どこぞのドアと澄香とすみか 〜妹と同じくらい好きな彼女が出来たら神と喧嘩する羽目になったのは一体どういう了見だ〜

板坂佑顕

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#4 Listen to the music 〜音楽のおかげでかけがえのない人に出逢えたかもしれなかった(2)

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 食事が終わり、貴明が食器を洗っていると、澄香が「わっ!」と驚きの声をあげる。

「お兄ちゃん!キーボードどうしたの?傷だらけじゃない、買ったばかりなのに」

 アザーサイドでの激闘…あの時偶然にも持ち込んだこいつの大活躍で貴明は助かったが、その愛機の惨状に澄香が気づいてしまったらしい。さてどうごまかす?


「か/階段から/転げ落ちました」

「何故に棒読み?でも妹の扱いは粗末なのに楽器だけは大事にするお兄ちゃんが、そんなヘマするかなあ」

「ライブハウスは暗くて狭くて怖いんだよ」

「ついさっき大丈夫って言ったじゃない、あはー」


 そういや梨杏は、澄香にドアのことを…話すわけないか。

「澄香、あれから梨杏に会った?」

「会ってないよ。そういえば、梨杏さんはコーラスやらないの?」

「あいつは危険人物なんで、人前に出しちゃいけない取り決めなんだ」

「なんでよー、可愛いのに。さてお兄ちゃん、澄香は眠くなりました」

「そだな。もう寝よう」


 澄香が来る時は、彼女が寝室のベッドで寝る。貴明はベッドを追われ、居間(といっても2部屋しかないマンションだが)のソファで寝るのがお決まりになっていた。

「今週のアンダーベッドチェーック!アーンド髪の毛チェック!」

「何もねえよ!お前わかってやってるだろ、いいから寝ろ!」


 貴明はライブの構成を再確認してから、寝床(ソファ)についた。

「…ナンチャラ炒め、美味かったな」


 引き戸の向こうから、貴明の独り言に答える声がする。

「じゃ、また作ってあげるね!と、澄香はここに固く約束いたします」

「うっわ、いいから寝なさい」

「はーい」


 やっぱりあんなところで死ななくてよかったと、貴明は心の底から安堵した。



 12月16日、ライブ当日。冬のライブは着膨れした観客でギュウギュウ詰めな気がする。貴明は客席を見回す。ひょっとしたら澄香が来てるかも…いるわけないか。

「澄香ちゃん今日も来てないの?久しぶりに会いたかったのに」

 常々感じているが、どうも透矢は澄香を狙っているフシがある。


「友達と映画だって。どうせあいつは来ないよ、ライブハウスは狭くて嫌いらしい」

「じゃあ渋公とか大きいホールなら来るかな?」

 どうもこいつとは思考回路が似ているらしいと、貴明はゲンナリ&赤面した。


「あ、あの娘また来てる」

 透矢が1人の観客に注目する。

「誰?」

「あの娘だよ。キャスケットとメガネの」

「マスクで顔わかんねえじゃねえか。本当に女かアレ?」

「あんな華奢な男いるかよ。ウチのファンのはずなんだよ。しかも俺の読みでは、ありゃタカアキのファンだぞ」

「なんでわかるんだよ」

「いつもずっとお前を見てるじゃん」

「まじ?」

「常識だろ、女性客はステージ上からくまなくチェック!」

 こんな不純な奴こそ、ドアで酷い目に遭うべきなのにと貴明は真剣に思う。


「てかあんな変装みたいなナリで、よく同じ娘だってわかったな」

「逆にわかるよ、あんなカッコ他にいないもん」

「なるほど。いつから来てた?」

「自分のファンとなると前のめりだな。3、4年くらい前かな」

「高校の頃から?」


 貴明と透矢は、新潟の高校生時代には同じローカルバンドにいた。地域のお祭りなどが主なステージだったが、透矢の兄をはじめ他のメンバーが大学生だったので、東京遠征した際、年齢を隠して夜のライブに出たことが数回あった。


「ハコに来てたか?」

「いた。東京の時だったと思うけど」

「ほんとマメだなあ。でもさ、他の娘みたいに出待ちとかしてくれればいいのにな」

「真面目なんだろ。いつも終わる前にはいなくなってるよ」

「つまり彼女は俺だけを観れれば、満足して帰るということだな」

「清々しいほど童貞丸出しだな。そのも可能性はあるかもしれん」




 貴明は音楽マニアの男性客にはそこそこ知れた存在だが、女性ファンは当然皆無。だがたった1人の女性ファン(の可能性)を知り、誇らしい気持ちになる。こんな俺を見てくれる娘がいるんだ、超絶可愛いに違いない、などと、妄想は中学生のように膨らむ。


「よし。今日はあの娘のためだけにがんばるわ俺」

「正体もわからないし、顔もあんだけ隠すってことは、期待は…」

「可愛いに決まってんだろ。いや既に可愛いよ、俺様の初めてのファンなのだから」

「初めてねえ。ま、お前は女の子に無駄に睨みを効かせたり、マニアックな音楽トークを無茶振りするから逃げられるんだけどな。それさえなきゃ…」


 透矢は意味深かつ楽しげな表情でつぶやいた。貴明は気にも止めず、マスクの女の子に夢中である。
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