377 / 625
人と魔物と魔王と聖女
第九章第3話 残されし者たち(1)
しおりを挟む
2021/07/08 誤字を修正しました
=========
「まだだ! きっとどこかにフィーネ様が浮かんでらっしゃるはずだ!」
「クリスティーナ様! もう無理です! このままじゃ俺たちまで飢え死にしちまいます! 聖女様が大切なのはわかりますが、俺たちがここで沈めば捜索依頼すら出せねぇんですよ!」
「う、くっ」
クリスティーナは悔しそうな表情を浮かべた。
だがその顔色は悪く、目の下にくっきりとクマができており限界が近いことは誰の目にも明らかだ。
「ほら。もうクリスティーナ様も限界でしょう。申し訳ありませんが、捜索は打ち切りです。クリエッリに戻ったら捜索隊を出してもらいましょう。それに、ブラックレインボーの女帝様もきっと協力してくれますよ」
「……だがっ!」
「ならば、仕方ありません。船長命令です。船の上では船長の命令に従っていただきますよ」
「……くっ」
クリスティーナは悔しそうに唇を噛んだ。
「ほら。もう休んでください。シズク様もルミア様も、もう限界でしょうに。皆さんが倒れたら聖女様だって喜びませんぜ?」
「……そう、だな。すまない」
絞り出すようにそう言ったクリスティーナは船室へと戻っていった。
「捜索打ち切りだ! クリエッリへと向かう! 帆を張れ!」
すぐに船長の命令が響き渡り、そしてクリス達を乗せた船団はクリエッリへと向かうのだった。
◆◇◆
船団がクリエッリへの港町へと入港したその日、クリエッリの町は衝撃に包まれた。
聖女フィーネ・アルジェンタータが魔物に襲われ、海に転落して行方不明となった。
この悲報は瞬く間にクリエッリの港町を駆け巡った。
彼女の偉業を称えようと準備されていた式典やお祭りは全て中止となり、その姿を一目見ようと港に、会場に集まった者たちからは落胆や不平不満の声とともに嗚咽が漏れ聞こえてくる。
そんな町中をクリスティーナたちを乗せた馬車がゆっくりと進んでいた。騎士団の武骨な馬車を気に留める者はおらず、その馬車の中の空気はまるでお通夜のように重苦しい。
「……フィーネ様」
クリスティーナがぼそりとそう呟き、そして何度目かわからない涙が頬を伝った。隣にシズクも辛そうに顔を伏せている。
そんな二人にルミアは毅然とした様子で宣言する。
「クリスさん。あたし、何十年かかっても絶対探しますからね。姉さまは収納だってあるんだし、あんなに凄い結界も使えるんだから絶対死だりなんかしませんっ!」
「……」
クリスティーナはちらりとルミアのほうへと視線を送った。だが返事はすることはできず、その頬を再び涙が伝う。
「なんですか! なんなんですかっ! まだ死んだって決まったわけじゃないですっ! 姉さまは! あの広い海のどこかで助けを待っているかもしれないんですよ! それなのにっ! どうして諦めちゃうんですかっ!」
「……」
ルミアは涙ながらにそう訴えるが、やはりクリスの動きは重い。
「そう、でござるな。拙者も探すでござるよ」
ルミアの隣で沈んでいたシズクはそう言うと、ルミアをそっと抱き寄せた。
「まずは、この国の王に報告するのが先でござるな。助力を乞うでござるよ」
「シズクさん」
ルミアは涙声でそう言うとそっとシズクに抱きついて顔を埋めた。
「……ああ。そう、だな。まずは、陛下にお話をしないと、な」
クリスティーナはなんとかそう声を絞り出したのだった。
◆◇◆
クリスティーナたちは騎士団の馬車に揺られてガエリビ峠を越え、王都へと戻ってきた。
彼女たちがお城へと到着するや否や、シャルロットがすぐに駆け寄ってきた。
「ちょっと! フィーネはどこですの!? 隠れていないで出てらっしゃい!」
半ばパニック状態のシャルロットが礼儀作法を無視して馬車に駆け寄るとその中を覗き込む。だが当然、そこに彼女の望む人物の姿は無い。
「どう……して……」
「シャルロット様。申し訳ございません。私があの時フィーネ様の手を握れていれば……」
