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人と魔物と魔王と聖女
第九章第3話 残されし者たち(1)
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2021/07/08 誤字を修正しました
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「まだだ! きっとどこかにフィーネ様が浮かんでらっしゃるはずだ!」
「クリスティーナ様! もう無理です! このままじゃ俺たちまで飢え死にしちまいます! 聖女様が大切なのはわかりますが、俺たちがここで沈めば捜索依頼すら出せねぇんですよ!」
「う、くっ」
クリスティーナは悔しそうな表情を浮かべた。
だがその顔色は悪く、目の下にくっきりとクマができており限界が近いことは誰の目にも明らかだ。
「ほら。もうクリスティーナ様も限界でしょう。申し訳ありませんが、捜索は打ち切りです。クリエッリに戻ったら捜索隊を出してもらいましょう。それに、ブラックレインボーの女帝様もきっと協力してくれますよ」
「……だがっ!」
「ならば、仕方ありません。船長命令です。船の上では船長の命令に従っていただきますよ」
「……くっ」
クリスティーナは悔しそうに唇を噛んだ。
「ほら。もう休んでください。シズク様もルミア様も、もう限界でしょうに。皆さんが倒れたら聖女様だって喜びませんぜ?」
「……そう、だな。すまない」
絞り出すようにそう言ったクリスティーナは船室へと戻っていった。
「捜索打ち切りだ! クリエッリへと向かう! 帆を張れ!」
すぐに船長の命令が響き渡り、そしてクリス達を乗せた船団はクリエッリへと向かうのだった。
◆◇◆
船団がクリエッリへの港町へと入港したその日、クリエッリの町は衝撃に包まれた。
聖女フィーネ・アルジェンタータが魔物に襲われ、海に転落して行方不明となった。
この悲報は瞬く間にクリエッリの港町を駆け巡った。
彼女の偉業を称えようと準備されていた式典やお祭りは全て中止となり、その姿を一目見ようと港に、会場に集まった者たちからは落胆や不平不満の声とともに嗚咽が漏れ聞こえてくる。
そんな町中をクリスティーナたちを乗せた馬車がゆっくりと進んでいた。騎士団の武骨な馬車を気に留める者はおらず、その馬車の中の空気はまるでお通夜のように重苦しい。
「……フィーネ様」
クリスティーナがぼそりとそう呟き、そして何度目かわからない涙が頬を伝った。隣にシズクも辛そうに顔を伏せている。
そんな二人にルミアは毅然とした様子で宣言する。
「クリスさん。あたし、何十年かかっても絶対探しますからね。姉さまは収納だってあるんだし、あんなに凄い結界も使えるんだから絶対死だりなんかしませんっ!」
「……」
クリスティーナはちらりとルミアのほうへと視線を送った。だが返事はすることはできず、その頬を再び涙が伝う。
「なんですか! なんなんですかっ! まだ死んだって決まったわけじゃないですっ! 姉さまは! あの広い海のどこかで助けを待っているかもしれないんですよ! それなのにっ! どうして諦めちゃうんですかっ!」
「……」
ルミアは涙ながらにそう訴えるが、やはりクリスの動きは重い。
「そう、でござるな。拙者も探すでござるよ」
ルミアの隣で沈んでいたシズクはそう言うと、ルミアをそっと抱き寄せた。
「まずは、この国の王に報告するのが先でござるな。助力を乞うでござるよ」
「シズクさん」
ルミアは涙声でそう言うとそっとシズクに抱きついて顔を埋めた。
「……ああ。そう、だな。まずは、陛下にお話をしないと、な」
クリスティーナはなんとかそう声を絞り出したのだった。
◆◇◆
クリスティーナたちは騎士団の馬車に揺られてガエリビ峠を越え、王都へと戻ってきた。
彼女たちがお城へと到着するや否や、シャルロットがすぐに駆け寄ってきた。
「ちょっと! フィーネはどこですの!? 隠れていないで出てらっしゃい!」
半ばパニック状態のシャルロットが礼儀作法を無視して馬車に駆け寄るとその中を覗き込む。だが当然、そこに彼女の望む人物の姿は無い。
