことを年下の女の子に相談するのは気が引ける。
いや五百年前から存在しているのだからリリスは俺の大先輩なのではあるが、それでもやはりこれは男にとって情けないことに変わりないだろう。
しかし現実問題、これは非常に重要な問題だ。早急に解決せねばなるまい。
「俺さ、金ないんだよね」
「は、はい……? あ……!」
はっとしたように、リリスは手を口元に当てた。
「このお酒とナッツ、買ったんですよね!?」
「え? そりゃそうさ。酒場だからな」
「ご、ごめんなさい! お金がかかるのに、わたし、酒場で話をしようなんて!」
「あ、いやいや、そっちじゃなくて! それは別にいいんだよ。それくらいの金はあるから!」
「わたしったら、なんてはしたない真似を……。お店ではお金がかかるってこと、わたし、ほんとうに忘れていたんです!」
普通なら戯言にしか聞こえない台詞であるが、リリスの場合は違う。
五百年もの間、俗世とは離れていたのだ。金銭というものの存在など頭から消えてもおかしくないだろうな。
「わかったわかった。それは別にいいんだ。問題は、これから旅をするのに金を稼がなきゃいけないってことなんだ」
「は、はい……」
頬を赤くして小さく頷くリリスは、まるで叱られた小動物のようだ。
酒とナッツ程度でまさかここまで申し訳なさそうにされるとは。こちらが恐縮してしまう。
「とりあえず今日は疲れが溜まっているからどこかで休んで、明日になったらこのギルドで仕事を探そうと思うんだ。まとまった金を得て、武器や防具や食糧を揃えないと旅に出られないからな」
「そうですね。旅において準備はとても大切です」
「それから、俺たち二人だけではやはり心許ない。仲間も探さないといけないな」
「仲間、ですか。確かに……。わたしと父も結局二人で旅をして失敗しましたからね」
いくらリリスが強いとはいえ、俺たち二人だけでは対処できないことが後々出てくるかもしれないからな。
まぁ、仲間を集めるとはいっても実際どうすればいいか俺にもわからないのも事実であるが……。
「まぁ、今のところは仲間のことはとりあえず置いておくとして……問題は、今日の宿のことなんだけど」
実は宿をとる金、無いんだよね……と言おうとしたちょうどそのとき、俺たちの背後で気配がした。
「クラウス、リリス。お待たせ! リリスの冒険者証ができたわよ」
ギルド職員のオデットがリリスの冒険者証を持ってきてくれたのだ。
「あ、オデットさん! ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げてリリスがそれを受け取る。
「おー、A級冒険者証だな。すげぇ」
俺では一生手にできないであろうピカピカのA級冒険者証だ。
もっとも、リリスは本来それ以上のS級の実力があるわけだが。
「それがあれば大半のクエストを受けられるから。無くさないでね?」
「はい! 大切にしますね」
オデットは嬉しそうに冒険者証を懐にしまうリリスを見て微笑んだ後、何故か悪戯っぽく口角を上げて俺の方を見た。
「で、さっき宿がどうとか言ってなかった?」
「ああ。実はな……」
「あー、みなまで言わなくていいわよ。宿に困ってるんでしょ?」
俺は頷いた。勘がいい人だな。
「あんたたち見たところボロボロだし、今日のところはギルドの部屋を使っていいわよ。ここ、三階と四階は冒険者用の宿になってるのよ」
「いや、でもそれは悪いよ……痛っ?」
断ろうとする俺に、オデットはデコピンをかまして続けた。
「なーに言ってんのよ。魔王を倒しに行こうって人が、宿もとれないで体力を消耗してどうするのよ。こういう親切はありがたく受けとりなさい。それにあんたは良くてもリリスを野宿なんてさせられないでしょうが」
「そ、そうだな……。すまん、恩に着るよ」
「ありがとうございます、オデットさん!」
これはありがたい。
しかし、こんなに優しいギルド職員は初めてだな。
俺なんかはこれまで粗末な扱いしかされなかったし。
両手を腰に当てて凛と立つオデットは、まるで後光が射した女神様のように見えた。
リリスも同じ気持ちなのか、俺たちは気がつけば二人そろってお辞儀をしていた。
「ええ。でも、これはあくまで特別だからね。明日になったらクエストでちゃんとお金稼ぎなさいよ? 出世払いってことでいいわ」
「ああ、勿論だ!」
「わたし、絶対に魔王を倒します!」
