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武を求めし者

第五章第1話 不調のシズク(前編)

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2020/12/08 誤字を修正しました
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「一! 二! 三! 四!」

スイキョウとの戦いから一週間ほどが経った今日も、シンエイ流道場には訓練に励む門下生たちの声が響いている。変わったことといえばイッテツさんとヤスオさんがいなくなり、その代わりにシズクさんが加わったことだろう。

五月のぽかぽか陽気のなか、中庭に面した縁側に座った私は訓練の様子をぼーっと眺めている。

今日の私は白ベースのリーチェ柄、じゃなかった桜柄の浴衣に桜色の羽織をその上に羽織っている。すべすべした浴衣の肌触りがなんとも快適で心地よい。なんでもこの浴衣はミヤコ友禅という生地を使って作られた高級品らしいのだが、さすが高級品といったところか。

あ、らしいというのは、これは私が買ったものではなくスイキョウから贈られたものだからだ。

一応、送られた名目はお詫びの品という事になっている。以前に私たちは面会を申し込んでいたのだが、それをスイキョウ側の都合でキャンセルするという形となりそのお詫びという体裁をとっているのだ。だが、実際はアーデから私へのプレゼントという事なのだろう。

私としてもシズクさんが戻ってきてくれたのだから、アーデの眷属となったスイキョウには特に用事はない。なのでキャンセルになるのは一向に問題ないのだが、こんなプレゼントが送られてきたのには驚いた。

私は別にアーデの事が嫌いなわけではない。いや、そもそもあの時アーデが来てくれなければ私たちは全員死んでいたと思うのでどちらかというと良い印象を抱いているかもしれない。だが、クリスさんは複雑そうな表情をしていたので、助けてもらったことには感謝しているが、やはり吸血鬼ということでどうしても警戒感は拭えないといったところなのかもしれない。

さて、中庭では練習試合が始まったのだが、道場での序列がおかしなことになっている。

師範であるはずのテッサイさんは置いておくにしても、元々の予想としては一番手はシズクさん、続いてクリスさん、最後にソウジさんとなるだった。だが、シズクさんはクリスさんに全く勝てなくなってしまった。別にクリスさんが滅茶苦茶強くなったというわけではなく、明らかにシズクさんが絶不調なのだ。以前のようなシズクさんらしい目にも止まらぬ速さの攻撃が全く見られなくなってしまっているのだ。

そして今日の練習試合でもあっさりとクリスさんが勝ってしまった。

よもや、あのケモミミと尻尾が邪魔で上手く動けない、なんてことはないだろう。

さすがにシズクさんもこれほどまでに動けないことに随分とショックを受けているようで、負けた後は決まって唇を噛みしめて俯いてしまっている。

これはやっぱり、ちょっとケアしたほうがいいいよね?

私としてはその理由になんとなく見当はついているのだけれど、もしかしたら私の治療が不十分だったのが原因なのかもしれないし。

私はテッサイさんの許可をとって午後の鍛錬の時間を借りてシズクさんをお散歩に連れ出すことにした。

****

「フィーネ殿、突然散歩とはどうしたでござるか?」

通りを東へと並んで歩く私にシズクさんがそう聞いてきた。目立つのでシズクさんはローブのようなものを被ってケモミミと尻尾を隠している。私の髪も目立ってジロジロ見られるのだが、聖女様なりきりセットのローブを羽織っても目立つので今日は隠すのをやめようと思う。

べ、別にこのリーチェ柄を隠したくないなんてわけじゃないんだからね?

こほん。

「はい。シズクさんはこのところ調子が悪いみたいなので気になりまして」

シズクさんの表情が固まった。そして何かを取り繕うかのように言葉を連ねる。

「あ、いや、それは……その、一時的なものでござるよ。きっとすぐに昔のように動けるように戻すでござるよ」
「うーん、そうなんですかね? でも、私にはもうちょっと別の話のような気がするんですよね」
「そ、そんなこと、ないでござるよ。ははははは」

この表情は、焦り、それと、怯え、なのかな?

「あ、ネギナベ川まで来ましたね。ちょっと土手に座りませんか?」
「え? ああ、そうでござるな。天気も良いし、丁度いいでござるな」
「はい」

私たちは道から外れて土手へとやってきた。五月になってネギナベ川にひしめいていた鴨たちの数はずいぶんと減ったが、それでもまだまだ沢山いる。

渡り鳥であるはず鴨がなぜ五月になってもまだいるのか、という疑問もあるが、きっとここにいる鴨たちは渡らない鴨なんだろう。よもや鴨が減ったのはルーちゃんに食べられたからではないだろう。

ないよね?

いや、でも最近はよく一人でおやつを食べに行くと称してはうどん屋さんに行って鴨南蛮を食べているそうだしあながち間違いでは……いや、うん、やめよう。私は何も見てない。いいね?

「やあ、暖かいしいい季節でござるな」
「そうですね。お昼寝にはぴったりですね」
「そうでござるな」

暖かな日差しの中、私たちは他愛のない会話をはじめる。

「ねえ、シズクさん」
「なんでござるか?」
「お耳と尻尾、治してあげられなくてすみませんでした」
「え? いや、それは、フィーネ殿が謝ることではないでござるよ」
「でも、ちゃんと元に戻してあげられなかったのは事実ですから」
「フィーネ殿……」

シズクさんが声の調子を落とした。そしてネギナベ川を優雅に泳ぐ鴨たちを遠い目で見つめている。

「それでシズクさん、さっき、調子悪いって話をしたじゃないですか」
「ああ、そうでござるな。でもすぐに――」
「お願いがあるんですけどいいですか?」
「なんでござるか?」
「ステータス、見せてくれませんか? 私のステータスも見せますから」
「……え?」

シズクさんの表情が固まった。

「私、シズクさんの今の状況になんとなく心当たりがあるんです」
「な、ど、ど、どういう、ここ、こと、で、ござる、か?」

シズクさんが分かりやすいくらいに動揺している。これはやはり、私の推測は正しいのかもしれない。

「だって、私はシズクさんの治療を担当したんですから。だから、確認したいんです。私の治療の結果、何が起きたのかを。もちろん、ステータスを他人に教えるのは失礼だという事は理解しています。でも、絶対にシズクさんに悪いようにはしません。みんなにも秘密にします。だからお願いです。私にシズクさんのステータスを見せてくれませんか?」

私はシズクさんの目をしっかり見据え、そしてもう一度頼んだ。
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