436 / 625
滅びの神託
第十章第17話 再びのサマルカ
しおりを挟む
「聖女様。ようこそいらっしゃいました」
サマルカに到着した私を出迎えてくれたのはカポトリアス辺境伯爵のグウェナエルさんとその五男であるニコラくんだ。最初に会った当時は九歳だったわけだが、あれからおよそ一年半が経ち、つい先日十一歳になったのだそうだ。
私よりも背の低かった少年もこの一年半の間にずいぶんと成長していて、なんと私よりも背が高くなっていたのだ。子供の成長とはなんと早いことか!
……どうして私は背が伸びないのだろうか?
ルーちゃんにも身長で抜かされ、可愛い少年だったはずのニコラくんにまで抜かされてしまった。
ニコラくんぐらいの年齢なら女子のほうが平均身長は高いはずなのに!
ぐぬぬ。どうしてこうなった。
「さあ、聖女様。ご案内いたします」
私の前に歩み出て跪いたニコラくんが以前と変わらない天使のような声と笑顔で私を案内してくれる。
どうやら声変わりもまだのようだ。
それなのにもう身長で抜かされるなんて!
と、そんなことを嘆いていても始まらないため、素直にニコラくんのエスコートでグウェナエルさんのお屋敷を案内される。
拒否しないのか、と疑問に思われるかもしれないがさすがに私もそこまで鬼ではない。一度エスコートを許したのだから、理由もなしに拒否するなんてことはさすがに申し訳なくてできない。
なんとかパーティーみたいな、面倒くさそうなところに行かなければいいだけだろう。
そんなことを考えつつも当たり障りのない会話をしているうちに、前回泊めてもらったお部屋に案内された。どうやら私たちがここを通ることは周知の事実のようで、このお部屋はしっかりと入念に準備をしてくれていたらしい。それに、サマルカの町に着いたときも熱烈に歓迎してもらった。
まあ、そのあたりは聖女候補だったときと変わらないかもしれない。
「聖女様。本日は聖女様の再臨をお祝いしまして、ダンスパーティーを開催いたします」
「え?」
今、なんと? だんすぱーてぃー?
「ダンスパーティーです。その際にぜひ、聖女様をエスコートする栄誉を賜れませんでしょうか?」
そう言ってニコラくんは私の前で跪いた。
ええと? 私、ダンスなんて踊れないんだけど?
助けを求めてクリスさんに向かって視線を送ると、クリスさんはそっと耳打ちをしてくれた。
「参加なさるかどうかはご自由にお決めください。こういった事情ですので参加されるほうが望ましいとは言えますが、パーティーの当日に招待するということもかなり失礼な行為です。ですから参加されなくても問題はないでしょう。ですが、参加なさらなければカポトリアス辺境伯との関係はややぎくしゃくしてしまうかもしれません。また、エスコートはご結婚なさるおつもりがなければ、お受けしないほうがよろしいでしょう」
「ありがとうございます」
うん。やっぱりこういうときのクリスさんは頼りになるね。
「すみません。私、ダンスパーティーには興味がありませんのでエスコートはご遠慮いたします。パーティーも、最初に少しだけ顔を出すだけにさせてください」
「あ……はい」
断られるなどとは思っていなかったのだろう。ニコラくんはしゅんとなってしまった。
だが、私は結婚するつもりもないし恋人を作るつもりもない。変に気を持たせるよりは、こうしてきっぱりと断っておいたほうがお互いに良いと思う。
「……そ、それではどうぞごゆっくりおくつろぎください」
目に少し涙を溜めながらも笑顔でそう言ったニコラくんは、しょんぼりした様子で私の部屋から出ていったのだった。だが、普通の人間であれば聞き取れなかったであろうニコラくんの小さな呟きがしっかりと聞こえてきた。
「父上。お役目を果たせずに申し訳ございません」
はぁ。なんだかなぁ。きっと九歳だったあの頃も同じように父親に言われての行動だったのだろう。あんな年齢の子供が父親に言われたら逆らえるはずもない。
そもそもグウェナエルさんは自分の息子を次々と私のところに送り込んできたくらいだしね。
ああ、でも貴族ってそういうものなのかもしれないね。
よし。次回からはきちんとホテルに泊まろう。
そう決意した私は、その日の夜に開催された晩餐会とダンスパーティーをなんとか無事に乗り切ったのだった。
え? 踊らなかったのかって? いやいや、踊るわけないじゃない。貴族のするようなダンスなんてやったことないし、そもそも親しくもない人うえに下心丸見えな人と密着して踊るなんて拷問じゃないかな?