オデットは「はいはい」と言って笑いながら、既に用意してあったのか、ズボンのポケットからキーを取り出し手渡してくれた。
◇◇◇◇◇
「クラウスさん~? 起きてくださ~い?」
「ん、んん……もうちょっと……」
「もう、寝坊はダメですよ~! 今日からお仕事なんですから、早く起きてください! オデットさんにも言われたでしょう?」
小窓から射す朝の光と、身体が揺らされる感覚が徐々に俺の眠気を取り去ってゆく。
「んん……おはよう、リリス」
「おはようございます、クラウスさん!」
俺の眠るベッドの脇に屈み、満面の笑みで俺に挨拶をするリリス。
……ってちょっと待て。
「ちょ、お前、な、なんで俺の部屋に!?」
いくら死霊とはいえ、年頃の娘さんと二人きりでこの狭い部屋にいるというのは色々とやばい。
というか、俺の寝顔を見られていたのか。
やだ、恥ずかしい。
「だって、約束した時間過ぎてるのに、クラウスさん起きてこないんですもん」
「え!」
部屋にかけられた時計の短針は午前十時を過ぎていた。
「あ……すまん。つい」
「仕方ないですよ。クラウスさんはわたしと違って何日も旅をしていたんでしょう? わたしも生きていた頃はそうでしたからわかります。久しぶりのベッドだと、ついつい寝過ごしちゃいますよね。よく父に怒られてました。ふふ」
「リリスは疲れとかは大丈夫なのか?」
実体化した霊魂に疲れが蓄積するのかどうかとか、そのへんはまったくわからないからな。
「疲れですか? ばっちりとれましたよ?」
「いや、その、何というか……憑依とか実体化って疲れるのかなって」
「あ、そういうことですね。うーん、普通に昨日動いた分は疲れてると思いますよ。でもわたしはずっとあの山で休んでいたようなものですから、実のところ、疲れたって感覚自体忘れちゃってるんですよね」
「ふーむ、なるほどな」
もしかしたら強靭なリリスの霊魂だからこそ、こうして問題なく立っているのかもしれない。
俺が霊魂だったら鈍りすぎて歩けなくなってそうだな。
「あ、でも、実体化してるときって、なんだかあまり身体に力が入らない気がします。時間が経つにつれて、本来の力が出なくなるというか……」
「そうなのか?」
「はい。昨日よりも少しだけ……ですけどね。憑依しているときにはそういう感じはないので、たぶん定期的に憑依することで魔力を補充すればいいんだと思います」
「魔力を補充? でも俺自身にたいした魔力は……」
「これはわたしの考えなんですが……この実体化した身体はあくまで仮のもの、ですよね?」
「そうだな。死霊術士の術で自然界の闇の力を寄せ集めて作った魔力体だ」
「たぶん、わたしの霊魂の本体は今でも死霊術士であるクラウスさんの中にあるんだと思います。大本(おおもと)の魔力はクラウスさんの中にあるので、憑依すると魔力がつぎ足されて力が戻るのかな、と」
すると、俺という入れ物がいわば酒樽みたいなもので、中に入っている酒がリリスの本体、実体化したリリスの身体がグラスみたいなものか。
時間が経つとグラスの酒が減るから、酒樽からつぎ足す必要がある、と。
「なるほどな。そういや昔、そんな感じの話を婆ちゃんから聞いた気がする……。まぁ基本的に戦闘中やクエストのときは憑依してもらうと思うから、そのときに魔力を回復する感じでいいかな?」
「はい、大丈夫ですよ」
「すまないな。リリスの魔力なのに不自由をかけさせて」
「いえいえ。わたしはこうしてまた二本の足で地面を歩くことができるだけで幸せですから!」
霊魂のときはどんなふうだったのか……は、あえて訊かないことにした。
ベッドから出た俺はサイドテーブルからネックレスをとり、首にかけた。
「それ、いいネックレスですね?」
「そうかな? 故郷を出るときに婆ちゃんに貰ったんだよ。お守りだから寝るとき以外は必ずつけてろってさ」
剣の意匠が彫られた、菱形の黒い地味なネックレスだ。
普段はコートの中に隠れているので誰にも言及されたことはなかったのだが、リリスはよく見ているな。
「優しいお婆さんなんですね」
「まぁな……ちょっと過保護で口うるさかったけど、今となっては寂しい気もするな」
「あはは、わかります。わたしの父も色々うるさかったですから」
「どんなことを言われてたんだ?」
「色々ですよ。寝るときはちゃんと布団をかけろ! とか、好き嫌いはするな! とか、変な男には捕まるな! とか」