「……どうしてですの? ……わたくしの大切な人は、友人は、皆! わたくしを置いて逝ってしまうんですの? どうして! どうしてですの!? ああ! 神よ!」
シャルロットはそう叫ぶと涙を流してへたり込んでしまった。俯く彼女からは嗚咽が漏れ聞こえてくる。
「シャルロット様……申し訳ございません」
シャルロットはクリスティーナのその言葉に反応もせず、少し遅れてやってきたガティルエ家の者たちに支えられてその場から立ち去ったのだった。
◆◇◆
その後、小さな会議室へと通されたクリスティーナたちは国王との謁見に望んだ。
「ふむ。話は全て聞いておるぞ。聖女フィーネ・アルジェンタータ。稀有な力を持った素晴らしい聖女であった。捜索隊は出すことを約束しよう」
「はっ」
国王の言葉にクリスティーナは小さく返事をした。
「さて、我が騎士クリスティーナよ。剣を捧げた主を失い辛い気持ちはよく分かる。だが魔王警報のこともあり、さらにはシズク殿が目撃したという聖女を狙う悪しき者までいるのだ。事態は一刻を争うだろう。故に、そなたには早急に新たなる聖女を探す旅に出てもらう必要がある」
「えっ?」
「クリス殿!?」
ルミアとシズクが驚きクリスの方に顔を向ける。
「……陛下。申し訳ございません。私の主はただ一人、聖女フィーネ・アルジェンタータ様のみでございます」
「……だが、荒れた海に落ちた者が何日も生きているなどという話は聞いたことがないぞ」
「それでも私は、フィーネ様は生きてらっしゃると信じております」
「……」
「私はこれからフィーネ様を探す旅に出ます。もしお許しいただけないのであれば、剣はお返しいたします」
クリスティーナは目に覚悟を宿した表情でそう宣言し、それを見た国王は少しの間考えるようなそぶりを見せた。
「……仕方あるまいな。半年だ。その間、各地を回って探してみるがよい。必要な援助はしてやろう」
「感謝します」
感情を感じさせない声でクリスティーナはそう答えた。
こうしてクリスティーナたちは、主を探す当てのない旅を始めるのだった。
=========
「まだだ! きっとどこかにフィーネ様が浮かんでらっしゃるはずだ!」
「クリスティーナ様! もう無理です! このままじゃ俺たちまで飢え死にしちまいます! 聖女様が大切なのはわかりますが、俺たちがここで沈めば捜索依頼すら出せねぇんですよ!」
「う、くっ」
クリスティーナは悔しそうな表情を浮かべた。
だがその顔色は悪く、目の下にくっきりとクマができており限界が近いことは誰の目にも明らかだ。
「ほら。もうクリスティーナ様も限界でしょう。申し訳ありませんが、捜索は打ち切りです。クリエッリに戻ったら捜索隊を出してもらいましょう。それに、ブラックレインボーの女帝様もきっと協力してくれますよ」
「……だがっ!」
「ならば、仕方ありません。船長命令です。船の上では船長の命令に従っていただきますよ」
「……くっ」
クリスティーナは悔しそうに唇を噛んだ。
「ほら。もう休んでください。シズク様もルミア様も、もう限界でしょうに。皆さんが倒れたら聖女様だって喜びませんぜ?」
「……そう、だな。すまない」
絞り出すようにそう言ったクリスティーナは船室へと戻っていった。
「捜索打ち切りだ! クリエッリへと向かう! 帆を張れ!」
すぐに船長の命令が響き渡り、そしてクリス達を乗せた船団はクリエッリへと向かうのだった。
◆◇◆
船団がクリエッリへの港町へと入港したその日、クリエッリの町は衝撃に包まれた。
聖女フィーネ・アルジェンタータが魔物に襲われ、海に転落して行方不明となった。
この悲報は瞬く間にクリエッリの港町を駆け巡った。
彼女の偉業を称えようと準備されていた式典やお祭りは全て中止となり、その姿を一目見ようと港に、会場に集まった者たちからは落胆や不平不満の声とともに嗚咽が漏れ聞こえてくる。
そんな町中をクリスティーナたちを乗せた馬車がゆっくりと進んでいた。騎士団の武骨な馬車を気に留める者はおらず、その馬車の中の空気はまるでお通夜のように重苦しい。
「……フィーネ様」
