勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
378 / 625
人と魔物と魔王と聖女

第九章第4話 精霊神

しおりを挟む
「……ちゃん。フィーネちゃん」

 どこかからか、私を呼ぶとても優しい声が聞こえる。

「フィーネちゃん」

 あれ? 私をこんな風に呼ぶ知り合いなんていたっけ?

「フィーネちゃん」
「ううん……」

 何度も呼ばれた私は目を開けた。このまま眠っていたい気分ではあるが、ずっとこうして名前を呼ばれ続けているとさすがに落ち着いて寝られそうもない。

 仕方なく目を開けるとなぜか私は立っていた。しかもそこは見渡す限り雲が続いている何も無い場所だ。

 ええと? 一体ここはどこ?

「目を覚ましましたね。フィーネちゃん」

 先ほどと同じ声が聞こえて振り向くと、そこにいた人物を見て私の目は点になった。

 それから夢ではないかと目をこすってからもう一度見てみたが、やはり夢ではなかったらしい。

 なんと! そこにいたのは私の可愛いリーチェなのだ。

 リーチェなのだが……普段は小さな精霊のリーチェが私と同じくらいの大きさになっているのだ。

「……ええと、リーチェ。ずいぶんと大きくなりましたね」

 しかし大人になったリーチェはニッコリと笑うと首を横に振った。

「ごめんなさい。フィーネちゃん。私はあなたの知っているリーチェちゃんじゃないの」

 ええと? 別人と言い張るには余りにもリーチェに似すぎているのではないだろうか?

「この姿はあなたの契約精霊であるリーチェちゃんの姿を借りているだけ」
「借りている?」
「私はこの世界に姿を持たない精霊の神なの。だから、あなたにもっとも近い眷属の姿を借りているのよ」
「神様、なんですか?」
「ええ。そうよ。フィーネちゃん。今日はあなたにとても大切なお話があってここに呼びました」
「話ですか?」
「はい。といっても、あなたを呼んだのは私ではなく別の子なのだけれど、あなたがリーチェちゃんと契約していてくれたおかげでここに連れてくることができたのです」
「はぁ」

 ええと? 私、もしかして神様に拉致されたところをさらに別の神様が横から拉致したってこと?

「ふふっ。そうとも言いますね」

 あ、考えていることが読まれてる?

「ええ。ここは私の神域ですからね」
「す、すみません」
「いいえ。構いませんよ」

 そう言って精霊神様はにっこりと微笑んだ。

 あれ? 呼び方はこれでいいのかな?

「ええ。構いませんよ」
「あ、はい」
「さて、時間がありませんので単刀直入に言いましょう。フィーネちゃん。人の神の信徒をやめ、精霊の神である私の信徒になりませんか?」
「え? 私、そもそも人の神様の信者になった覚えはありませんよ?」

 私はあまりに予想外のことを言われたので、ついそのまま思ったことを口に出してしまった。

 あ、もしかしてこれって失礼だったりするのかな?

「いいえ。失礼ではありませんし、あなたの考えてるような意味ではありません。転職をするときの担当神を私に変更しませんか、と提案しているのです」

 ええと? 話がよく分からないけど、それをすると何の意味があるの?

「転職をしようと祈りを捧げた際に職を授ける神が変更になるのです。たとえば、水属性魔術師になりたいとあなたが願ったにもかかわらず司祭になる、といったことは起こらなくなりますよ」
「え? ええと……」

 それから少し考えてあの時のことだと思い出した。

 なるほど。やっぱりあれは教皇様が失敗したんじゃなくて神様の嫌がらせだったのか。 

「あの子にはあの子なりの考えがあったのでしょう。ですがいくら未熟とはいえ本来は神のすべき行いではありません。そこで、精霊と繋がりのあるフィーネちゃんの担当をこの私が引き受けよう、というわけです」

 うーん? これは別に悪い話ではなさそうな気がするし、何よりうちの可愛いリーチェの神様というならそんな嫌がらせをするような神様よりもよっぽど信頼できる気がする。

 うん。そうだ。リーチェの神様ならば良い神様に決まっているよね。

 よし!