リリスの調子は、うんざりした様子で父親の愚痴を言う娘のそれだったが、同時に父親の小言を懐かしんでいるのが俺にはわかった。
「ははは」
どこの親も同じようなものなのかもしれないな。俺の親は俺が小さいときに死んでしまったけど。
俺はコートを羽織り、リリスと一緒に部屋を出た。
婆ちゃん、元気にしてるかなぁ。
◇◇◇◇◇
「あ! おっそいわよクラウス!」
リリスと一緒に階段から一階の受付に下りると、俺たちを待っていたであろうオデットの声がカウンターから響いた。
カウンターでは、オデットが俺たちに向かって手を振っている。彼女がつけている白い手袋が明かりを反射しているのでよく見える。
昨日と違い、一階には人がほとんどおらず、飲んだくれが数人酒場にいるくらいだった。
きっと大半の冒険者は既にクエストを受注して仕事に出たのだろう。
俺は申し訳なさと情けなさを誤魔化すように頭をかきながらカウンターの方へ向かう。
「まったく、こんな時間じゃろくな仕事にありつけないわよ?」
「すまん、つい寝過ごしてしまった!」
オデットのきつい言葉が寝起きの身体と頭に突き刺さる。
「オデットさん。クラウスさんはだいぶ疲れていたんですよ」
リリスが助け船を出してくれた。
寝坊したうえに庇ってもらって、情けないなぁ、俺。
「そうね。まぁしょうがないと思うわ。コステリアからデスマウンテンを越えてここまで来たんじゃそりゃ疲れるはずよね」
オデットは呆れたようにため息をつきながらも、その仕草には隠しきれない優しさと温かさが垣間見えた。
初日から大失態だ。気をつけないとな。
「すまんオデット。二度とこんなことはないように気をつけるよ。だから何とかいい仕事紹介してもらえないかな……?」
そう言って俺が頭を下げると――あらかじめ用意してあったのだろう、オデットは一枚の紙を取り出して俺たちの前に置いた。
「そうだろうと思って仕事を取っておいたわよ。と言っても、かなり難度の高いA級緊急クエストなんだけど……やるわよね?」
「はい」
「こうして、俺たちは改めてしっかりと協力関係を結んだわけだ」
「はい」
「これから二人で魔王を倒しに旅をしていくわけだけど……」
うーん。我ながらこんなことを年下の女の子に相談するのは気が引ける。
いや五百年前から存在しているのだからリリスは俺の大先輩なのではあるが、それでもやはりこれは男にとって情けないことに変わりないだろう。
しかし現実問題、これは非常に重要な問題だ。早急に解決せねばなるまい。
「俺さ、金ないんだよね」
「は、はい……? あ……!」
はっとしたように、リリスは手を口元に当てた。
「このお酒とナッツ、買ったんですよね!?」
「え? そりゃそうさ。酒場だからな」
「ご、ごめんなさい! お金がかかるのに、わたし、酒場で話をしようなんて!」
「あ、いやいや、そっちじゃなくて! それは別にいいんだよ。それくらいの金はあるから!」
「わたしったら、なんてはしたない真似を……。お店ではお金がかかるってこと、わたし、ほんとうに忘れていたんです!」
普通なら戯言にしか聞こえない台詞であるが、リリスの場合は違う。
五百年もの間、俗世とは離れていたのだ。金銭というものの存在など頭から消えてもおかしくないだろうな。
「わかったわかった。それは別にいいんだ。問題は、これから旅をするのに金を稼がなきゃいけないってことなんだ」
「は、はい……」
頬を赤くして小さく頷くリリスは、まるで叱られた小動物のようだ。
酒とナッツ程度でまさかここまで申し訳なさそうにされるとは。こちらが恐縮してしまう。
「とりあえず今日は疲れが溜まっているからどこかで休んで、明日になったらこのギルドで仕事を探そうと思うんだ。まとまった金を得て、武器や防具や食糧を揃えないと旅に出られないからな」
「そうですね。旅において準備はとても大切です」
「それから、俺たち二人だけではやはり心許ない。仲間も探さないといけないな」
「仲間、ですか。確かに……。わたしと父も結局二人で旅をして失敗しましたからね」
いくらリリスが強いとはいえ、俺たち二人だけでは対処できないことが後々出てくるかもしれないからな。
まぁ、仲間を集めるとはいっても実際どうすればいいか俺にもわからないのも事実であるが……。
「まぁ、今のところは仲間のことはとりあえず置いておくとして……問題は、今日の宿のことなんだけど」