「どう……して……」
「シャルロット様。申し訳ございません。私があの時フィーネ様の手を握れていれば……」
「……どうしてですの? ……わたくしの大切な人は、友人は、皆! わたくしを置いて逝ってしまうんですの? どうして! どうしてですの!? ああ! 神よ!」
シャルロットはそう叫ぶと涙を流してへたり込んでしまった。俯く彼女からは嗚咽が漏れ聞こえてくる。
「シャルロット様……申し訳ございません」
シャルロットはクリスティーナのその言葉に反応もせず、少し遅れてやってきたガティルエ家の者たちに支えられてその場から立ち去ったのだった。
◆◇◆
その後、小さな会議室へと通されたクリスティーナたちは国王との謁見に望んだ。
「ふむ。話は全て聞いておるぞ。聖女フィーネ・アルジェンタータ。稀有な力を持った素晴らしい聖女であった。捜索隊は出すことを約束しよう」
「はっ」
国王の言葉にクリスティーナは小さく返事をした。
「さて、我が騎士クリスティーナよ。剣を捧げた主を失い辛い気持ちはよく分かる。だが魔王警報のこともあり、さらにはシズク殿が目撃したという聖女を狙う悪しき者までいるのだ。事態は一刻を争うだろう。故に、そなたには早急に新たなる聖女を探す旅に出てもらう必要がある」
「えっ?」
「クリス殿!?」
ルミアとシズクが驚きクリスの方に顔を向ける。
「……陛下。申し訳ございません。私の主はただ一人、聖女フィーネ・アルジェンタータ様のみでございます」
「……だが、荒れた海に落ちた者が何日も生きているなどという話は聞いたことがないぞ」
「それでも私は、フィーネ様は生きてらっしゃると信じております」
「……」
「私はこれからフィーネ様を探す旅に出ます。もしお許しいただけないのであれば、剣はお返しいたします」
クリスティーナは目に覚悟を宿した表情でそう宣言し、それを見た国王は少しの間考えるようなそぶりを見せた。
「……仕方あるまいな。半年だ。その間、各地を回って探してみるがよい。必要な援助はしてやろう」
「感謝します」
感情を感じさせない声でクリスティーナはそう答えた。
こうしてクリスティーナたちは、主を探す当てのない旅を始めるのだった。
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「まだだ! きっとどこかにフィーネ様が浮かんでらっしゃるはずだ!」
「クリスティーナ様! もう無理です! このままじゃ俺たちまで飢え死にしちまいます! 聖女様が大切なのはわかりますが、俺たちがここで沈めば捜索依頼すら出せねぇんですよ!」
「う、くっ」
クリスティーナは悔しそうな表情を浮かべた。
だがその顔色は悪く、目の下にくっきりとクマができており限界が近いことは誰の目にも明らかだ。
「ほら。もうクリスティーナ様も限界でしょう。申し訳ありませんが、捜索は打ち切りです。クリエッリに戻ったら捜索隊を出してもらいましょう。それに、ブラックレインボーの女帝様もきっと協力してくれますよ」
「……だがっ!」
「ならば、仕方ありません。船長命令です。船の上では船長の命令に従っていただきますよ」
「……くっ」
クリスティーナは悔しそうに唇を噛んだ。
「ほら。もう休んでください。シズク様もルミア様も、もう限界でしょうに。皆さんが倒れたら聖女様だって喜びませんぜ?」
「……そう、だな。すまない」
絞り出すようにそう言ったクリスティーナは船室へと戻っていった。
「捜索打ち切りだ! クリエッリへと向かう! 帆を張れ!」
すぐに船長の命令が響き渡り、そしてクリス達を乗せた船団はクリエッリへと向かうのだった。
◆◇◆
船団がクリエッリへの港町へと入港したその日、クリエッリの町は衝撃に包まれた。
聖女フィーネ・アルジェンタータが魔物に襲われ、海に転落して行方不明となった。
この悲報は瞬く間にクリエッリの港町を駆け巡った。
彼女の偉業を称えようと準備されていた式典やお祭りは全て中止となり、その姿を一目見ようと港に、会場に集まった者たちからは落胆や不平不満の声とともに嗚咽が漏れ聞こえてくる。
