勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
426 / 625
滅びの神託

第十章第7話 マドゥーラの夕べ

しおりを挟む
2021/12/13 誤字を修正しました
================

「本日のアンティパストは、季節の野菜のテリーヌと生ハムでございます」

 運ばれてきた最初の一品は色々な野菜がゼリー状の何かで固められた料理だ。ミニトマトにヤングコーン、それからキュウリっぽい見た目だけど種のない何かに黄色いこれはパプリカだろうか?

 カラフルな見た目でとてもきれいだ。これをナイフとフォークで切り分けて食べる。

 小さく切り分けたそれを口に運ぶ。するとほどよい硬さで野菜をまとめていたゼリー状は口の中でとろけ、ゼリーに閉じ込められていた野菜と魚のうま味が口いっぱいに広がっていく。さらに野菜を噛めば歯ごたえと共に野菜の甘みと苦味、そして酸味が更なるハーモニーを奏でだす。しかもそれは噛んだ野菜の種類によって違った味となるため、一つの料理なのにいくつもの味が楽しめるというのも高ポイントだ。

 また、添えられているこの生ハムがとてもいい味を出している。やや塩味のきいた薄切りの生ハムが、テリーヌの奏でるハーモニーに絶妙なアクセントを加えてくれるのだ。本来は主役にもなりえそうな生ハムがこうして脇役に徹しているところもまた、この料理の素晴らしさと言えるのではないだろうか。

「本日のプリモ・ピアットは、子羊のラグーパスタでございます」

 二皿目はパスタだ。しかもスパゲッティのように細い麺ではなく、きしめんのような平たい麺が使われている。

「聖女様。そちらのタリアッテレ は我がクリエッリ産の最高級の小麦粉で作られております。また、ソースも子羊のひき肉を二日間煮込んで作ったものでございます。ぜひ、粉チーズをお好みの量振りかけてお召し上がりください」
「ありがとうございます」

 どうやら、このきしめんパスタはタリアッテレと言うらしい。この形なら歯ごたえもありそうだし、このミートソースと良く絡んでくれそうだ。

 私は言われたとおりに粉チーズを振りかけた。褐色に近い赤のソースの上に白が散らされ
、そのコントラストと鼻腔をくすぐるトマトとひき肉、チーズの複雑な香りが私に早く食べろと強く訴えかけてくる。

 その訴えに私は素直に従い、くるくるとフォークでパスタを巻きつけて口に運んだ。すると肉とトマト、そして玉ねぎのうま味が口いっぱいに広がっていく。ああ、しかも遅れてチーズの香りとコクがやってきたではないか!

 これは、文句なしに美味しい。肉に臭みは一切ないし、濃厚なソースがもちもちとした弾力感のあるパスタの歯ごたえと相まって最高の食べ応えを提供してくれている。

 残念ながら、ボリューミーすぎてあまり多くは食べられそうもないのが残念なところだ。

 そっとルーちゃんにあげようとしたところ、さっとやってきたメイドさんが済んだ私のお皿を下げてしまった。

 むむむ。残念。

「セコンド・ピアットは鯛の塩釜焼きでございます」

 次に運ばれてきたのは真っ白な塊だ。

 ええと? これは一体何事?

 そう思って見ていると、木槌を使って白い塊をガンガンと叩いていく。すると中からきれいに焼けた鯛が出てきた。

 えっ? 塩釜って、丸ごと塩で包んで焼いたの!?

 それはさすがに塩が強すぎるのではないだろうか?

 そんな心配をする私を尻目に、塩の中から取り出された魚が取り分けられていく。

「コントルノは季節の野菜とキノコのソテーでございます」

 そうして塩辛そうな魚と一緒にさっぱりしていそうな野菜とキノコが出てきた。

 なるほど。これはきっと、塩辛い魚と野菜を一緒に食べればちょうどいい塩梅になるということなのかもしれない。

 私は魚を小さく切って口に含む。ものすごい塩味が……と思っていたのだがそんなことはなかった。ほどよく塩がきいていて、むしろちょうどいいくらいかもしれない。白いごはんと合わせたら食が進む気がする。

 そんなちょうどいい塩味の魚に野菜とキノコのソテーがまた良く合う。こちらも薄味で、優しい味というのはこのことだろう。パスタの味が濃かったので、このシンプルに素材の味が楽しめるこの二品は素晴らしい。

「本日のドルチェは、イチゴのタルトでございます」

 どうやらこれで終わりのようだ。ルーちゃんは足りなかったんじゃないかな?

 そう思ってルーちゃんをちらりと見るが、不満そうな顔はしていない。

 あれれ? こんな量で足りたの?

 不思議ではあるものの、私の視線は目の前に置かれた赤い宝石ののったタルトに自然と吸い寄せられる。タルト生地の上にホイップクリームとイチゴがのっているというスタイルのようだ。

 小さく切り分けてあるそれを一口でいただく。すると濃厚だけれども甘さ控えめな生クリームと柔らかで甘い甘い完熟イチゴ、そしてザクザク感のあるタルト生地が一気に口の中でダンスを踊り始めた。

 シンプルなはずなのに、絶妙なバランスを保ったこのコラボレーションは本当に素晴らしい。イチゴの甘さと酸味、生クリームの濃さと甘さ、タルト生地の香りと甘さ、さらにその食感の全てが完璧なバランスに仕上がっていると言っても過言ではない。これほどうまくバランスが保たれていなければ、きっとこの三者はバラバラに主張をしていたに違いない。

 いやぁ、これは絶品だ。料理も素晴らしかったけど、このタルトも素晴らしい。

「聖女様。いかがでしたかな?」
「はい。とても美味しかったです。このままお弁当にして野営のときに食べたいくらいですね」
「野営……?」

 収納のことを知らないからかもしれないが、一瞬ジョエルさんが怪訝そうな顔をした。

「いえ、聖女様にそれほどまでお気に召していただけるとは光栄でございます。なにしろ、聖女様はフィーネ式ホワイトソースの発明者としても名高いですからな」

 うん? なんだっけ? って、ああ! マヨネーズのことか!

 もうこんなところまで広まっているなんて!

「ぜひとも、我がクリエッリにも何かを残していっていただきたいですなぁ」
「ええぇ」

================
※タリアテッレ:細長いリボン状のパスタの一種で、厚さ1ミリメートル、幅は8ミリメートルほど。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...