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欲と業
第十一章第1話 出発
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あれからしばらく王都に滞在し、生み出した種を教皇様に託した私は北へと旅立つこととなった。
今回は目的地が決まっているため、ホワイトムーン王国が私たちの向かう先に先触れを出してくれていると聞いている。自由な旅にはならないだろうが、その分余計なトラブルもなく白銀の里へと辿りつけるはずだ。
私は親方と奥さん、王様や教皇様に見送られてお城を出発した。どうやら私たちが出発することは王都の住民たちにも知らされていたようで、沿道で大勢の人たちが私たちの乗る馬車に向かって歓声を送ってくれている。
パニックが起こるかもしれないので窓を開けてはいけないと念を押されているので、馬車の中からそっと手を振って彼らに応える。
そのついでに観衆を確認してみるが、やはりシャルの姿は見当たらない。
というのも、実はあれ以来シャルとは会えていないのだ。噂では騎士団で必死に剣の修行をしているそうだが……。
「フィーネ様」
クリスさんが心配そうに声をかけてきた。
「あ……大丈夫です」
「シャルロット様のこと、ですよね?」
「……はい」
「大丈夫です。シャルロット様だってフィーネ様の仰ることは分かっているはずです」
「はい」
私だってそう信じたいが、本当に前のような友達に戻れるのだろうか?
「シャルロット様だって突然ご神託を授かり、まだまだ混乱してらっしゃるのでしょう。きっと、時が解決してくれます」
「そう、ですね……」
私はそう答え、ちらりと前の窓を見た。御者の肩越しに王都の北門が見える。
そしてその門の上には何やら人影があるではないか。
あれは……シャル!?
じっと目を凝らしてみるが、あれはたしかにシャルだ。何やら複雑そうな表情で私たちの乗っている馬車を見つめている。
「フィーネ殿、シャルロット殿でござるよ」
「はい。はい!」
「見送りに来てくれたでござるな」
「はい!」
ああ、良かった。シャルは……!
私はシャルのことをじっと見つめ返した。
もちろんシャルの視力では私の存在は見えていないだろうが、それでも私はじっと見つめる。
もう馬車を止めて話をすることは叶わないけれど、それでもきっと、きっと!
そうこうしているうちに私たちを乗せた馬車はぐんぐんと北門に近づいていき、やがて門をくぐった。
後ろには窓がついていないため、もうシャルの姿を見ることはできない。
でもきっとシャルは門の上から私たちのことを見送ってくれているはず。
根拠はないがそんな確信を胸に、私たちは一路北を目指すのだった。
◆◇◆
ホワイトムーン王国北部を守る第二騎士団に護衛されながら、私たちはイルミシティへとやってきた。ルーちゃんと出会った場所であり、領主の長男アルフレッドに襲われた場所でもある。
そして力が無くて救えなかった女性のいた場所であり、初めて公開処刑を目の当たりにした場所でもある。
あのときの私は色々と悩んだものだと懐かしく思う。きっと今ならばあの女性も救えただろうが、その経験があったからこそアイロールではマリーさんを救えたのだ。
それに奴隷売買の主犯格として多くの人々を踏みにじり、そして自らも多くの瘴気を生み出したであろうアルフレッド一味は裁かれて当然だったと思えるようにもなった。
私は人間ではないにもかかわらず、人間に希望を与える偶像たる聖女という役割をなんだかんだで担う結果になってしまった。
でも、精霊神様は自由に生きていいと言ってくれた。ならば私は人間の聖女ではできないやり方でこの世界の悲劇に挑んでみたいと思うのだ。
そう思えるほどに、私はこの世界に愛着を持っている。
あのハゲが何を企んでいたのかは分からないが、わざわざ私を呼び込んだのだから……あれ?
呼び込んだってなんだっけ?
うーん?
私はフィーネ・アルジェンタータ。妖精吸血鬼で、今は希望の偶像である聖女をやっている。
あれ? それだけだっけ?
ううん? なんだか靄がかかったようにあのハゲに会う前のことが思い出せない。
「姉さま?」
呼びかけられて顔を上げると、隣の席に座っているルーちゃんが心配そうにこちらを見ている。
「え? ああ、ルーちゃん。どうしましたか?」
「なんだか難しそうな顔をしてるなって」
「そうでしたか? ちょっと考えごとをしていました」
うん。まあ、いいや。きっと大したことじゃないんだろう。別に焦燥感を覚えているわけでもないしね。
「フィーネ様、到着いたしました」
「はい」
クリスさんにエスコートされて馬車を降りるとそこには、いつぞやと同じように町の衛兵がずらりと並んで私たちを出迎えてくれていた。
「聖女様、ようこそイルミシティへお越しくださいました」
そんな彼らの中からどこかで見覚えのある一人の若い男性が歩み出て出迎えてくれた。
ええと、彼は……ああ、なるほど。悪事を働いたアルフレッドの弟のようだ。
私は【人物鑑定】に感謝しつつもその男性に声をかける。
「お久しぶりです。フェリックスさん」
「おお! あのような無礼を働いた一族の私の名前すら覚えていてくださるとは!」
そう言ってフェリックスさんはブーンからのジャンピング土下座を決めた。
だがブーンのときの指先の伸びがいまいちだったし、ジャンプからの繋ぎもややぎこちなかった。着地はきれいに決められていたので指先から足先までしっかり意識をしっかりと行き渡らせるとよりスムーズな演技ができるのではないだろうか?
