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黒き野望
第八章第20話 間一髪
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2021/03/30 誤字を修正しました
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私は大急ぎで来た道を戻り、シャルたちと別れた場所までやってきた。
「たしかこの辺りに陣地を作るって言っていたと思うんですけど……」
「フィーネ様! あれを!」
クリスさんの指さした先で黒い煙のようなものが立ち上っている。
「火事……ではないみたいですね。行ってみましょう」
私たちが煙の立ちのぼっている場所に辿り着くと、そこには惨憺たる状況が広がっていた。
あちこちに瓦礫が散らばっており、シャルに預けたはずの兵士たちがそこら中で血を流して倒れている。
「シャル―! どこですかー!」
私は大声でシャルを呼ぶが返事がない。
「まさか、攫われたんじゃ……」
「フィーネ殿! こっちでござる! いたでござるよ」
シズクさんの声に私は大急ぎで駆けつける。するとそこには大量出血しているリシャールさんとその上で覆いかぶさるようにして気絶しているシャルの姿があった。
「あっ! 治癒!」
私はフルパワーで治癒魔法をかける。
ものすごい勢いで MP が消費されていくが手応えはある。
大丈夫。私の【回復魔法】のレベルは MAX なのだから生きてさえいれば助けられるはずなのだ。
そしてかなりの量の MP を消費した結果、リシャールさんの傷は塞がり静かな寝息を立て始めてくれた。
「ふう。何とかなりましたがさすがに大変でしたね」
そう独り言を呟くと収納から MP ポーションを取り出して一気に煽る。
うん。本当に MP 回復薬じゃなくなったおかげであの苦い思いをせずに済むのは本当に嬉しい。
「それじゃあ他の兵士の人たちも治しちゃいましょう」
私は近くで倒れているエミリエンヌさんを確認するが、特に怪我をしている様子はない。鎧が破壊されているところから察するに、おそらくシャルが治療したのだろう。
それから倒れている兵士たちを診て回ったのだが、残念ながら手遅れだった人が 8 人もいた。
私は死者を蘇らせることはできない。こうなる前であれば助けられたかもしれないのに……悔しい!
いくら黒兵に対抗する手段を持って乗り込んだとはいえ、戦争なのだから犠牲者が出てしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
だが! それでもこんな事態を引き起こしたアルフォンソへの怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「う……」
倒れているエミリエンヌさんが小さく声を上げ、それから瞼がゆっくりと開かれる。
ああ、よかった。どうやら気が付いたようだ。
「あ……。聖女……フィーネ様?」
エミリエンヌさんはどこか状況を理解できていなそうな様子だ。しかもその声に乗っかって何かが私に絡みついてきた。
「うん? ああ、これは……呪いですかね?」
オタエヶ淵で経験したあれにそっくりだ。
私の【呪い耐性】は MAX なので、当然のことながらそれは何の効果も及ぼさない。
「はい。解呪」
私はサクッとエミリエンヌさんに掛けられていた呪いを解除すると他の人たちに掛けられていた呪いもまとめて解いた。
シャルにも呪いが掛けられていたが、他の人と比べると随分と軽微だったようだ。
「うーん。随分と小物じみたことをしますね。助けに来た人を呪いを使って巻き添えにする的な感じでしょうか? あ、そういえばシャルのイヤリングには解呪をつけておいたような?」
私は気絶しているシャルのイヤリングを調べた。
どうやら私の付与した浄化と解呪は効果を発揮した後のようで、私が付与した魔力はもうすでに残っていない。
「なるほど。付与した解呪と浄化を乗り越えて呪いが通ったということはかなり強力な呪いだったんですね」
「そのようなことが……」
クリスさんは私の魔法が破られたと思ってかなり衝撃を受けている様子だが、付与は私のスキルレベルの問題でレベル 3 相当までしか付与できない。
レベル 3 であれば神殿に行けばそれなりにいるレベルなので破られたとしても何の驚きはないだろう。
「エミリエンヌさん。何があったんですか?」
「それが……」
私はそのあらましを聞いてがっくりと肩を落とした。
「そうですか。私たちは間に合わなかったんですね」
