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#3 Beat it 〜この場合殴るのはいいとしてもできれば別の物を使いたかった(3)
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こうなると最後の1人は必死だ。こんな時ポケットから取り出す得物は、ジャックナイフと相場が決まっている。
「てめえ、いい加減ブツ渡せ。それか死ね!」
どでかいナイフ対RK-100。武器対楽器。圧倒的不利ながら、貴明の脳内では大好きなポリスアクション映画のテーマ曲が鳴り響いていた。ちなみに貴明は、起きている間は常時脳内で何かしらの曲を再生しているという音楽性変態である。なおこの時のセットリストは「Axel F」「Cheer down」などなど…。
男がナイフを振り回す。切っ先が貴明の左腕を的確にとらえ、まあまあシリアスに出血し激痛が走る。マズイ。喧嘩慣れした奴のナイフをかわせるわけがない。体力も限界だ。ああアザーサイドなんて関わりたくなかったと、今さらながら後悔する貴明。男はじりじりと距離を詰め、その後ろには薄ら笑いを浮かべた佳奈もいた。
絶望的。だがここで突然、廊下の一番遠いところから声が聞こえた。それは真剣に誰かを思う気持ちがこめられた、必死な声。
「ゲート!ドアを開けて逃げて!」
女の子か?佳奈にぶつかったときからずっと後をつけていた人物らしい。遠くて顔はわからないが、その高温でよく通る声はどこかで聞き覚えがある。気がした。
「えっ⁉︎なんで知って…」
「なんでもいいから、とにかく開けてください!」
ホテルなので部屋のドアはたくさんある。だが果たしてこの中にゲートはあるのか?
「誰としゃべってんだよてめえ、そろそろ切り刻んでやんよ。ブツはその後でいい。やるぞ佳奈」
男が突きつけるナイフを必死に避け、貴明は一番近い部屋のドアに手をかける。だがこれは普通のドアだ。開けるとホテルの部屋が見えた。
「違う、一番したいことを思って開けるんです!わかるでしょ!」
女の子の声が響く。そうか欲求だ。梨杏も言ってた。貴明は考える。
今一番したいこと…帰って寝たい。キーボードが壊れてないか確かめたい。ダークローストのコーヒーが飲みたい。斉藤由貴は…いやそれはもういい。そんなことを考えながら次々にドアを開けるが、どれも全部普通の部屋だ。5つめのドアを開けたところでついに奴らに組み付かれ、そのまま部屋になだれ込んでしまう。目の前にはナイフが迫る。
もうダメだ…なんで俺はこう素直じゃないんだ。マトリ気取ってる場合かよ、素直に渡せば何もなかったかもしれないのに。
相手をキーボードで押さえてどうにかナイフを止めながら、貴明は深々と後悔する。その時、いっそう力のこもった女の子の絶叫が耳に飛び込んできた。
「一番会いたい人のことを考えて!世界で一番大切な人のこと!お願い貴明さん!」
大切な人か…でも誰だ…親?透矢?紗英?
…そうか、あいつだ。その人の顔を思い浮かべ、貴明は静かな心持ちを取り戻す。
「お兄ちゃん!あははっ!」
妹の澄香の声。笑顔、泣き顔、不機嫌、甘えた様子…いくつもの表情が浮かんでくる。この危機的状況においてさえ、そのどれもがたまらなく愛しかった。
「妹に…。澄香に、会いたい」
「そう、それでいいの!これからは綺麗な女の人には用心してくださいね!」
微妙に怒られた感じだが、遠くの声の主は嬉しそうにガッツポーズしたようにも見えた。
ナイフの攻防で貴明が押しつけられていたのは、トイレのドアだ。貴明は渾身の力で相手を蹴り飛ばし、翻ってドアノブに手をかける。瞬間、ドアはピンク色に染まった。
ドアが開いた隙間からは、白い光が見えている。
「死ね!死にさらせ!」