よし、ここは将来に期待して辛口採点で6点にしておこう。
「神の御心のままに」
いつもどおりそんなことを考えているとはおくびにも出さず、いつもの言葉でフェリックスさんを立たせてやるのだった。
================
第十一章の更新予定は毎週火曜日、木曜日、日曜日の 19:00 を予定しております。
今回は目的地が決まっているため、ホワイトムーン王国が私たちの向かう先に先触れを出してくれていると聞いている。自由な旅にはならないだろうが、その分余計なトラブルもなく白銀の里へと辿りつけるはずだ。
私は親方と奥さん、王様や教皇様に見送られてお城を出発した。どうやら私たちが出発することは王都の住民たちにも知らされていたようで、沿道で大勢の人たちが私たちの乗る馬車に向かって歓声を送ってくれている。
パニックが起こるかもしれないので窓を開けてはいけないと念を押されているので、馬車の中からそっと手を振って彼らに応える。
そのついでに観衆を確認してみるが、やはりシャルの姿は見当たらない。
というのも、実はあれ以来シャルとは会えていないのだ。噂では騎士団で必死に剣の修行をしているそうだが……。
「フィーネ様」
クリスさんが心配そうに声をかけてきた。
「あ……大丈夫です」
「シャルロット様のこと、ですよね?」
「……はい」
「大丈夫です。シャルロット様だってフィーネ様の仰ることは分かっているはずです」
「はい」
私だってそう信じたいが、本当に前のような友達に戻れるのだろうか?
「シャルロット様だって突然ご神託を授かり、まだまだ混乱してらっしゃるのでしょう。きっと、時が解決してくれます」
「そう、ですね……」
私はそう答え、ちらりと前の窓を見た。御者の肩越しに王都の北門が見える。
そしてその門の上には何やら人影があるではないか。
あれは……シャル!?
じっと目を凝らしてみるが、あれはたしかにシャルだ。何やら複雑そうな表情で私たちの乗っている馬車を見つめている。
「フィーネ殿、シャルロット殿でござるよ」
「はい。はい!」
「見送りに来てくれたでござるな」
「はい!」
ああ、良かった。シャルは……!
私はシャルのことをじっと見つめ返した。
もちろんシャルの視力では私の存在は見えていないだろうが、それでも私はじっと見つめる。
もう馬車を止めて話をすることは叶わないけれど、それでもきっと、きっと!
そうこうしているうちに私たちを乗せた馬車はぐんぐんと北門に近づいていき、やがて門をくぐった。
後ろには窓がついていないため、もうシャルの姿を見ることはできない。
でもきっとシャルは門の上から私たちのことを見送ってくれているはず。
根拠はないがそんな確信を胸に、私たちは一路北を目指すのだった。
◆◇◆
ホワイトムーン王国北部を守る第二騎士団に護衛されながら、私たちはイルミシティへとやってきた。ルーちゃんと出会った場所であり、領主の長男アルフレッドに襲われた場所でもある。
そして力が無くて救えなかった女性のいた場所であり、初めて公開処刑を目の当たりにした場所でもある。
あのときの私は色々と悩んだものだと懐かしく思う。きっと今ならばあの女性も救えただろうが、その経験があったからこそアイロールではマリーさんを救えたのだ。
それに奴隷売買の主犯格として多くの人々を踏みにじり、そして自らも多くの瘴気を生み出したであろうアルフレッド一味は裁かれて当然だったと思えるようにもなった。
私は人間ではないにもかかわらず、人間に希望を与える偶像たる聖女という役割をなんだかんだで担う結果になってしまった。
でも、精霊神様は自由に生きていいと言ってくれた。ならば私は人間の聖女ではできないやり方でこの世界の悲劇に挑んでみたいと思うのだ。
そう思えるほどに、私はこの世界に愛着を持っている。
あのハゲが何を企んでいたのかは分からないが、わざわざ私を呼び込んだのだから……あれ?
呼び込んだってなんだっけ?
うーん?
私はフィーネ・アルジェンタータ。妖精吸血鬼で、今は希望の偶像である聖女をやっている。
あれ? それだけだっけ?
ううん? なんだか靄がかかったようにあのハゲに会う前のことが思い出せない。
「姉さま?」
呼びかけられて顔を上げると、隣の席に座っているルーちゃんが心配そうにこちらを見ている。
「え? ああ、ルーちゃん。どうしましたか?」
「なんだか難しそうな顔をしてるなって」
「そうでしたか? ちょっと考えごとをしていました」
うん。まあ、いいや。きっと大したことじゃないんだろう。別に焦燥感を覚えているわけでもないしね。
「フィーネ様、到着いたしました」
「はい」
クリスさんにエスコートされて馬車を降りるとそこには、いつぞやと同じように町の衛兵がずらりと並んで私たちを出迎えてくれていた。
「聖女様、ようこそイルミシティへお越しくださいました」
そんな彼らの中からどこかで見覚えのある一人の若い男性が歩み出て出迎えてくれた。
ええと、彼は……ああ、なるほど。悪事を働いたアルフレッドの弟のようだ。
私は【人物鑑定】に感謝しつつもその男性に声をかける。
「お久しぶりです。フェリックスさん」
「おお! あのような無礼を働いた一族の私の名前すら覚えていてくださるとは!」
そう言ってフェリックスさんはブーンからのジャンピング土下座を決めた。
だがブーンのときの指先の伸びがいまいちだったし、ジャンプからの繋ぎもややぎこちなかった。着地はきれいに決められていたので指先から足先までしっかり意識をしっかりと行き渡らせるとよりスムーズな演技ができるのではないだろうか?
よし、ここは将来に期待して辛口採点で6点にしておこう。
「神の御心のままに」
いつもどおりそんなことを考えているとはおくびにも出さず、いつもの言葉でフェリックスさんを立たせてやるのだった。
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