「間に合わなかった? ということは、聖女様はこのことをご存じだったんですか?」
「はい。バジェスタを攻撃させられていた将軍さんに事情を教えてもらいました。彼らはユーグさんを、それに若い男の人を『進化の秘術』というものの実験材料として誘拐したんだって……」
「……実験材料! 何たる非道!」
そう言ってエミリエンヌさんは拳を地面に打ち付けた。俯いて地面を見つめ、そして肩が小刻みに震えている。
「そういえば、どうしてシャルたちは無事だったんですか?」
「……私たちは……見逃されたのです」
「見逃された?」
「聖女様に……よろしく伝えるように、と。それからお嬢様にはユーグ殿との再会を楽しみにしていろ、とも……」
「何たる非道なことを!」
クリスさんが怒りの声を上げる。
「なるほど。そういうことでござるか」
「そういうこと?」
「【聖属性魔法】のレベルが高いフィーネ殿にシャルロット殿を通じて呪いをかけ、力を奪うか殺すかしようとしたのでござるよ」
「ああ、たしかにそうですね」
「しかもそうすればシャルロット殿の精神にさらなるダメージを与えることができるでござろう」
「……つまりシャルの心をへし折ったうえで操ったユーグさんをけしかけるつもりだったわけですか。どれだけ性格が悪いんですか!? そのアルフォンソという男は!」
「ああああぁぁぁぁッ!」
憤る私の前でエミリエンヌさんが涙を流して突然奇声を上げた。
「え? どうしたんですか? エミリエンヌさん」
「聖女様! 申し訳ございません! お嬢様をお守りできなかったばかりでなく信頼してお預け頂いた大切な兵を失い、あまつさえ聖女様に向けた呪いの媒介にされてしまうなど! 何とお詫びをすれば!」
「え? はぁ。まあ、私には呪いとか効かないので大丈夫ですよ。気にしないでください」
「え? え?」
「そんなことよりシャルとリシャールさん、それにエミリエンヌさんが無事で良かったです」
「え? リシャールが!?」
どうやらエミリエンヌさんは気付いていなかったらしい。
「ほら、この通り。ちょっと大変でしたが何とかなりました」
「は、ははは」
エミリエンヌさんは涙を流しながらよくわからない笑い声を上げたかと思うと突然ブーンからのジャンピング土下座を決めた。
おっと。びっくりした。意表をついたのは良かったけれど軸のブレが大きかったし土下座の着地もイマイチだったので 6 点といったところかな。
「神の御心のままに」
そんなことを考えているなどとはおくびにも出さず、私はそう言ってニッコリと微笑んだのだった。
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私は大急ぎで来た道を戻り、シャルたちと別れた場所までやってきた。
「たしかこの辺りに陣地を作るって言っていたと思うんですけど……」
「フィーネ様! あれを!」
クリスさんの指さした先で黒い煙のようなものが立ち上っている。
「火事……ではないみたいですね。行ってみましょう」
私たちが煙の立ちのぼっている場所に辿り着くと、そこには惨憺たる状況が広がっていた。
あちこちに瓦礫が散らばっており、シャルに預けたはずの兵士たちがそこら中で血を流して倒れている。
「シャル―! どこですかー!」
私は大声でシャルを呼ぶが返事がない。
「まさか、攫われたんじゃ……」
「フィーネ殿! こっちでござる! いたでござるよ」
シズクさんの声に私は大急ぎで駆けつける。するとそこには大量出血しているリシャールさんとその上で覆いかぶさるようにして気絶しているシャルの姿があった。
「あっ! 治癒!」
私はフルパワーで治癒魔法をかける。
ものすごい勢いで MP が消費されていくが手応えはある。
大丈夫。私の【回復魔法】のレベルは MAX なのだから生きてさえいれば助けられるはずなのだ。
そしてかなりの量の MP を消費した結果、リシャールさんの傷は塞がり静かな寝息を立て始めてくれた。
「ふう。何とかなりましたがさすがに大変でしたね」
そう独り言を呟くと収納から MP ポーションを取り出して一気に煽る。
うん。本当に MP 回復薬じゃなくなったおかげであの苦い思いをせずに済むのは本当に嬉しい。
「それじゃあ他の兵士の人たちも治しちゃいましょう」
私は近くで倒れているエミリエンヌさんを確認するが、特に怪我をしている様子はない。鎧が破壊されているところから察するに、おそらくシャルが治療したのだろう。
それから倒れている兵士たちを診て回ったのだが、残念ながら手遅れだった人が 8 人もいた。
私は死者を蘇らせることはできない。こうなる前であれば助けられたかもしれないのに……悔しい!
