どこぞのドアと澄香とすみか 〜妹と同じくらい好きな彼女が出来たら神と喧嘩する羽目になったのは一体どういう了見だ〜

板坂佑顕

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#9 I’m in a different world 〜時に異世界はいい世界なこともあると思ったりした(2)

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「む、むー!むむー‼︎」


 話を聞く澄香に、無駄な嫉妬心が芽生える。幼い頃の話であるのに加え、相手はもうこの世にいない。澄香はどうにも感情の行き場がない様子であった。

「俺が小学2年のときに引っ越して疎遠になったんだ。でも一度、中学の時に会いに来てくれてさ。嬉しかったのに、その1ヶ月後に…」

「……」 

「会った時は何も言ってなかったのにな。後で聞いたら、好きになった相手に酷い扱いをされて、思いが届かないのに絶望したらしいんだ」

「そんな…中学生なのに」

「そうだな。理由がそれなら、俺は何回死ななきゃならないんだか」

「なんだか悲しいし嫌だな。あ、ごめん、悪く言うつもりはないの」

 澄香は、貴明の手にそっと自らの手を重ねる。


「いいんだ。中学生が失恋で自殺なんてきっと間違ってる。もっとも何が正解かなんて誰にもわからないから、軽々しくは言えないけどな」

「うん…」

「当時は理解できなかったけどさ、例えば自分が好きな人に同じ目に遭わされたら…」   


「誰よそれ」

 この流れでそう来るか。やはりこの妹は侮れない。

「そ、それは…」

「どうせすみかちゃんでしょ」

「まあ、そうなるかな」

「澄香は?」

「え?」

「もし澄香が自殺して二度と会えなくなったら、お兄ちゃんはどうするんですか!」

「待て待て待て、なんか話がズレまくってないか?」

「あれれ?そうだね、おかしいね私。あは、あははは」


 一瞬見せた澄香の悲しい表情が、妙に心に食い込む。

「俺も悲しくて腹立たしくてどうしようもなくて、しばらく荒れたよ。直前に会ったのに何も理解できなくて、何もできなかったしな」

「お兄ちゃんらしいかも。変に責任を感じたんでしょ」

「かもな。でも、たかが中坊が、いきなり初恋の人が死んだって聞かされてもね…」

「いま初恋の人って言った」

「うっわ!…いや、やっぱそう…なのか?」


 当時の貴明は1週間学校を休み、その後3ヶ月は誰とも話をしなかった。教師もさすがに心配し、家に事情を聞きに来たほどの落ち込みようであった。

「やっぱり好きだったんだ、この娘のこと」

「だから幼稚園の…ああもうわかったよ!この娘が俺の初恋ですよ!これでいいか!」

「あは、やっと素直になりましたね。偉い偉い」

 澄香が大げさに抱きついてくる。

「澄香はね、自殺なんてしませんよ。安心して」

「そんな心配してないよ。はは」


 澄香は甘える猫のように肩に顔を寄せ、嬉しそうだ。こいつ意外に嫉妬深いのかななどと考えつつ、貴明は彼女の髪を撫でる。それは乱れた心まで癒す、滑らかな感触だった。
 


 夕食を終え、そろそろ休もうかという時間。だが貴明は心がざわついて眠れる気がしない。「ちょっと飲みに行ってくる」と言い残し、家を出た。澄香は心配そうに見つめながらも、今の貴明には自分が入る隙間がない気がして、後を追うのを自重した。

 ぼんやりと商店街を歩く貴明。正月なので開いている店は少ない中、灯のともる居酒屋を見つけた。だがドアを開けた瞬間、白い光に包まれる。

 恵美子を思い出したタイミングで飛ばされるということは…いや、会えるはずはない。もう彼女はこの世にいないのだ。でも阿寒のときのように、過去に飛ぶこともあるのか?貴明は数度のゲート通過を経験し、そんなことを考える余裕ができていた。


 気がついたら見覚えのある街にいた。ここは…駅からまっすぐ伸びる歩行者天国。昔ほどの賑わいはないが、それでも正月なりに楽しげな人たちが行き交う光景。


 北海道旭川駅前だ。何年ぶりだろう。なぜここに飛ばされたんだろう。どうせ飲むつもりだしいいかと思いながら、貴明は繁華街の3.6街に向かい、その前に一休み。イカス彫刻が点在するこの公園で、貴明のお気に入りはサックスのおっさんのベンチだ。


 ホットの缶コーヒーを手に、サックスを眺めながら何も考えずにぼーっとする。案外悪くないひとときだ。不意に「ここいいですか?」との声が聞こえ、隣に黒いダウンジャケット姿の女性が座る。とても綺麗な人だ。

 そういや自分は子どもでわからなかったが、親父が、旭川は美人の産地と言っていたな。本当かもと思いつつ、整った横顔をチラチラと見やる。が、その人は意外にも貴明に話しかけてきた。


「お、お久しぶりです。元気そうだね、貴明ちゃん」

「???」

「あ、わかんないよね。ほらこれならどう?」


 彼女は長い髪を両手でツインテールにし、おどけてみせる。その髪型と表情には、確かにあの無邪気で明るい面影があった。

「え…まさかそんなはず…違ってたらごめん、ひょっとしたらえみちゃ…」

「すごい!わかってくれて嬉しいな。私も嬉しい、やっと会えた…」

 
 ゲートは神の力とはいえデタラメすぎる。故人が蘇るとかどんだけだよ。

「い、いやあの…どうして…だって中学の時…」

「私、死んじゃったんだよね。でもね、本当はこうして生きてるんだ」

「意味がわから…いや、もしかして」

「一つの世界で私は死んだ。いえ、正直いうと死んだのかどうなのか、正確には自分でもわからないの」


 確実にゲートが絡んでいる。ならば信じられる話かもしれない。だがそれはそれとして1月の旭川は寒すぎる。街に立つ温度計は-15℃という狂った数値を示し、あたたか~い缶コーヒーはとっくにつめた~いに堕していた。


「さ、寒いし、どこかで飲んで話しませんか、えみ…天枷さん」

「あはは、変なの。えみちゃんでいいよ、私も貴明ちゃんって呼ぶから。敬語もなし。いいでしょ」

「わかったよ、えみちゃん」


 何度かゲートをくぐったが、今日は一番不思議でわけがわからない。だが店に入り高砂の熱燗を口にするうち、少しずつ頭が整理されてきた。

「とりあえず喜んでいいのかな。えみちゃんが生きてたことに」

「うん、夢でもお化けでもないよ。ちゃんと成長してるでしょ」

「同じ20歳だもんね。でも中学の頃からはぜんぜん変わってないよ」

「またー、さっきはわからなかったじゃない」

「そりゃそうだよ。見た目じゃなくて、こっちは死んだと思ってるから…」

 居酒屋とはいえ、言葉には気をつけた方がよさそうだ。
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