「分かりました。私、精霊神様の信徒になります」
「それでは、フィーネ・アルジェンタータ。あなたに私の加護を与えましょう」

 精霊神様がそう言うと私の体が淡い光に包まれた。

 うん。なんだか暖かくてすごく心地いい。

「あの、それで私は何をすれば?」
「自由にして構いません。ですが、一つだけ。あなたには聖女の職についてもらうことになります」

 あ……ということはやっぱり……。

「ええ。聖女候補はあなた一人となってしまいました。ユーグ・ド・エルネソスの死によって残念ながらシャルロット・ドゥ・ガティルエが資格を失いましたから」
「ということは、クリスさんたちは無事なんですね?」
「ええ。あなたの大切な仲間は全員、無事ですよ」

 ああ、良かった。うん。本当に良かった。

 何だか安心したところで急に先ほど言われた言葉が気になってきた。

「あの。もしかして、私が本当に聖女役をやるんですか?」
「……聖女役ではなく、聖女になるのですよ」
「はぁ」

 聖女様をやれ、と言われてもまるで実感がない。今までもなんちゃって聖女様をやってはいたが、特別なことをしていたつもりはない。

 精々、いろんな国に行くと歓迎してくれて嬉しいくらいなものだったわけだが……。

「ええ。それで良いのです。聖女の職業はあなたを縛るものではありませんし、何かをなさなければならないというものでもありません。あなたはあなたらしく、自由に生きればよいのです」
「はぁ」

 いまいちよく分からないけど、そんなものだろうか?

 でももしそうなら、またみんなで旅をして回るのも良いかもしれない。

「フィーネちゃん。あなたはこれからあなたを呼んだ神の元へと向かうことになります。ですが、そこで何を言われたとしてもあなたはその命令に従う必要はありません。ただ、一つだけお願いがあります」
「何でしょうか?」
「もし【雷撃】のスキルを返して欲しい、と言われたならば返してあげて欲しいのです」
「はぁ」
「【雷撃】のスキルは勇者のスキル。唯一無二なのです。魔王が誕生しようとしているこの状況においても勇者が現れないのは聖女候補であるあなたが【雷撃】のスキルを保持しているからでもあるのです」
「えっ? あ、すみません」

 なんと! そんなことがあったなんて!

「いいえ。知らなかったことでしょうから気にする必要はありませんよ」

 そうは言われても何だか悪いことをした気になってくる。他のスキルも返したほうが良かったりするんだろうか?

「フィーネちゃん。あなたの持つスキルは全てあなたのものです。そもそも、【雷撃】のスキルを返せ、などという要求自体がおかしな話なのです。ですが、【雷撃】だけは本当に代えの効かないスキルなのですから……」
「はぁ」
「それに、あなたの持っているスキルは【成長限界突破】を除いて全てあなたの役に立つものばかりですよ」

 うーん、そうなのだろうか?

 いや、でも精霊神様がそう言うのならそうなのかもしれない。

 っていうか、やっぱり【成長限界突破】って何の役にも立っていなかったのか。

 これだけレベルが上がりづらい状況なので、薄々は感じてはいたけれど。

「それと、フィーネちゃん」
「はい」
「あなたの大切なリーチェちゃんをしっかりと育ててあげてくださいね」
「もちろんです! リーチェは私の家族ですから」
「あなたがもしリーチェちゃんをしっかり育て上げたいのでしたら【魔力操作】のスキルを磨くことです」
「え? でも職業が合っていないとスキルレベルは上がらないんじゃ――」

 そのやり方を質問しようとしたのだが、その言葉は精霊神様に遮られてしまった。

「ああ、もう時間のようですね。フィーネちゃん。もし私に会いたくなったのなら精霊の島にいらっしゃい。そこであればゆっくりとお話することもできるでしょう。それでは、あなたの未来に幸あらんことを」

 精霊神様がそう言うと私の目の前は急激に真っ白になったのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

処理中です...