そんなわけで私は営業スマイルを貼り付けて皆さんが踊るのを見学し、三十分くらいで中座させてもらった。もちろんエスコートはクリスさんにしてもらったし、ダンスのお誘いもクリスさんのおかげでゼロだった。
よくは知らないけれど、エスコートしてきた人と踊ってからでないと他の人がダンスを申し込んではいけないという謎ルールがあるそうなのだ。だからそれを逆手にとり、クリスさんはダンスを踊らないことで私が踊らずに済むようにしてくれたのだと思う。
それにそもそも、私たちは明日から騎士たちと魔物退治へと出かけることになっている。
つまり今もあそこで踊っている貴族たちとは違って朝が早い。いつまでもどんちゃん騒ぎをしている暇などないのだ。
本音を言うならばもう少しくらい気にかけてくれてもいいのにな、とは思う。
「フィーネ様。お疲れ様でした」
部屋のベッドに腰かけている私にクリスさんが労いの言葉を掛けてくれた。
「クリスさんこそ、ありがとうございました」
「いえ。当然のことをしたまでです」
「それでも、ありがとうございました。次からは、ホテルに泊まりましょう」
「……そうですね。もう休まれますか?」
「はい。おやすみなさい」
「お休みなさいませ。フィーネ様。どうぞ良い夢を」
「クリスさんこそ。いい夢を」
「はい。失礼いたします」
クリスさんはそう言って部屋から退出し、自室へと戻っていった。それを見送った私はすぐにベッドへと潜り込み、そのまま夢の世界へと旅立ったのだった。
===============
次回更新は通常どおり、2021/11/02 (火) 19:00 を予定しております。
サマルカに到着した私を出迎えてくれたのはカポトリアス辺境伯爵のグウェナエルさんとその五男であるニコラくんだ。最初に会った当時は九歳だったわけだが、あれからおよそ一年半が経ち、つい先日十一歳になったのだそうだ。
私よりも背の低かった少年もこの一年半の間にずいぶんと成長していて、なんと私よりも背が高くなっていたのだ。子供の成長とはなんと早いことか!
……どうして私は背が伸びないのだろうか?
ルーちゃんにも身長で抜かされ、可愛い少年だったはずのニコラくんにまで抜かされてしまった。
ニコラくんぐらいの年齢なら女子のほうが平均身長は高いはずなのに!
ぐぬぬ。どうしてこうなった。
「さあ、聖女様。ご案内いたします」
私の前に歩み出て跪いたニコラくんが以前と変わらない天使のような声と笑顔で私を案内してくれる。
どうやら声変わりもまだのようだ。
それなのにもう身長で抜かされるなんて!
と、そんなことを嘆いていても始まらないため、素直にニコラくんのエスコートでグウェナエルさんのお屋敷を案内される。
拒否しないのか、と疑問に思われるかもしれないがさすがに私もそこまで鬼ではない。一度エスコートを許したのだから、理由もなしに拒否するなんてことはさすがに申し訳なくてできない。
なんとかパーティーみたいな、面倒くさそうなところに行かなければいいだけだろう。
そんなことを考えつつも当たり障りのない会話をしているうちに、前回泊めてもらったお部屋に案内された。どうやら私たちがここを通ることは周知の事実のようで、このお部屋はしっかりと入念に準備をしてくれていたらしい。それに、サマルカの町に着いたときも熱烈に歓迎してもらった。
まあ、そのあたりは聖女候補だったときと変わらないかもしれない。
「聖女様。本日は聖女様の再臨をお祝いしまして、ダンスパーティーを開催いたします」
「え?」
今、なんと? だんすぱーてぃー?