いくら黒兵に対抗する手段を持って乗り込んだとはいえ、戦争なのだから犠牲者が出てしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
だが! それでもこんな事態を引き起こしたアルフォンソへの怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「う……」
倒れているエミリエンヌさんが小さく声を上げ、それから瞼がゆっくりと開かれる。
ああ、よかった。どうやら気が付いたようだ。
「あ……。聖女……フィーネ様?」
エミリエンヌさんはどこか状況を理解できていなそうな様子だ。しかもその声に乗っかって何かが私に絡みついてきた。
「うん? ああ、これは……呪いですかね?」
オタエヶ淵で経験したあれにそっくりだ。
私の【呪い耐性】は MAX なので、当然のことながらそれは何の効果も及ぼさない。
「はい。解呪」
私はサクッとエミリエンヌさんに掛けられていた呪いを解除すると他の人たちに掛けられていた呪いもまとめて解いた。
シャルにも呪いが掛けられていたが、他の人と比べると随分と軽微だったようだ。
「うーん。随分と小物じみたことをしますね。助けに来た人を呪いを使って巻き添えにする的な感じでしょうか? あ、そういえばシャルのイヤリングには解呪をつけておいたような?」
私は気絶しているシャルのイヤリングを調べた。
どうやら私の付与した浄化と解呪は効果を発揮した後のようで、私が付与した魔力はもうすでに残っていない。
「なるほど。付与した解呪と浄化を乗り越えて呪いが通ったということはかなり強力な呪いだったんですね」
「そのようなことが……」
クリスさんは私の魔法が破られたと思ってかなり衝撃を受けている様子だが、付与は私のスキルレベルの問題でレベル 3 相当までしか付与できない。
レベル 3 であれば神殿に行けばそれなりにいるレベルなので破られたとしても何の驚きはないだろう。
「エミリエンヌさん。何があったんですか?」
「それが……」
私はそのあらましを聞いてがっくりと肩を落とした。
「そうですか。私たちは間に合わなかったんですね」
「間に合わなかった? ということは、聖女様はこのことをご存じだったんですか?」
「はい。バジェスタを攻撃させられていた将軍さんに事情を教えてもらいました。彼らはユーグさんを、それに若い男の人を『進化の秘術』というものの実験材料として誘拐したんだって……」
「……実験材料! 何たる非道!」
そう言ってエミリエンヌさんは拳を地面に打ち付けた。俯いて地面を見つめ、そして肩が小刻みに震えている。
「そういえば、どうしてシャルたちは無事だったんですか?」
「……私たちは……見逃されたのです」
「見逃された?」
「聖女様に……よろしく伝えるように、と。それからお嬢様にはユーグ殿との再会を楽しみにしていろ、とも……」
「何たる非道なことを!」
クリスさんが怒りの声を上げる。
「なるほど。そういうことでござるか」
「そういうこと?」
「【聖属性魔法】のレベルが高いフィーネ殿にシャルロット殿を通じて呪いをかけ、力を奪うか殺すかしようとしたのでござるよ」
「ああ、たしかにそうですね」
「しかもそうすればシャルロット殿の精神にさらなるダメージを与えることができるでござろう」
「……つまりシャルの心をへし折ったうえで操ったユーグさんをけしかけるつもりだったわけですか。どれだけ性格が悪いんですか!? そのアルフォンソという男は!」
「ああああぁぁぁぁッ!」
憤る私の前でエミリエンヌさんが涙を流して突然奇声を上げた。
「え? どうしたんですか? エミリエンヌさん」
「聖女様! 申し訳ございません! お嬢様をお守りできなかったばかりでなく信頼してお預け頂いた大切な兵を失い、あまつさえ聖女様に向けた呪いの媒介にされてしまうなど! 何とお詫びをすれば!」
「え? はぁ。まあ、私には呪いとか効かないので大丈夫ですよ。気にしないでください」
「え? え?」
「そんなことよりシャルとリシャールさん、それにエミリエンヌさんが無事で良かったです」
「え? リシャールが!?」
どうやらエミリエンヌさんは気付いていなかったらしい。
「ほら、この通り。ちょっと大変でしたが何とかなりました」
「は、ははは」
エミリエンヌさんは涙を流しながらよくわからない笑い声を上げたかと思うと突然ブーンからのジャンピング土下座を決めた。
おっと。びっくりした。意表をついたのは良かったけれど軸のブレが大きかったし土下座の着地もイマイチだったので 6 点といったところかな。
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