勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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花乙女の旅路

第三章第29話 毒沼を越えて(後編)

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「姉さまっ! どうしてあんな危険なことしたんですかっ! あたし、心配したんですよ、ほんとにっ!」

ルーちゃんが涙目になりながらプリプリと怒っている。

「そうでござるよ。クリス殿のあの様は確かにショックだったかもしれないでござるが、近くには拙者がいたでござるよ。それに、フィーネ殿がクリス殿を心配したように、拙者たちもフィーネ殿を心配するでござるよ」

シズクさんにも窘められてしまった。

「う……ごめんなさい」
「フィーネ殿は前衛をできるだけのスキルも装備も持っていないでござる。それにパーティーの要である大事な回復役でござる。フィーネ殿が倒れた時はパーティーが全員が倒れる時でござるゆえ、御身を大切にしてほしいでござるよ」
「……はい」

確かにシズクさんの言う通りだ。私が残っている限り、死ななければ治療できる。

ただ、クリスさんがカエルの口の中に上半身が収まって足だけ出ている状態をまた見てしまった時、私は冷静でいられる自信はない。

だって、この世界に来てからクリスさんと一緒にいなかった日は最初の一日しかないのだ。クリスさんがいないこの世界なんて私には想像もつかない。

私が思考をぐるぐると巡らせていると、あちらでもお説教がはじまったので私は耳をそばだてる。

「クリス殿も反省するでござるよ? あの程度の魔物相手に遅れを取るなど。足元が悪いのはわかっていたはずでござる。それで守るべき主君にあのような危険な行動を取らせてしまうなど言語道断でござる」
「う、申し訳ない」

クリスさんがばつの悪そうに言った。

「そもそも、クリス殿は何ゆえ今の様な戦い方をしているでござるか?」
「え?」
「クリス殿はスピードと一撃必殺で勝負しているように見えるでござるが、拙者にはその戦い方はクリス殿には合っていないように見えるでござるよ」
「それは……」
「クリス殿は、ステータス面から考えるとどっしりと構えて敵を受ける戦い方のほうが合っているのではござらんか?」
「……」
「仲間とてステータスの詳細を無理に聞き出すのは控えるべき、という掟は拙者もよくよく理解しているでござる。それゆえクリス殿のステータスは尋ねることはしないでござるが、聞いておいて欲しいでござる。まず、拙者の AGI は 600 を超えているでござる。そして拙者の見立てではクリス殿の AGI は 300 を超えたくらいで、【身体強化】のスキルで 400 ぐらいに上げているように見えるでござる」

クリスさんは驚いたような表情でシズクさんを見ている。

「そして、クリス殿の STR は拙者と互角ぐらいでござろう。しかし、クリス殿の VIT は拙者のそれを大きく上回っているはずでござる。それにデッドリースコルピの時の剣捌きを見る限り、拙者のほうが DEX は大きく上回っているように見えたでござるよ」

クリスさんはシズクさんを見つめながら唇を噛んでいる。

「特に、一撃必殺を目指すなら寸分たがわずに急所をつくためにも鍛錬のほかに高い DEX が必要なことはクリス殿なら分かっているはずでござるな?」

なるほど。DEX は弓矢の命中精度だけじゃなくてクリティカル率的なところにも関係してくるのか。

「そのような御仁がなぜ高い AGI と DEX が必要となる戦い方をしているでござるか?」
「……それは……」
「なんとなく経緯は分かるでござる。しかし、クリス殿の主君はクリス殿が思っているほど弱くはないでござるよ?」
「……」
「それに、フィーネ殿は幸いなことに天下無双の類まれなる浄化と治癒、そして守りの力を持つ聖女様でござる。クリス殿一人で全てを解決する必要はもうないのではござらぬか?」
「……私は……」

そしてクリスさんは俯き、そのまま黙り込んでしまった。

****

私は花乙女の杖でリーチェを召喚した。この毒沼を何とかしない限り進むこともままならない。

リーチェは先ほどの私たちを見ていたのか、私の頭をいい子いい子と撫でてくれた。

私は思わず頬を緩ませる。

こんなに可愛いのに気遣いまでできるなんてうちのリーチェはまさに天使のようだ。

いや、精霊だけど。

「リーチェ、この毒沼の浄化をお願いできますか?」

リーチェはこくりと頷いて私に魔力を要求してくる。私はいつもどおり聖属性の魔力をリーチェに渡す。

そして奇跡の光景が再現される。リーチェが美しく空を舞い、そして死の沼と化したこの毒沼地帯に美しい花吹雪が舞い散る。

「ああ、キレイ……」
「やはり何度見ても素晴らしいでござるな」
「ああ、そうだな」

三人は見とれているが、やはり私はそれどころじゃない。

そして私がクタクタになる頃にリーチェは戻ってきた。そして私に小さな種を渡してくれる。

私は沼の真ん中あたりにそっと種を投げ入れると、そして再び聖属性の魔力をリーチェに渡す。

沼地に森にと舞い散った花びらが美しい光を放ち毒を浄化していく。

そしてその光が消えると、沼には美しい一輪の花が咲いていた。

「はあ、はあ、リーチェ、ありがとう」

MP 切れになった私にリーチェがまたもやいい子いい子してくれた。

そして私の額にキスをするとニッコリと笑顔で手を振って杖の先端の花の中へ消えていった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

私は花乙女の杖を支えにし、膝をつきそうになるのを何とか堪える。そんな私をクリスさんがなんとも言えない微妙な表情をして見つめていた。

──── まったく、クリスさんは。でもまあ、私も悪いところがあったもんな

「クリスさん、ちょっと辛いので支えてくれませんか?」
「っ! フィーネ様っ! はい! はいっ!」

弾かれたようにクリスさんが私のところに駆け寄ってきて倒れそうになる私を支えてくれた。

ああ、こうしてもらえるとなんだか安心する。

やっぱりなんだかんだ言ってもクリスさんがいてくれて、こうして支えてくれるのが私は嬉しいのだ。

「でも、クリスさん、本当に、気をつけてくださいね? 心配したんですよ?」
「はい。フィーネ様。申し訳ありません。次回こそはフィーネ様の手を煩わせないようしっかりお守りいたします」
「む、何だか本当に分かっているか怪しいですけど、まあ良いです。許さないって言ったけど許します」
「はい! フィーネ様!」
「……それと、いつもありがとう。クリスさん」

なんだかどうにも締まらないけど、私たちの関係はこれで良いのかもしれない。

私も次は暴走しない様に、それにちゃんとみんなを守れるように頑張ろう。

私はそっと、そう誓うのだった。
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