勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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花乙女の旅路

第三章第23話 獣害の恐怖

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2020/08/24 誤字を修正しました
2020/09/11 誤字を修正しました
2021/01/14 誤字を修正しました
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私たちが辿りついた村はフゥーイエ村という名前で、周辺の村からの荷物が集められるいわば物流ハブとも言うべき村なのだそうだ。

私の感覚からするとこのような場所にある村というだけでもすごいと思うのだが、なんとここから更に山を分け入った先にも小さな集落が点在しているらしい。そして、それをまとめているのがこのフゥーイエ村なのだそうだ。

「もし、旅のお方、その身なりは西方の聖職者のお方とお見受けいたします。よろしければお力をお貸し頂けないでしょうか?」

こう言って話しかけてきたのが村長のルゥーツァオさんだ。何やら深刻そうな表情をしている。

「はい。何かあったのでしょうか?」
「実は、このところ村が正体不明の獣に襲われておりまして、そのせいで怪我人が多数出ておるのです」
「治癒魔法をかけて欲しい、と?」
「はい。何分貧しい村でして大したお礼をお支払いできないのが心苦しいところなのですが……」
「構いませんよ。お礼は無理のない範囲で結構です。さあ、案内してください」
「ありがとうございます」

自己紹介を済ませた私たちは木造のシンプルな家へと案内された。その中では、一人の男性がベッドに寝かされて苦しそうな表情を浮かべていた。

「ほら、リィウインさん、聖職者の方が来てくれたよ」
「ううぅ」

そして掛け布団をめくり巻かれていた包帯を取ると痛々しい傷が露わになった。

胸にはざっくりと四本の爪で引っかかれたと思われる傷痕がついており、更に肩口を噛まれたのか歯形が残されている。

だが、それよりもおかしなものがこの患者さんの傷口にはある。何か黒い靄のようなものがぼんやりと見えるのだ。

「これは、一体何があったんですか?」
「わからんのです。この傷口を見る限りは獣、それもかなり大型の獣にやられたと思うのですが……」
「目撃者はいないのですか?」
「残念ながら。襲われた本人たちも覚えておらん様子でして。我々もほとほと困り果てておったのです」
「なるほど。うーん、呪いの類ですかねぇ? 試しに解呪してみましょう」

私は解呪の魔法をかけてみると、ほんの少しだが手ごたえを感じた。

どうやら大した呪いではなかったようで、解呪は簡単に成功した。だが黒い靄は消えていない。

「うーん? すごく弱い呪いがかかっていたみたいですけど、それだけじゃなさそうですね。じゃあ、浄化!」

今度ははっきりとした手応えと共に傷口が浄化されていく。そして傷口に纏わりついていた黒い靄がきれいさっぱりなくなっている。

「あ、浄化できましたね。それじゃあ治しましちゃいましょう。治癒!」

リィウインさんの傷はみるみると塞がっていった。

「ううっ」
「おお、リィウインさん、良かった」
「あれ? 村長?」
「ああ、あんたも謎の獣にやられて酷い怪我をしていたところをこちらのお方に助けて頂いたんだ」

私は片手を小さくあげてニッコリと微笑む。

「お、おお。ありがとうございます」
「どういたしまして」

リィウインさんは拝むような目で私を見つめている。

そんなリィウインさんに村長さんが質問をぶつけてくる。

「なあ、リィウインさん、やられたときの状況を覚えていないかい?」
「いや、それが全く。あ、あれ? 待てよ? 思い出せるぞ? たしか、俺の背丈程の大きさの巨大な灰色の狼だ。あいつに正面からいきなり襲い掛かられたんだ。そんで大声を上げたら逃げていったんだ」

リィウインさんは少し混乱したような、驚いたような様子で話している。

「ええと、これまでは思い出せなかったんですか?」
「は、はい。そうなんです。おかしいなぁ? なんか黒い靄みたいなのがそいつの体の周りにあって、すごい印象的だったはずなのに……」
「そうですか。ありがとうございます」

これ以上話を聞いても新しい情報はなさそうなので私たちは次の患者さんの家へと向かう。寝かされている男性患者の容体は先ほどのリィウインさんと同じような感じだ。

「浄化! 治癒!」

すると傷口は綺麗に治り、男性患者が目を覚ました。

「おお、よかった。ミィーファン。こちらの方が治して下さったフィーネ様だ」
「貴女様が助けてくださったのですね。ありがとうございます。ありがたや」
「いえ。それより、あなたを襲った獣について教えて欲しいのですが」
「申し訳ありません。何故か襲われた時の記憶が全く思い出せず……」
「フィーネ様。襲われた被害者は皆このような調子なのです。リィウインの奴が思い出したことが奇跡なのです」

うーん? そういえばこの人の解呪をしていなかったね。

「解呪!」

やはり小さな手ごたえがある。

「どうですか? 思い出せませんか?」
「あ、あ、あ、あ、思い出しました! そう、あの時はいきなり後ろから襲われて、あ、頭まで噛まれて」
「どんな獣でしたか?」
「ああ、ええと、後ろ姿でしたけど、灰色のでかい狼で、たしかなんか黒っぽいのがもやもやしていたと思います」

なるほど。随分と厄介な獣に襲われたものだ。というか、これ魔物じゃないのか?

こうして村中の被害者の治療を行った結果、次のことが分かった。

・襲撃してきたのは灰色の狼であること
・そのいずれも黒い靄をその身に纏っていること
・攻撃を受けることで謎の黒い靄を発する傷をつけられ、その傷は非常に治りにくいこと
・被害者は呪いをかけられており、襲撃前後の記憶を失うこと

情報がまとまったところで私はみんなと相談する。

「こんなことをできる狼は魔物な気がするんですけど、何か心当たりはありませんか?」
「すみません。私はそのような魔物を知りません」
「あたしも聞いたことないです」
「拙者も聞いたことがないでござるな。ただ、その狼に知性を感じないのはおかしいでござるな」
「と言うと?」
「その狼に相手を呪う知性があるのなら、これほど徒に被害者を増やす筈がないでござる。つまり、この村を困らせたい何者かの指図で動いているか、もしくは村とは関係ない何かに巻き込まれたか、そのどちらかだと思うでござるよ」

なるほど、確かにそうかもしれない。

とすると、誰が、何のためにこの村を狙ったのか。私たちの前に新たな謎が立ちはだかるのだった。
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