そんな町中をクリスティーナたちを乗せた馬車がゆっくりと進んでいた。騎士団の武骨な馬車を気に留める者はおらず、その馬車の中の空気はまるでお通夜のように重苦しい。
「……フィーネ様」
クリスティーナがぼそりとそう呟き、そして何度目かわからない涙が頬を伝った。隣にシズクも辛そうに顔を伏せている。
そんな二人にルミアは毅然とした様子で宣言する。
「クリスさん。あたし、何十年かかっても絶対探しますからね。姉さまは収納だってあるんだし、あんなに凄い結界も使えるんだから絶対死だりなんかしませんっ!」
「……」
クリスティーナはちらりとルミアのほうへと視線を送った。だが返事はすることはできず、その頬を再び涙が伝う。
「なんですか! なんなんですかっ! まだ死んだって決まったわけじゃないですっ! 姉さまは! あの広い海のどこかで助けを待っているかもしれないんですよ! それなのにっ! どうして諦めちゃうんですかっ!」
「……」
ルミアは涙ながらにそう訴えるが、やはりクリスの動きは重い。
「そう、でござるな。拙者も探すでござるよ」
ルミアの隣で沈んでいたシズクはそう言うと、ルミアをそっと抱き寄せた。
「まずは、この国の王に報告するのが先でござるな。助力を乞うでござるよ」
「シズクさん」
ルミアは涙声でそう言うとそっとシズクに抱きついて顔を埋めた。
「……ああ。そう、だな。まずは、陛下にお話をしないと、な」
クリスティーナはなんとかそう声を絞り出したのだった。
◆◇◆
クリスティーナたちは騎士団の馬車に揺られてガエリビ峠を越え、王都へと戻ってきた。
彼女たちがお城へと到着するや否や、シャルロットがすぐに駆け寄ってきた。
「ちょっと! フィーネはどこですの!? 隠れていないで出てらっしゃい!」
半ばパニック状態のシャルロットが礼儀作法を無視して馬車に駆け寄るとその中を覗き込む。だが当然、そこに彼女の望む人物の姿は無い。
「どう……して……」
「シャルロット様。申し訳ございません。私があの時フィーネ様の手を握れていれば……」
「……どうしてですの? ……わたくしの大切な人は、友人は、皆! わたくしを置いて逝ってしまうんですの? どうして! どうしてですの!? ああ! 神よ!」
シャルロットはそう叫ぶと涙を流してへたり込んでしまった。俯く彼女からは嗚咽が漏れ聞こえてくる。
「シャルロット様……申し訳ございません」
シャルロットはクリスティーナのその言葉に反応もせず、少し遅れてやってきたガティルエ家の者たちに支えられてその場から立ち去ったのだった。
◆◇◆
その後、小さな会議室へと通されたクリスティーナたちは国王との謁見に望んだ。
「ふむ。話は全て聞いておるぞ。聖女フィーネ・アルジェンタータ。稀有な力を持った素晴らしい聖女であった。捜索隊は出すことを約束しよう」
「はっ」
国王の言葉にクリスティーナは小さく返事をした。
「さて、我が騎士クリスティーナよ。剣を捧げた主を失い辛い気持ちはよく分かる。だが魔王警報のこともあり、さらにはシズク殿が目撃したという聖女を狙う悪しき者までいるのだ。事態は一刻を争うだろう。故に、そなたには早急に新たなる聖女を探す旅に出てもらう必要がある」
「えっ?」
「クリス殿!?」
ルミアとシズクが驚きクリスの方に顔を向ける。
「……陛下。申し訳ございません。私の主はただ一人、聖女フィーネ・アルジェンタータ様のみでございます」
「……だが、荒れた海に落ちた者が何日も生きているなどという話は聞いたことがないぞ」
「それでも私は、フィーネ様は生きてらっしゃると信じております」
「……」
「私はこれからフィーネ様を探す旅に出ます。もしお許しいただけないのであれば、剣はお返しいたします」
クリスティーナは目に覚悟を宿した表情でそう宣言し、それを見た国王は少しの間考えるようなそぶりを見せた。
「……仕方あるまいな。半年だ。その間、各地を回って探してみるがよい。必要な援助はしてやろう」
「感謝します」
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