ドアを開けてトイレに逃げ込もうとする貴明の背後から、男が首筋を目がけてナイフを振りかざす。あと3センチで貴明の脳幹に突き刺さりThe End…というところで、なぜかナイフはその凶悪な動きを止める。何もないのに何かに当たったような、不自然な止まり方だった。よく見ると、ナイフと首筋はちょうどドアの境界線を挟んで両側に位置していた。
一瞬の静寂。トイレの中の貴明に外の佳奈たち。お互いわけがわからないまま対峙するが、貴明はなんとなく、光の中に入れば安全なことを直感で知っていた。
「ふははは!正義は勝ーつ!これはこうしてやるぞ、よく見とけチーマー野郎!」
貴明は袋を破り、粉を便器の中にサラサラと落とし始めた。
「やめ!…」
男と重なって倒れていた佳奈が、粉を捨てるのを止めようといち早く手を伸ばす。だがその手は貴明には届かず、代わりに2本の手が中から伸びてきた。手は馬鹿馬鹿しいことに、佳奈の両の胸をいいだけまさぐり続ける。
「ちょ、何やってんのよあんた、いいからそれを…」
「うっせー!俺を利用したお返しだ、この巨乳の感触で許してやるよ!うははは」
「や、や、やめてよー!」
佳奈は袋を取り返そうと前に進むも、光の壁のブロックに加え、胸を手荒に揉みしだかれるのに耐え切れず、尻餅をついて後ろに倒れこんだ。
それを見た貴明は、おもむろに水洗レバーを大方向に上げる。スゴゴゴゴというイカス水音とともに、末端価格数百万円の何かが地球に帰っていった。
茫然とする佳奈たち。どうやら彼らは、国家権力や上層部から逃げ回るだけの、現状に輪をかけてくだらない人生が確定したようである。
貴明は一層の光に包まれる。間一髪で帰還することができそうだが、おっとその前に…
「ねえ廊下の誰か、ありがとう!おかげで助かったよ、お礼するから!」
救いの声の主に呼びかけたが返事はない。逆恨みや騒ぎを避けて、すでに立ち去ったか。
「じゃあな、無駄巨乳。刑期が済んだら真っ当に生きるんだぜ」
チーマー以上に憎らしく悪辣な笑顔を浮かべながら、貴明は光の中に消えていく。彼が消えた直後、ホテルには通報を受けた警察が到着し、佳奈たち4人はあえなく拘束された。
「だから、キーボードを背負った奴だっつってんだろうがよ!あいつはどこ行った!」
「やれやれ、薬でキマって内輪揉めか。お前なあ、街なかでキーボードを背負って歩くようなド阿呆なんているわけないだろ?話は署で聞くから来い」
「内輪揉めじゃない、私が揉まれたのよ!」
「いやなんか上手いこと言ってもダメだから。いいからこっち。はい歩く」
一味は貴明の存在を不思議がりつつも、警官に促され渋々パトカーに乗った。
「てめえ、いい加減ブツ渡せ。それか死ね!」
どでかいナイフ対RK-100。武器対楽器。圧倒的不利ながら、貴明の脳内では大好きなポリスアクション映画のテーマ曲が鳴り響いていた。ちなみに貴明は、起きている間は常時脳内で何かしらの曲を再生しているという音楽性変態である。なおこの時のセットリストは「Axel F」「Cheer down」などなど…。
男がナイフを振り回す。切っ先が貴明の左腕を的確にとらえ、まあまあシリアスに出血し激痛が走る。マズイ。喧嘩慣れした奴のナイフをかわせるわけがない。体力も限界だ。ああアザーサイドなんて関わりたくなかったと、今さらながら後悔する貴明。男はじりじりと距離を詰め、その後ろには薄ら笑いを浮かべた佳奈もいた。
絶望的。だがここで突然、廊下の一番遠いところから声が聞こえた。それは真剣に誰かを思う気持ちがこめられた、必死な声。
「ゲート!ドアを開けて逃げて!」
女の子か?佳奈にぶつかったときからずっと後をつけていた人物らしい。遠くて顔はわからないが、その高温でよく通る声はどこかで聞き覚えがある。気がした。
「えっ⁉︎なんで知って…」
「なんでもいいから、とにかく開けてください!」
ホテルなので部屋のドアはたくさんある。だが果たしてこの中にゲートはあるのか?
