勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
450 / 625
滅びの神託

第十章第31話 新たなる神託

しおりを挟む
 ここはガティルエ公爵領の領都、ヴェルセレア。その中心には荘厳なガティルエ公爵邸が支配者としての威容を誇っている。かつて聖女候補だったシャルロット・ドゥ・ガティルエは、そんな公爵邸の自室で今日も床にせっていた。

「お嬢様。失礼いたします」

 メイドたちがそう言って入室すると、彼女たちの主人であるシャルロットの横たわるベッドへと近づいた。ベッドに体を横たえたシャルロットの目は開かれているものの、その目に光はない。その顔も以前とは違って頬がこけており、長い間まともに食事もっていない様子だ。

 ベッドサイドのテーブルには輝きを失ったロザリオとユーグの残した指輪が置かれていた。

「お嬢様。失礼いたします」

 メイドたちがシャルロットの上体を起こすとその髪をかし、また服を脱がせて全身をくまなく拭いて体を清めていく。

そうして身支度を整えられたシャルロットの前に食事が運ばれてきた。

「お嬢様。どうかお召し上がりください。ご家族も心配なさっております」
「さあ、お嬢様。どうか。きっとご友人のフィーネ・アルジェンタータ様はお戻りになられるはずです。あの方は約束を違えるような方ではございませんよ」

 そう声をかけられつつ口に流し込まれた食事をシャルロットは時間をかけてゆっくりと嚥下する。

 そうして長い時間をかけ、シャルロットは食事を終えると再びベッドに体を横たえたのだった。

◆◇◆

「お嬢様、失礼いたします」

 メイドが明るくそう言ってから入出すると、シャルロットのもとへと駆け寄った。

「お嬢様! ついにフィーネ・アルジェンタータ様がお戻りになられたそうですよ!」

 だがシャルロットはその言葉にすら反応しない。

「お嬢様……」

 彼女は悲しそうにそう呟いたが、すぐに首を横に振った。そして笑みを浮かべ、明るく優しげにシャルロットに声をかける。

「お嬢様。今日はさらにいい報せがあるんですよ?」

 そう言って手に持った便せんを差し出した。

「こちら、なんとフィーネ様からお嬢様へのお手紙です。旦那様が、王都でフィーネ様から直接預かってらしたそうですよ!」

 しかしシャルロットからの反応はない。

「お嬢様……。お嬢様! フィーネ様ですよ! せっかくご友人が無事に戻ってきてくださったというのに、どうして目を覚ましてくださらないんですか!」

 必死に呼び掛ける彼女にもやはりシャルロットは反応しない。

「……取り乱して申し訳ございません。お手紙はサイドテーブルに置いておきますね。さあ、お嬢様。お支度のお手伝いをさせていただきます」

 そういって彼女はシャルロットの体を清め、髪と服装を整えていく。そして長い時間をかけてシャルロットに食事を摂らせると、彼女はシャルロットをベッドに横たえて部屋を後にしたのだった。

◆◇◆

 とある日の深夜、月の出ていないヴェルセレアは闇に包まれていた。家々からも明かりが消え、町はすっかり寝静まっている。

 もちろんそれはシャルロットの住むガティルエ公爵邸とて例外ではない。だが、そんなガティルエ公爵邸の一室から白い光が突如としてあふれだした。その光はどこか神々しく、とても神聖なものにも見える。

「な!? あれは、お嬢様のお部屋では!?」

 外で警備に当たっていた男は大慌てでそのことを報せに邸内へと走るのだった。

◆◇◆

「……よ。シャルロット・ドゥ・ガティルエよ」

 何者かに呼ばれ、シャルロットは目を覚ました。しかしそこは見渡す限り雲が続いている何も無い場所だった。

「え? わ、わたくし、どうして……? ここは?」
「シャルロット・ドゥ・ガティルエよ。そなたに神託を下す」
「え? ま、まさか!」

 ぼんやりとしたハゲ頭を見たシャルロットは慌ててブーンからのジャンピング土下座を決める。

「勇者とは、勇気ある者なり。勇者とは、魔王を滅ぼす者なり」
「!!」

 それを聞いたシャルロットは息を呑んだ。

「すべての災厄が倒れしとき、災厄の王が蘇る。勇者は災厄の王を倒せる者なり」
「災厄の、王?」

 しかしシャルロットの疑問にハゲ頭の人物が答えることはなかった。

「ユーグ・ド・エルネソスは死してなお、シャルロット・ドゥ・ガティルエを守ることを望んだ。その高潔なる願いを認め、勇者シャルロット・ドゥ・ガティルエよ。そなたに神剣ユグドネソスを授ける」
「え?」
「勇者シャルロットよ。魔を打ち倒し、世界に光の時代をもたらすがよい」

 その言葉を聞いたシャルロットの視界はすぐにホワイトアウトしたのだった。

◆◇◆

 気が付くと、シャルロットは自室のベッドで寝ていた。

「今のは、一体?」

 そう呟いたシャルロットはゆっくりと上体を起こす。しかし、たったそれだけの動作で彼女は息を切らしてしまった。

「どうなっているんですの?」

 そう言って窓の外をちらりと見遣るが、どうやら今は深夜のようでそこには闇が広がるばかりだ。

 すると突然、サイドテーブルの上から白い光が放たれた。

「えっ!?」

 慌てて振り向いた視線の先には輝きを失ったはずのロザリオとユーグとの想い出の指輪があり、なんとその二つが光り輝いているのだ。

「ええっ? どういうことですの?」

 シャルロットがその様子を眺めていると、やがてその二つはふわりと宙に浮かびあがった。そして指輪がロザリオへと吸い込まれるようにして消えていく。

「待って! それはわたくしとユーグ様の大切な!」

 しかしシャルロットの言葉もむなしく二つは一つになり、そして眩い光を放つ。

「あっ!」

 あまりの眩しさにシャルロットは思わず顔を背けた。やがて光が収まり、シャルロットが顔を上げるとそこには淡く光り輝く一振りの剣が浮かんでいた。

「……そう。そういうことですのね。神は、わたくしにもまだ使命があると仰るのですね」

 悲しそうで、寂しそうで、それでいて決意のこもった目をしたシャルロットが剣を掴んだ。

「あ、ユーグ、様……」

 優しい表情をしたシャルロットは剣を杖にし、ふらつく足でなんとか立ち上がる。

 と、そのときだった。部屋の扉がノックされる。

「お嬢様! ご無事ですか!」

 いつものメイドの慌てた声が扉の向こう側から聞こえてくる。

「ええ。大丈夫ですわ。わたくしにも、まだ使命が残っていたようですの」
「っ! お嬢様!」

 しっかりとした口調でそう答えたシャルロットに、扉の向こう側からは感極まった声が聞こえてきたのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...