「ダンスパーティーです。その際にぜひ、聖女様をエスコートする栄誉を賜れませんでしょうか?」
そう言ってニコラくんは私の前で跪いた。
ええと? 私、ダンスなんて踊れないんだけど?
助けを求めてクリスさんに向かって視線を送ると、クリスさんはそっと耳打ちをしてくれた。
「参加なさるかどうかはご自由にお決めください。こういった事情ですので参加されるほうが望ましいとは言えますが、パーティーの当日に招待するということもかなり失礼な行為です。ですから参加されなくても問題はないでしょう。ですが、参加なさらなければカポトリアス辺境伯との関係はややぎくしゃくしてしまうかもしれません。また、エスコートはご結婚なさるおつもりがなければ、お受けしないほうがよろしいでしょう」
「ありがとうございます」
うん。やっぱりこういうときのクリスさんは頼りになるね。
「すみません。私、ダンスパーティーには興味がありませんのでエスコートはご遠慮いたします。パーティーも、最初に少しだけ顔を出すだけにさせてください」
「あ……はい」
断られるなどとは思っていなかったのだろう。ニコラくんはしゅんとなってしまった。
だが、私は結婚するつもりもないし恋人を作るつもりもない。変に気を持たせるよりは、こうしてきっぱりと断っておいたほうがお互いに良いと思う。
「……そ、それではどうぞごゆっくりおくつろぎください」
目に少し涙を溜めながらも笑顔でそう言ったニコラくんは、しょんぼりした様子で私の部屋から出ていったのだった。だが、普通の人間であれば聞き取れなかったであろうニコラくんの小さな呟きがしっかりと聞こえてきた。
「父上。お役目を果たせずに申し訳ございません」
はぁ。なんだかなぁ。きっと九歳だったあの頃も同じように父親に言われての行動だったのだろう。あんな年齢の子供が父親に言われたら逆らえるはずもない。
そもそもグウェナエルさんは自分の息子を次々と私のところに送り込んできたくらいだしね。
ああ、でも貴族ってそういうものなのかもしれないね。
よし。次回からはきちんとホテルに泊まろう。
そう決意した私は、その日の夜に開催された晩餐会とダンスパーティーをなんとか無事に乗り切ったのだった。
え? 踊らなかったのかって? いやいや、踊るわけないじゃない。貴族のするようなダンスなんてやったことないし、そもそも親しくもない人うえに下心丸見えな人と密着して踊るなんて拷問じゃないかな?
そんなわけで私は営業スマイルを貼り付けて皆さんが踊るのを見学し、三十分くらいで中座させてもらった。もちろんエスコートはクリスさんにしてもらったし、ダンスのお誘いもクリスさんのおかげでゼロだった。
よくは知らないけれど、エスコートしてきた人と踊ってからでないと他の人がダンスを申し込んではいけないという謎ルールがあるそうなのだ。だからそれを逆手にとり、クリスさんはダンスを踊らないことで私が踊らずに済むようにしてくれたのだと思う。
それにそもそも、私たちは明日から騎士たちと魔物退治へと出かけることになっている。
つまり今もあそこで踊っている貴族たちとは違って朝が早い。いつまでもどんちゃん騒ぎをしている暇などないのだ。
本音を言うならばもう少しくらい気にかけてくれてもいいのにな、とは思う。
「フィーネ様。お疲れ様でした」
部屋のベッドに腰かけている私にクリスさんが労いの言葉を掛けてくれた。
「クリスさんこそ、ありがとうございました」
「いえ。当然のことをしたまでです」
「それでも、ありがとうございました。次からは、ホテルに泊まりましょう」
「……そうですね。もう休まれますか?」
「はい。おやすみなさい」
「お休みなさいませ。フィーネ様。どうぞ良い夢を」
「クリスさんこそ。いい夢を」
「はい。失礼いたします」
クリスさんはそう言って部屋から退出し、自室へと戻っていった。それを見送った私はすぐにベッドへと潜り込み、そのまま夢の世界へと旅立ったのだった。
===============
次回更新は通常どおり、2021/11/02 (火) 19:00 を予定しております。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる