勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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滅びの神託

第十章第42話 勇者の初陣

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 フィーネたちがホワイトムーン王国の王都を目指しているころ、その王都にある王城では謁見が行われていた。

「よくぞ参った。勇者シャルロット・ドゥ・ガティルエよ」
「ははっ」

 シャルロットは国王を前にして跪いた。

「よい。勇者は聖女と同じく、各国の王と同等の地位が神によって保証されておる」
「はっ」

 シャルロットは立ち上がり、背筋の伸びた美しい姿勢で王を見た。

 その美しい所作はさすが公爵令嬢といったところか。それに加え、女性騎士用の儀礼服もスタイルの良いシャルロットにはよく似合っている。

 しかし長らく臥せっていた彼女はか細く、とても剣を握って戦えるようには見受けられない。

「勇者よ。そなたが聖女を目指し、また誰よりも聖女らしい誇りを持って活動してきたことをここにいる誰もが知っておる」

 それを聞いたシャルロットは少し悲し気な表情を浮かべたが、すぐに神妙な面持ちに戻る。

「だがな。そなたは未熟だ。剣を手に戦うことはまだ難しいだろう。勇者よ。もしよければ、我が騎士団で修業をせぬか?」
「そのお申し出、お受けいたします。感謝いたしますわ」

 シャルロットは優雅に微笑んだ。

 と、その時だった。

「陛下! 謁見の最中に失礼いたします。緊急事態です!」

 突如、伝令の男が大慌てで謁見の間に駆け込んできたのだ。

「何事だ!」
「ははっ! ご報告いたします! 南方の空より巨大な赤い竜が、我らが王都を向かって一直線にやってきております」
「なんだと!?」

 その急報に謁見の間に集まった者たちは動揺している様子だ。それぞれが近くの者と何かを話しており、急速にざわめきが広がっていく。

「ええい! 静かにせぬか! すぐに騎士団を出せ! ありったけの武器を用意し、追い払うのだ。竜など間違っても倒そうと思うな!」
「ははっ! 失礼いたします!」

 伝令はその命令を伝えるために部屋から足早に立ち去っていった。

「勇者シャルロットよ。今回、そなたの出る幕はない。下がっているがよい」

 国王は優しげな眼でシャルロットにそう告げる。

「いいえ、陛下。神は、わたくしに勇者となるよう仰いました。そのわたくしがいる場所にこうして竜が現れたということは、きっと神はわたくしにことを成せと命じておられるに違いありませんわ」

 シャルロットは決意に満ちた表情でそう反論する。

「いや、しかし……。そなたは少し前まで臥せっていたではないか。そのような体で前線にでるなど……」
「それでもわたくしは、やらなければならないのです。神の御心のままに」
「……シャルロット嬢。あいや、勇者シャルロットよ。そなたの決意はよく分かった。成すべきことを成してくるがよい」

 あまりの固い決意と神の意思を前に国王は渋々といった様子ではあるものの、シャルロットの出撃を許可したのだった。

◆◇◆

「さあ、行きますわよ」

 シャルロットは震える手で神剣ユグドネソスをぎゅっと握りしめ、第一騎士団の騎士たちと共に王都の南にある平地へとやってきた。

「アラン様。どう対処されるおつもりですの?」
「まずは矢で射掛けます」
「あの高さまで届きますの?」
「王都を襲うつもりであれば高度を下げるはずです。高度を下げたなら攻撃をし、そうでなければそのまま過ぎ去るのを待ちます。竜など、できることなら戦いたくはありませんからな」
「そうですわね」

 同意したシャルロットは再び神剣をぎゅっと握りしめた。その様子を見たアランは優しく諭す様に声をかける。

「シャルロット様。どうか下がっていてください。シャルロット様はまだ勇者になったばかり。それまで剣術の心得など全くなかったではありませんか」
「神託をいただいた折に、神より【剣術】のスキルを授かりましたわ。神は、わたくしに戦えと命じておられるのです」
「スキルがあったところで、戦えるかどうかは別の話です。どうか、邪魔にならないよう私のそばにいてください」
「勇者とは、勇気のある者のことです。恐怖に負けて、逃げ隠れするようでは真の勇者になどなれませんわ」
「……シャルロット様は変わりませんな」

 アランは呆れつつも優しい表情でシャルロットを見た。

「団長! やつが降下してきます」
「くそっ! やはり素通りしてはくれんか。弓部隊! 魔法部隊! 構え!」

 竜が降下してきたのを確認し、第一騎士団は迎撃態勢を取る。

「撃てーッ!」

 アランの合図で、一斉に弓と魔法が高度を下げた竜に向かって放たれた。しかしそれを完全に無視した竜は前衛の騎士に向かってブレスを吐いた。

「うわぁぁぁぁぁ」

 たったの一吹きだけで、最前列にいた数十人の騎士が一瞬にして炭へと変わった。その犠牲と引き換えに放たれた矢と魔法は命中したものの、竜にダメージを与えられた様子はない。

 すると竜は大きく息を吸い込んだ。

「GRWReeeeeeeee!!!」

 竜は真っ黒なブレスを吐き出した。そのブレスは前衛の騎士たちを飲み込み、そして後ろで控えているアランとシャルロットの本陣を飲み込み、さらには背後の王都の一部にまで到達する。

 すぐに視界は晴れるが、ブレスを受けた者たちの様子がおかしくなっている。

「え? あ、あれ? わ、わたくし、どうして……?」

 シャルロットは突如恐怖に襲われたのか、歯をカタカタと鳴らして震え始める。

「な? なんだ? これは!? どうして、私は恐怖を?」

 アランはなんとか恐怖を堪えつつも、顔を真っ青にして竜を見上げている。

「あ、あ、だ、ダメだ。こんな、勝てるはずがない」
「む、無理だ」
「ま、負ける」
「終わりだ。こんな……」
「うわぁぁぁぁぁぁ」

 使命を帯びて、王都の民を守るために出撃した騎士たちもまたおかしくなっていた。大半の者は恐怖に震え、一部の者は錯乱しているのか逃げ出そうとして他の騎士とぶつかる始末だ。

 そこへ追い打ちをかけるかのように今度は竜の全身から黒い波動がほとばしり、その波動が通過した場所に次々と見たこともない魔物が次々と誕生する。

 それはフィーネたちがイザール東の戦場跡で会った全身に炎をまとった虎のような魔物だけではない。羊、サソリ、狼、猿など様々な魔物が誕生しており、どの魔物も全身に炎を纏っている。

 そんな魔物たちは目の前にいる騎士たちへ次々と襲い掛かっていく。

「あ? な?」

 恐怖に震えている騎士たちは、目の前に突如現れた魔物に成すすべなく倒されていく。

 それはもはや戦いと呼べるようなものではなく、一方的な狩りと言っても過言ではない。

 シャルロットもアランも、そんな光景を恐怖に震えながらただただ見ていることしかできなかったのだった。
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