勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
147 / 625
巫女の治める国

第四章第14話 月下の密会(後編)

しおりを挟む
2020/09/23 誤字を修正しました
2021/10/15 誤字を修正しました
================

私が教えて欲しいと言ったことがそんなに嬉しいのだろうか?

アーデはそれはそれは嬉しそうな笑みを浮かべている。

その微笑みを見てちょっとかわいいような気がして、そして何だか少しドキドキしている私がいるが、きっとこれは少しのぼせているからに違いない。

「ふふ。いいわ。教えてあげる。存在進化というのは、それぞれの種族ごとに決まった条件を満たすことでより上位の存在へと進化することよ」
「はい。そこまでは知っています」
「それでね、存在進化をすると上位の存在になるからステータスの素質が大きく伸びるわ。あと、いくつかのスキルレベルが自動的に上がるわね。私たち吸血鬼が吸血貴族になると、【闇属性魔法】、それに吸血鬼のユニークスキル、あと多分【聖属性耐性】は無理だと思うけどそれ以外の耐性スキルを持っている場合はそれも 1 ずつ上がるわね」
「じゃあ、ものすごく強くなるんですね」
「そうね。でも、デメリットもあるわ。存在進化をすると、レベルが 1 になってステータスが半分くらいになるのよ」
「え?」

アーデがいたずらっ子のような笑みを浮かべている。

「ふふ、驚いた? だから存在進化をするときは時と場所をちゃんと選ばないとダメよ。フィーネも存在進化をする時はちゃんと敵に討たれる心配のない状況を選ぶことね。そうね、例えばわたしの隣とか、どうかしら? 何があっても守ってあげるわよ?」
「え? あ、えーと、考えておきます」
「ふふ、本当に、可愛いわね。フィーネ」

ううん、何だかまた抱きつかれそうな予感がするので話を続けよう。

「ええと、吸血貴族への進化条件って何ですか? エルフの場合は契約精霊を上級精霊にすることらしいんですけど」
「たくさん眷属を作ることよ。数は覚えていないけれど、多分五万とか、十万とか、そのくらいじゃないかしら?」
「うひっ」

変な声が出てしまった。

「長く生きていればそのくらいに増えているのよ。いつの間にかね」

そうだった。アーデの勢いに飲まれて考えが回っていなかったけれど、やっぱりアーデもフェルヒのような事をしてきたのだろうか。

そんな私の表情を見たアーデは再び真剣な表情で私の目を見る。

「聖女として人間と共に歩んでいるあなたには許せないところもある事は理解しているわ。でも、それはあなた以外の吸血鬼に死ねということと同じなのよ」
「それは……」
「人間だって、動物を食べるために殺すわ。吸血鬼にだって最低限生きるために食べることは許されても良いんじゃないかしら?」

それはそうだが、人間としてははいそうですかと受け入れるわけにはいかないだろう。

「でも、町を丸ごと乗っ取るフェルヒのような吸血鬼だって! それに過去にも……」
「そうね。だからわたしはあいつを始末しようとしていたのよ。あんなやり方は無駄な争いを生むだけだもの」

なんとなく流されて生きている私と違って、アーデの言葉には重みがあるように感じる。

「吸血鬼にも色々いるのよ。フェルヒのような吸血鬼はわたしから言わせてもらえば愚物ね。人間にだって色々いるでしょう? 例えば、あなたの可愛い妹分のエルフちゃんを奴隷にするような人間がいるのと同じことよ」

それを言われると確かにそうだ。

「ま、わたしがあいつを始末しようとしていたのは人間のためなんかじゃないけれどね」

いきなりおどけたような口調になりアーデは私にウィンクをしてきた。

「え? そうなんですか?」
「ええ。吸血鬼はただでさえ人間たちに嫌われているのにこれ以上風当たりが強くなったらまずいからよ」
「え? どうしてですか?」

私がそう尋ねるとアーデは呆れたように私を見てきた。そして、私に軽くデコピンをくらわせてきた。

「ちょっと、いきなり何するんですか」

私は抗議の声を上げるがアーデはなおもあきれ顔で私を見ている。

「だって、あなたのせいだもの」
「え?」

私は何を言われているのか意味が分からずにアーデを見つめ返す。

「やだ。そんなに見つめられたら照れるわ」

私はあわてて視線を逸らす。

「もう。もっと見つめてくれていてもいいのに」

アーデがまた冗談めかしてからかってくる。このままだと話が進まなそうなので私は話を戻す。

「ええと、それで私のせいといのはどういうことですか?」
「だって、あの当時最強だった吸血貴族シュヴァルツが夜中に人間と戦って敗れたのよ? 当時のあいつは魔王候補の筆頭と呼ばれるくらいに多くの吸血鬼と、それに魔物たちも従えていたわ。単独行動が好きな奴ではあったけれど、夜に為すすべもなく消されたというニュースは衝撃だったわね」
「あ……」

なるほど。どうやら私のせいで吸血鬼たちの間に激震が走り、あまり派手に人間と敵対すると危ないという話になったということか。

「さすがのわたしも、シュヴァルツを消したのがまさか同族の聖女だなんて想像もしていなかったけれどね」
「あはははは」

まさか私の行いがこんなところにまで影響を及ぼしているとは思わなかった。

「だから、少なくともあなたが生きている間は他の吸血鬼たちが人間を野放図に襲うことはないはずね。もちろん、わたしはあなたと結婚するんだから、愛するあなたの嫌がることはしないわよ?」
「はぁ」

何だか毒気が抜かれてしまった。

私も行きがかり上聖女候補なんてものをしているだけで、そもそも全ての人間を救いたいなんて大それたことは考えていない。

「ところでフィーネ。あの暑苦しい騎士様はどうしたの? あの様子だとあなたを守るためにべったりだと思っていたのだけれど」
「クリスさんは、その、ちょっと風邪をひいてしまって寝込んでいるんです」
「まぁ。何とかは風邪ひかないっていうのに。こういうのは自信があったけれど、わたしの見立てもたまには間違うこともあるのね」
「ええぇ」

確かにクリスさんはちょっとナントカなところはあるけれど、それと風邪をひくかどうかは関係ないと思う。しかも私たちのせいみたいなところはあるし。

「あら? でもあなた聖女なんだから風邪くらい簡単に治療できるんじゃないの?」
「実は――」

私は事の顛末を話すとアーデに腹を抱えて爆笑されてしまった。

「あはは、あなた本当に可愛いわね。ねえ、本当に聖女なんて辞めて私のところにすぐに来ないかしら?」
「いえ。プロポーズはお断りしたはずです」
「あーあ、フラれちゃった。残念ね。さ、そろそろ治療しに行ってあげたほうがいいんじゃないかしら?」
「そういえば、そうですね。色々教えてくれてありがとうございました」
「ふふ。どういたしまして。じゃあ、お礼に私のお嫁さんにならないかしら?」
「なりません」
「あら、じゃあ、お婿さんがいいかしら?」
「そういう問題じゃありません!」
「ふふ、冗談よ。また来るわ。あ、そうそう。この国はとっても胡散臭いから気を付けたほうが良いわよ? 特に、聖女様であるあなたとは相容れないんじゃないかしら?」
「え? それは一体――」
「それじゃあ、またね。わたしのフィーネ」

チュッ

アーデは私の問いには答えずに私の額に口づけを落とすと、そのままするりと闇へと溶けるように消えていった。

月明かりに照らされた露天風呂には、湯船へと注ぐ水の音と私の鼓動の音だけが残されたのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

処理中です...