実は宿をとる金、無いんだよね……と言おうとしたちょうどそのとき、俺たちの背後で気配がした。
「クラウス、リリス。お待たせ! リリスの冒険者証ができたわよ」
ギルド職員のオデットがリリスの冒険者証を持ってきてくれたのだ。
「あ、オデットさん! ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げてリリスがそれを受け取る。
「おー、A級冒険者証だな。すげぇ」
俺では一生手にできないであろうピカピカのA級冒険者証だ。
もっとも、リリスは本来それ以上のS級の実力があるわけだが。
「それがあれば大半のクエストを受けられるから。無くさないでね?」
「はい! 大切にしますね」
オデットは嬉しそうに冒険者証を懐にしまうリリスを見て微笑んだ後、何故か悪戯っぽく口角を上げて俺の方を見た。
「で、さっき宿がどうとか言ってなかった?」
「ああ。実はな……」
「あー、みなまで言わなくていいわよ。宿に困ってるんでしょ?」
俺は頷いた。勘がいい人だな。
「あんたたち見たところボロボロだし、今日のところはギルドの部屋を使っていいわよ。ここ、三階と四階は冒険者用の宿になってるのよ」
「いや、でもそれは悪いよ……痛っ?」
断ろうとする俺に、オデットはデコピンをかまして続けた。
「なーに言ってんのよ。魔王を倒しに行こうって人が、宿もとれないで体力を消耗してどうするのよ。こういう親切はありがたく受けとりなさい。それにあんたは良くてもリリスを野宿なんてさせられないでしょうが」
「そ、そうだな……。すまん、恩に着るよ」
「ありがとうございます、オデットさん!」
これはありがたい。
しかし、こんなに優しいギルド職員は初めてだな。
俺なんかはこれまで粗末な扱いしかされなかったし。
両手を腰に当てて凛と立つオデットは、まるで後光が射した女神様のように見えた。
リリスも同じ気持ちなのか、俺たちは気がつけば二人そろってお辞儀をしていた。
「ええ。でも、これはあくまで特別だからね。明日になったらクエストでちゃんとお金稼ぎなさいよ? 出世払いってことでいいわ」
「ああ、勿論だ!」
「わたし、絶対に魔王を倒します!」
オデットは「はいはい」と言って笑いながら、既に用意してあったのか、ズボンのポケットからキーを取り出し手渡してくれた。
◇◇◇◇◇
「クラウスさん~? 起きてくださ~い?」
「ん、んん……もうちょっと……」
「もう、寝坊はダメですよ~! 今日からお仕事なんですから、早く起きてください! オデットさんにも言われたでしょう?」
小窓から射す朝の光と、身体が揺らされる感覚が徐々に俺の眠気を取り去ってゆく。
「んん……おはよう、リリス」
「おはようございます、クラウスさん!」
俺の眠るベッドの脇に屈み、満面の笑みで俺に挨拶をするリリス。
……ってちょっと待て。
「ちょ、お前、な、なんで俺の部屋に!?」
いくら死霊とはいえ、年頃の娘さんと二人きりでこの狭い部屋にいるというのは色々とやばい。
というか、俺の寝顔を見られていたのか。
やだ、恥ずかしい。
「だって、約束した時間過ぎてるのに、クラウスさん起きてこないんですもん」
「え!」
部屋にかけられた時計の短針は午前十時を過ぎていた。
「あ……すまん。つい」
「仕方ないですよ。クラウスさんはわたしと違って何日も旅をしていたんでしょう? わたしも生きていた頃はそうでしたからわかります。久しぶりのベッドだと、ついつい寝過ごしちゃいますよね。よく父に怒られてました。ふふ」
「リリスは疲れとかは大丈夫なのか?」
実体化した霊魂に疲れが蓄積するのかどうかとか、そのへんはまったくわからないからな。
「疲れですか? ばっちりとれましたよ?」
「いや、その、何というか……憑依とか実体化って疲れるのかなって」
「あ、そういうことですね。うーん、普通に昨日動いた分は疲れてると思いますよ。でもわたしはずっとあの山で休んでいたようなものですから、実のところ、疲れたって感覚自体忘れちゃってるんですよね」
「ふーむ、なるほどな」
もしかしたら強靭なリリスの霊魂だからこそ、こうして問題なく立っているのかもしれない。
俺が霊魂だったら鈍りすぎて歩けなくなってそうだな。
「あ、でも、実体化してるときって、なんだかあまり身体に力が入らない気がします。時間が経つにつれて、本来の力が出なくなるというか……」