クリスティーナがぼそりとそう呟き、そして何度目かわからない涙が頬を伝った。隣にシズクも辛そうに顔を伏せている。
そんな二人にルミアは毅然とした様子で宣言する。
「クリスさん。あたし、何十年かかっても絶対探しますからね。姉さまは収納だってあるんだし、あんなに凄い結界も使えるんだから絶対死だりなんかしませんっ!」
「……」
クリスティーナはちらりとルミアのほうへと視線を送った。だが返事はすることはできず、その頬を再び涙が伝う。
「なんですか! なんなんですかっ! まだ死んだって決まったわけじゃないですっ! 姉さまは! あの広い海のどこかで助けを待っているかもしれないんですよ! それなのにっ! どうして諦めちゃうんですかっ!」
「……」
ルミアは涙ながらにそう訴えるが、やはりクリスの動きは重い。
「そう、でござるな。拙者も探すでござるよ」
ルミアの隣で沈んでいたシズクはそう言うと、ルミアをそっと抱き寄せた。
「まずは、この国の王に報告するのが先でござるな。助力を乞うでござるよ」
「シズクさん」
ルミアは涙声でそう言うとそっとシズクに抱きついて顔を埋めた。
「……ああ。そう、だな。まずは、陛下にお話をしないと、な」
クリスティーナはなんとかそう声を絞り出したのだった。
◆◇◆
クリスティーナたちは騎士団の馬車に揺られてガエリビ峠を越え、王都へと戻ってきた。
彼女たちがお城へと到着するや否や、シャルロットがすぐに駆け寄ってきた。
「ちょっと! フィーネはどこですの!? 隠れていないで出てらっしゃい!」
半ばパニック状態のシャルロットが礼儀作法を無視して馬車に駆け寄るとその中を覗き込む。だが当然、そこに彼女の望む人物の姿は無い。
「どう……して……」
「シャルロット様。申し訳ございません。私があの時フィーネ様の手を握れていれば……」
「……どうしてですの? ……わたくしの大切な人は、友人は、皆! わたくしを置いて逝ってしまうんですの? どうして! どうしてですの!? ああ! 神よ!」
シャルロットはそう叫ぶと涙を流してへたり込んでしまった。俯く彼女からは嗚咽が漏れ聞こえてくる。
「シャルロット様……申し訳ございません」
シャルロットはクリスティーナのその言葉に反応もせず、少し遅れてやってきたガティルエ家の者たちに支えられてその場から立ち去ったのだった。
◆◇◆
その後、小さな会議室へと通されたクリスティーナたちは国王との謁見に望んだ。
「ふむ。話は全て聞いておるぞ。聖女フィーネ・アルジェンタータ。稀有な力を持った素晴らしい聖女であった。捜索隊は出すことを約束しよう」
「はっ」
国王の言葉にクリスティーナは小さく返事をした。
「さて、我が騎士クリスティーナよ。剣を捧げた主を失い辛い気持ちはよく分かる。だが魔王警報のこともあり、さらにはシズク殿が目撃したという聖女を狙う悪しき者までいるのだ。事態は一刻を争うだろう。故に、そなたには早急に新たなる聖女を探す旅に出てもらう必要がある」
「えっ?」
「クリス殿!?」
ルミアとシズクが驚きクリスの方に顔を向ける。
「……陛下。申し訳ございません。私の主はただ一人、聖女フィーネ・アルジェンタータ様のみでございます」
「……だが、荒れた海に落ちた者が何日も生きているなどという話は聞いたことがないぞ」
「それでも私は、フィーネ様は生きてらっしゃると信じております」
「……」
「私はこれからフィーネ様を探す旅に出ます。もしお許しいただけないのであれば、剣はお返しいたします」
クリスティーナは目に覚悟を宿した表情でそう宣言し、それを見た国王は少しの間考えるようなそぶりを見せた。
「……仕方あるまいな。半年だ。その間、各地を回って探してみるがよい。必要な援助はしてやろう」
「感謝します」
感情を感じさせない声でクリスティーナはそう答えた。
こうしてクリスティーナたちは、主を探す当てのない旅を始めるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる