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人と魔物と魔王と聖女

第九章第32話 残されし者たち(4)

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 フィーネが行方不明となってから、半年近い月日が流れた。季節は巡り、ホワイトムーン王国にも春が訪れようとしている。

 だが、今年の春はいつもと様子が違っている。各地で魔物の被害が多発しているのだ。

 しかもそれはホワイトムーン王国に限った話ではなく、世界中でそのような傾向にあるのだ。

 そのため国を結ぶ往来は滞りがちとなっており、ホワイトムーン王国も騎士団が総出で魔物退治を行っている。

 だがいくら騎士団といえども全ての村をカバーできるわけではなく、小さな村などへの派遣はどうしても滞りがちになってしまっているのが現状だ。

 ここ、オリク村も騎士団による魔物退治が行き届いていない場所の一つだ。ホワイトムーン王国南東部、ファレン半島の西の付け根に位置するこの村にはさしたる産業はなく、近隣にも大きな都市もない。

 地方で言えばマドゥーラ地方に属しており、この村の防衛は第四騎士団の管轄ではある。だがその本部があるクリエッリからは遠く、さして重要でないこの村への騎士団の派遣は後手に回り続けているのが現状だ。

 そんなオリク村の入口に三人の女性がやってきた。聖女フィーネ・アルジェンタータの行方を探しながら旅を続けるクリスティーナ、ルミア、シズクだ。

「ひどい状況だな。村を守る柵があんな状況ではもたないのではないか?」

 クリスティーナは村の周りを囲っている柵があちこちで壊れていることを指摘した。それに対してシズクは村人たちの様子が気になるようだ。

「村人たちの表情も死んでいるでござるな」
「何だか、変な視線を感じます……」

 ルミアはそう言って耳を隠すフードを目深に被り直した。

「大丈夫だ。私たちがついている」

 そう言ってクリスティーナはルミアの肩にそっと手を乗せた。

「まずは村長に会いに行くでござるか?」
「ああ」

 そうして歩きだした三人を村人たちは生気のない表情のまま無遠慮にジロジロと見てくる。中にはにやけた表情を浮かべている者までいる始末だ。

 そんな視線を浴びたルミアは再び身を固くする。

「ルミア殿。ああいった連中は構うだけ時間の無駄でござるよ」
「……はい」

 硬い表情でルミアは頷いた。

「村長の家はあそこのようだ。急ぐぞ」

 近くの村人から情報を得たクリスティーナが戻ってくると、三人は足早に村長宅へと向かうのだった。

◆◇◆

「失礼する」
「……騎士? 今さら騎士がなんの用じゃ?」

 村長宅を訪れたクリスティーナに対し、顔に深い皺の刻まれた村長の男性は不快感を隠そうともせずにそう答えた。

「私は近衛騎士団特務部隊所属の聖騎士クリスティーナだ。人探しの旅の最中でこの村に立ち寄った。宿泊できる施設の提供をお願いしたい」
「……北の外れに空き家がある。そこであれば自由に使ってくだされ」
「感謝する」

 クリスティーナはそう言って金貨三枚を差し出した。

「少ないが、これはほんの礼だ。受け取ってくれ」
「感謝しましょう。ですが見ての通りこの村は魔物に脅かされておる。村人は老若男女問わず次々と殺され、作物も奪われもはや死を待つのみですじゃ。物資の提供などできませんぞ?」
「ああ。構わない。世話になっている間は魔物退治にも協力しよう」
「……よろしく頼みますぞ」

 村長はいかにも投げやりな口調でそう答えたのだった。

◆◇◆

「村長もああでは、この村はもうダメかもしれないでござるな」
「……だが、村人を見捨てるわけにはいかない」
「そうでござるな。むやみに人が死ぬことをフィーネ殿がよしとするわけがござらん」
「それはそうですけど……」

 クリスティーナとシズクとは対照的に、ルミアは不安そうな様子でそう言った。

 村長に指示された空き家へと向かう今もなお、三人は村人たちから不躾な視線を浴びせられ続けているからだ。

「大丈夫だ。私たちがついている」
「はい……」

 そんな会話をしている三人に痩せこけた目つきの悪い男が近寄ってきた。

「なあ、騎士様よ。なんか恵んでくれよ」
「……すまない。我々も持ち合わせはあまりないのだ」
「けっ。俺たちの金と食い物を無理矢理奪っていく盗賊のくせに」

 自暴自棄になっているのか。男は面と向かってそう暴言を吐いた。

「何だと? 騎士である私に対して何という物言いだ!」
「はっ! 事実だろうが! 税だけとって何もしねぇやつらなんざ、盗賊と同じだろうが!」
「騎士団は全力で任に当たっている。そのような侮辱をされる覚えはない」

 怒気を込めてクリスティーナがそう反論すると、男は地面に唾を吐き捨てた。

「だったらせめて魔物の退治くらいしろや」

 そう怒鳴り散らしたが、すぐに下卑た笑みを浮かべた。

「ああそうだ。それならその体で満足させてくれや。なあ、騎士様。良い体してんじゃねぇか。ん? おい。そのフードを被っている女、すげえ美人じゃねぇか。こっちでいいや。おい、お前俺の相手――」

 すべてを言い切る前にクリスティーナはその男の地面に組み伏せると関節をめた。

「言って良いことと悪いことの区別もつかないか? 次にそのような暴言を吐いたなら斬り捨ててやるぞ」

 低い声でそう警告するクリスティーナに恐怖を覚えたのか、男は小さく頷いたのだった。
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