「そうなのか?」
「はい。昨日よりも少しだけ……ですけどね。憑依しているときにはそういう感じはないので、たぶん定期的に憑依することで魔力を補充すればいいんだと思います」
「魔力を補充? でも俺自身にたいした魔力は……」
「これはわたしの考えなんですが……この実体化した身体はあくまで仮のもの、ですよね?」
「そうだな。死霊術士の術で自然界の闇の力を寄せ集めて作った魔力体だ」
「たぶん、わたしの霊魂の本体は今でも死霊術士であるクラウスさんの中にあるんだと思います。大本(おおもと)の魔力はクラウスさんの中にあるので、憑依すると魔力がつぎ足されて力が戻るのかな、と」
すると、俺という入れ物がいわば酒樽みたいなもので、中に入っている酒がリリスの本体、実体化したリリスの身体がグラスみたいなものか。
時間が経つとグラスの酒が減るから、酒樽からつぎ足す必要がある、と。
「なるほどな。そういや昔、そんな感じの話を婆ちゃんから聞いた気がする……。まぁ基本的に戦闘中やクエストのときは憑依してもらうと思うから、そのときに魔力を回復する感じでいいかな?」
「はい、大丈夫ですよ」
「すまないな。リリスの魔力なのに不自由をかけさせて」
「いえいえ。わたしはこうしてまた二本の足で地面を歩くことができるだけで幸せですから!」
霊魂のときはどんなふうだったのか……は、あえて訊かないことにした。
ベッドから出た俺はサイドテーブルからネックレスをとり、首にかけた。
「それ、いいネックレスですね?」
「そうかな? 故郷を出るときに婆ちゃんに貰ったんだよ。お守りだから寝るとき以外は必ずつけてろってさ」
剣の意匠が彫られた、菱形の黒い地味なネックレスだ。
普段はコートの中に隠れているので誰にも言及されたことはなかったのだが、リリスはよく見ているな。
「優しいお婆さんなんですね」
「まぁな……ちょっと過保護で口うるさかったけど、今となっては寂しい気もするな」
「あはは、わかります。わたしの父も色々うるさかったですから」
「どんなことを言われてたんだ?」
「色々ですよ。寝るときはちゃんと布団をかけろ! とか、好き嫌いはするな! とか、変な男には捕まるな! とか」
リリスの調子は、うんざりした様子で父親の愚痴を言う娘のそれだったが、同時に父親の小言を懐かしんでいるのが俺にはわかった。
「ははは」
どこの親も同じようなものなのかもしれないな。俺の親は俺が小さいときに死んでしまったけど。
俺はコートを羽織り、リリスと一緒に部屋を出た。
婆ちゃん、元気にしてるかなぁ。
◇◇◇◇◇
「あ! おっそいわよクラウス!」
リリスと一緒に階段から一階の受付に下りると、俺たちを待っていたであろうオデットの声がカウンターから響いた。
カウンターでは、オデットが俺たちに向かって手を振っている。彼女がつけている白い手袋が明かりを反射しているのでよく見える。
昨日と違い、一階には人がほとんどおらず、飲んだくれが数人酒場にいるくらいだった。
きっと大半の冒険者は既にクエストを受注して仕事に出たのだろう。
俺は申し訳なさと情けなさを誤魔化すように頭をかきながらカウンターの方へ向かう。
「まったく、こんな時間じゃろくな仕事にありつけないわよ?」
「すまん、つい寝過ごしてしまった!」
オデットのきつい言葉が寝起きの身体と頭に突き刺さる。
「オデットさん。クラウスさんはだいぶ疲れていたんですよ」
リリスが助け船を出してくれた。
寝坊したうえに庇ってもらって、情けないなぁ、俺。
「そうね。まぁしょうがないと思うわ。コステリアからデスマウンテンを越えてここまで来たんじゃそりゃ疲れるはずよね」
オデットは呆れたようにため息をつきながらも、その仕草には隠しきれない優しさと温かさが垣間見えた。
初日から大失態だ。気をつけないとな。
「すまんオデット。二度とこんなことはないように気をつけるよ。だから何とかいい仕事紹介してもらえないかな……?」
そう言って俺が頭を下げると――あらかじめ用意してあったのだろう、オデットは一枚の紙を取り出して俺たちの前に置いた。
「そうだろうと思って仕事を取っておいたわよ。と言っても、かなり難度の高いA級緊急クエストなんだけど……やるわよね?」
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