どこぞのドアと澄香とすみか 〜妹と同じくらい好きな彼女が出来たら神と喧嘩する羽目になったのは一体どういう了見だ〜

板坂佑顕

文字の大きさ
15 / 59

#4 Listen to the music 〜音楽のおかげでかけがえのない人に出逢えたかもしれなかった(3)

しおりを挟む
 午後8時半。Back Door Menのステージが開演。前の組が3ピースバンドだったこともあり、紗英ら4人のコーラス隊を伴った8人の特別編成は抜群の華々しさでステージ映えしていた。登場した途端、透矢ファンの女性客と紗英たちのセクシーさに喜ぶ男性客の双方から歓声があがる。


「さあて、行くぞーてめえらー!」

 透矢の煽りでのっけから最高潮の会場。それを尻目に、貴明の関心はただ一つだ。


「マスクの彼女は…」

 なかなか見つからない。自分のファンというのが本当なら近くにいるかもと、キーボードブース側の客席を重点的に探す。

「あれか?」


 熱気のせいか彼女はマスクを外していたため、逆にわからなかったらしい。距離はあるが、貴明の真正面にその娘はいた。本当に貴明を見つめているらしく、確かに目が合った。気がした。

 帽子とメガネのせいで口元しか見えないが、女性らしい丸みを帯びながらもシャープな頬のシェイプ、上品な口元から推測してほぼ確実に美少女。ライブ好きな割にはノリ方がわかってないようで、小さな手でおずおずと控え目に手拍子をする様が可愛らしい。暗くて表情は見づらいが、時折照明に浮かぶ様子から察するに十分楽しんでいるようだった。


 貴明は舞い上がり、ソロは普段の3割増しの激しさで弾きまくる。急ごしらえのコーラス隊も大活躍。貴明のアイディアで紗英には4小節の短いソロパートが追加されたが、彼女のエモーショナルな美声が観客を虜にするのには十分だった。


 終演後、貴明はかつてない充実感を感じながら客席の彼女を探した。

「ああ、あの娘な。最後の曲で俺がソロ弾いてるときにいなくなったよ」

 透矢が、さっき知り合ったばかりの派手な女の子の肩を抱きながら言う。

「そうか…」

 がっかりしながら貴明は、あの娘に会う手段はないものかと真剣に考えはじめていた。



 ライブがハネて、透矢と紗英らは常連を引き連れて打ち上げに流れる。貴明は飲む気分ではなく、どうせ取り巻きもいないしと、いつも通り孤独に部屋に帰ることにした。


 部屋には灯がついている。澄香がいると思い不思議にほっとする貴明。妹は風呂に入っているようだ。貴明はソファに座って缶ビールを開ける。


「ああ、お帰り」

 風呂のドアが開き、その声で貴明が振り向くと風呂上りの澄香がいた。だが貴明はその瞬間、一口含んだビールを盛大に噴出する。


「ウヴォーーーッ!」

「何よお兄ちゃん、きったないわね、もう…」

 髪をタオルで押さえただけ。胸は控えめだが健康的につやつやと輝く肢体が丸出しの澄香に、動揺を隠せない貴明。


「あ、あ、阿呆なのかー!も少し隠せー!」

「何よ今日に限って…あっ」

「そっちこそなんだよ、今日に限って!」

「だってー!いるとは思わなくて…」

 そこまで言ってコトの重大さに気づいた澄香は、ありえない勢いで赤面した。

「わーーッ!わッ!見るなーーッ!」


 澄香のバスタオルが、3D映画のようなわざとらしい迫り方で視界を遮る。同時にそのタオルの影から、スタン・ハンセンばりのレフトアームからのラリアットが繰り出され、芸術的な角度で貴明の首に巻きつく。「いやあああ!」という澄香の叫び声が時折「ウィー!!」と聞こえたのは、あながち気のせいではなかったかもしれない。

 卒倒しながら、最近の自身の身に起こる不幸について考える貴明であった。


「なんだかごめんなさいお兄ちゃん」

「いいよ、俺もつい凝視して…いや別に見たくないですよ?妹の裸なんて興味ないですし、妹ごときは女にカウントされないですし⁉︎」

「それはそれでなんか腹立つけど、やっぱラリアットはいけないね、うん」

 しおらしい澄香。


「いや本当に、俺には無価値だから気にするなって。それに何たって今日の俺は、妹の貧乳ごときどうでもいいほどにツキまくってるのだから」

「一言一言不愉快だけど、何かあったの?」

「ふふふ。それを聞くか妹よ」

「あ、なんだか面倒くさい。やっぱいいや」

「実は、俺の4年越しの熱烈なファンがいることが判明したばかりか、その娘が今日のライブに来ていたのです!」

「いいってのに…」


 明後日の方向を見て生返事の澄香。貴明は構わず、妙なテンションで話を続ける。

「あれはもうね、超絶美少女に間違いないね」

「間違いないって、顔もわからないの?」

「うん、隠してたし暗かったから」

 
 それを聞いた澄香は少し安心したように、

「なーんだ妄想じゃない。その様子じゃ本当にお兄ちゃんを見てたのかも怪しいよね」

「う…」

 反論の決め手がない貴明。


「あの透矢が言ってんだから間違いないよ。アレは確実に俺のファンだね。次のライブで証明してやるぜ」

「まあ期待してないけど頑張ってねお兄ちゃん」

 妹の嫌味さえ気にならないほど、気分がいい。

「いやあ、愛の力は偉大だなあ、なあ妹よ!That’s a power of love!」

「バカなんだから…」


 澄香は呆れつつどこか嬉しそうに貴明を見つめる。妹なりに、偏屈でモテない兄貴を気にかけているのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

処理中です...