「誰としゃべってんだよてめえ、そろそろ切り刻んでやんよ。ブツはその後でいい。やるぞ佳奈」
男が突きつけるナイフを必死に避け、貴明は一番近い部屋のドアに手をかける。だがこれは普通のドアだ。開けるとホテルの部屋が見えた。
「違う、一番したいことを思って開けるんです!わかるでしょ!」
女の子の声が響く。そうか欲求だ。梨杏も言ってた。貴明は考える。
今一番したいこと…帰って寝たい。キーボードが壊れてないか確かめたい。ダークローストのコーヒーが飲みたい。斉藤由貴は…いやそれはもういい。そんなことを考えながら次々にドアを開けるが、どれも全部普通の部屋だ。5つめのドアを開けたところでついに奴らに組み付かれ、そのまま部屋になだれ込んでしまう。目の前にはナイフが迫る。
もうダメだ…なんで俺はこう素直じゃないんだ。マトリ気取ってる場合かよ、素直に渡せば何もなかったかもしれないのに。
相手をキーボードで押さえてどうにかナイフを止めながら、貴明は深々と後悔する。その時、いっそう力のこもった女の子の絶叫が耳に飛び込んできた。
「一番会いたい人のことを考えて!世界で一番大切な人のこと!お願い貴明さん!」
大切な人か…でも誰だ…親?透矢?紗英?
…そうか、あいつだ。その人の顔を思い浮かべ、貴明は静かな心持ちを取り戻す。
「お兄ちゃん!あははっ!」
妹の澄香の声。笑顔、泣き顔、不機嫌、甘えた様子…いくつもの表情が浮かんでくる。この危機的状況においてさえ、そのどれもがたまらなく愛しかった。
「妹に…。澄香に、会いたい」
「そう、それでいいの!これからは綺麗な女の人には用心してくださいね!」
微妙に怒られた感じだが、遠くの声の主は嬉しそうにガッツポーズしたようにも見えた。
ナイフの攻防で貴明が押しつけられていたのは、トイレのドアだ。貴明は渾身の力で相手を蹴り飛ばし、翻ってドアノブに手をかける。瞬間、ドアはピンク色に染まった。
ドアが開いた隙間からは、白い光が見えている。
「死ね!死にさらせ!」
ドアを開けてトイレに逃げ込もうとする貴明の背後から、男が首筋を目がけてナイフを振りかざす。あと3センチで貴明の脳幹に突き刺さりThe End…というところで、なぜかナイフはその凶悪な動きを止める。何もないのに何かに当たったような、不自然な止まり方だった。よく見ると、ナイフと首筋はちょうどドアの境界線を挟んで両側に位置していた。
一瞬の静寂。トイレの中の貴明に外の佳奈たち。お互いわけがわからないまま対峙するが、貴明はなんとなく、光の中に入れば安全なことを直感で知っていた。
「ふははは!正義は勝ーつ!これはこうしてやるぞ、よく見とけチーマー野郎!」
貴明は袋を破り、粉を便器の中にサラサラと落とし始めた。
「やめ!…」
男と重なって倒れていた佳奈が、粉を捨てるのを止めようといち早く手を伸ばす。だがその手は貴明には届かず、代わりに2本の手が中から伸びてきた。手は馬鹿馬鹿しいことに、佳奈の両の胸をいいだけまさぐり続ける。
「ちょ、何やってんのよあんた、いいからそれを…」
「うっせー!俺を利用したお返しだ、この巨乳の感触で許してやるよ!うははは」
「や、や、やめてよー!」
佳奈は袋を取り返そうと前に進むも、光の壁のブロックに加え、胸を手荒に揉みしだかれるのに耐え切れず、尻餅をついて後ろに倒れこんだ。
それを見た貴明は、おもむろに水洗レバーを大方向に上げる。スゴゴゴゴというイカス水音とともに、末端価格数百万円の何かが地球に帰っていった。
茫然とする佳奈たち。どうやら彼らは、国家権力や上層部から逃げ回るだけの、現状に輪をかけてくだらない人生が確定したようである。
貴明は一層の光に包まれる。間一髪で帰還することができそうだが、おっとその前に…
「ねえ廊下の誰か、ありがとう!おかげで助かったよ、お礼するから!」
救いの声の主に呼びかけたが返事はない。逆恨みや騒ぎを避けて、すでに立ち去ったか。
「じゃあな、無駄巨乳。刑期が済んだら真っ当に生きるんだぜ」
チーマー以上に憎らしく悪辣な笑顔を浮かべながら、貴明は光の中に消えていく。彼が消えた直後、ホテルには通報を受けた警察が到着し、佳奈たち4人はあえなく拘束された。
「だから、キーボードを背負った奴だっつってんだろうがよ!あいつはどこ行った!」
「やれやれ、薬でキマって内輪揉めか。お前なあ、街なかでキーボードを背負って歩くようなド阿呆なんているわけないだろ?話は署で聞くから来い」
「内輪揉めじゃない、私が揉まれたのよ!」
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