どこぞのドアと澄香とすみか 〜妹と同じくらい好きな彼女が出来たら神と喧嘩する羽目になったのは一体どういう了見だ〜

板坂佑顕

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#9 I’m in a different world 〜時に異世界はいい世界なこともあると思ったりした(3)

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「で、どういうことなの?まあだいたいわかるけど」

「わかるって?」

「ゲートだろ。光るドア」

「すごい。それを知ってるということはあなたも?」

「うん。俺もエクスペリエンストなんだ」


 恵美子は驚きを隠せない。

「そうなの⁉︎誰かがドアでここに来るというのは感じたのよ。貴明ちゃんだったんだ」

「昔の写真を見てえみちゃんを思い出してたら、ドアで飛ばされたんだ」

「あ!写真って旭山動物園の…」

「汽車!」

 2人は声を合わせる。

 
「私もその写真持ってるよ。初恋の人との思い出だもんね」

 サラッと口にした恵美子の言葉に、貴明は気恥ずかしさをごまかすようにグイッと燗酒を飲み干す。恵美子の方が余裕があるようで、楽しそうにおちょこを傾けている。

「私さ、中学の頃に貴明ちゃんに会いに行ったでしょ。もう自分も世の中も嫌になって、死ぬことばかり考えてた時だよ」


 恵美子は、グイグイとおちょこを空けながら重い話を軽く話す。

「死ぬ前に、会いたい人に会っておこうって思ったの。どうにか連絡先を調べて、最後にやっと会えたのが貴明ちゃんなんだ。安心したなあ。もう思い残すことはないって」

「そんな…」

 貴明は泣きそうである。

「でも、現にえみちゃんは死なずにここに…」


 ハッと気づく貴明。「ここ」?なるほど、仮に恵美子がここアザーサイドの旭川に飛んだままだとしたら、元々貴明と一緒にいたオーディナリー・ワールドには存在しなくなる。

「そうか、ずっとこっちの世界にいたんだ」

「うん。自分の部屋のドアノブに紐をかけて、首を通していよいよ…ってとこで、ドアが赤くなったの」

 生々しい状況に、貴明は息を呑む。

「そのまま私はドアに引き込まれて、ここにいる。でも一番不思議だったのは…」

「なに?」

「こっちにはあの人がいないの。私が勝手に愛して、勝手に苦しんで、この手で殺したいとさえ思った人がいないのよ」


 理解できてきた。アザーサイドにある少しの環境の違い。恵美子の場合、愛憎入り混じる交際相手が存在しなかったようだ。

「こっちではもう死んでるとか?」

「ううん、誰に聞いてもそんな人は知らないって。怖かったよ。もともと存在しないのか、ほかの街にいるのか。でもとにかく、こっちでは出会うことはないと感じたの」


 ホラーじみた話ではあるが、自殺まで図った失恋の荒療治としては有効…なのか?

「寂しくなかった?」

「狂いそうだったよ。私がこっちに来た時、一緒に彼を消してしまったのかもって。でもきっとこっちの世界のどこかで、日本でもないのかもしれないけれど、彼は違う人生を生きていることは実感できたのよ」

「ああ、そういう感覚は俺にもわかるよ」

「ありがと。それがわかって解放された気がしたわ。時間はかかったけどね」

「ふうん。神も粋なことするんだな。俺には鬼のようだけどな」


 安堵と酒のせいで気分が良くなった貴明だが、まだ気になることがあった。

「周りの人は?死なないまでも、君がいなくなって悲しんだろ。ご両親は特に」

「そう。彼のことがどうでも良くなったら、今度はそれが気になって苦しくて」

 大事な娘が中学生で自殺したという事実は、元々いた側の両親には変わらないはずだ。


「私はもう、元いた世界には戻れないみたいなの。ドアがあまり出なくなったし、たまに出せても入れない。でもこっちにも全く同じ両親や友達がいて、日常も連続してるのよね。彼以外は全部同じ。でもやっぱり何かが違った」

 確かに同じ両親が存在しているとはいえ、それは本当に元々の両親といえるのか?気の持ち方次第かもしれないが、難しい問題かもしれない。


「ご両親は本当に心を痛めたと聞いたよ」

「そう…私、私は…」

 恵美子は、一瞬ためらった後に酒をあおり、感情をあらわにする。


「馬鹿で馬鹿で馬鹿で馬鹿で馬鹿で!本当に大馬鹿で‼︎」 


 悔しそうに吐き捨てる。大きな瞳から大粒の涙が流れる。

「こっちの両親も全く同じなんだから、そのままでもよかった。でも私は、勝手して残してきた元の世界の両親を考えると…」

 確かに戻れないのは致命的だ。想いを伝える手段さえなく、その意味では死も同然だ。

「私、どうやっていいかわからなかったけど、とにかく元の世界の両親に会って謝りたいって強く願ったの。そしたらある日、ドアから2人が現れて…」

 そんなことがあるのか。家族全員がエクスペリエンストなんてあり得るのか?ないとすれば、恵美子が自身の力で呼び寄せたのか。いずれにしても馬鹿げている。

 
「でもそうなると、こっちの世界にはご両親が2組いるの?」

「ううん、1組だけだよ。来てくれて家族が融合したみたい。そのまま家に帰って普通に生活して、今も家にいるよ」

「融合って…ドアにはわからんことが多すぎるな。でも見た目は同じだろうし、元の世界の両親だってどうしてわかったの?」

「そこは一番簡単だったよ。だって、ドアから来た両親は…」

 また一層の涙を流す恵美子。


「再会した瞬間、私が生きてたって知って、大泣きして抱きしめてくれたんだもの!」

「そうか…素敵なご両親だね」

「遺書を書いたのに、遺体が見つかるまで葬儀はしないことにしてたんだって。一生待つって決めていたんだって。貴明ちゃん、私の親はね、私が生きてるのを信じていてくれたの」

 恵美子の告白に、貴明は涙があふれる。恵美子も号泣していた。周囲が驚く中、手を取り合って互いを気遣う2人。少し落ち着くと近況の話になった。

 
「ねえ貴明ちゃん、今彼女いるの?」

「うん。最近できた。えみちゃんだから話すけど、その娘もエクスペリエンストなんだ」

「すごいね!私は恋愛なんてこりごり。でも、いい出会いがないだけかなあ」

「今度はさ、信頼できる人に会えるといいね」

「そうだね。じゃ例えばこういう人は?初恋の人を想って時空を飛び越えちゃう、馬鹿な人」

「それはいいな。そんな馬鹿ならむしろ…って俺かよ⁉︎」

「あはは。なんだか楽しいな私。会えてよかった」

「こっちに来ないと会えないのなら、たまに来てもいいかな」

「本当⁉︎けど難しいかな。私だんだん能力が消えてるの。来てくれても会えないかも」

「たぶん大丈夫だよ。俺が強く思えば、きっと近くにはえみちゃんがいるはずだから」


 貴明は、恵美子とは逆に自身の力が強まってきているのを感じていた。本当にいつでも会える気がしていた。

「うん待ってる。でも次に来るのは、彼女に振られてからにしてね」

「なんでだよ!えみちゃんまで俺が振られる前提かよ、酷いなあ。ははは」


 恵美子の表情にほんの一分の本気が混じっていたことに、貴明は気づくはずもなかった。
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