勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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欲と業

第十一章第2話 イルミシティにて

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 私たちは以前泊ったことのあるイルミシティの最高級ホテルのスイートルームに宿泊している。支払いはなんと、メイナード子爵・・家持ちだ。

 というのもメイナード家はあのときの事件の責任を追及され、伯爵から子爵への降爵処分が下された。しかも高額な罰金を支払ったうえでかなりの領地が没収され、さらに当時の当主が引退することでなんとか家を残すことだけはできたのだそうだ。

 ただ、当時のメイナード伯爵の援助を受けていた貴族家で奴隷売買に加担していた家の多くは取り潰しになった。加担していた家の多くはもうこれ以上降爵できなかったり罰金を払えなかったりしたからなのだそうで、それに伴い現在はかなりの領地が王様の直轄領となっている。

 ちなみにそういった領地は、将来功績をあげた人に爵位と共に贈られるらしい。

 何はともあれ、悪いことをした人がきちんと罰せられているのはいいことだろう。この国だって問題はたくさんあるけれど、どこかの砂漠の国と比べればきちんとしているほうなのではないだろうか。

 そうして子爵家となったメイナード家の新当主であるフェリックスさんが今、私たちの泊っている部屋の応接室にやってきている。

 何か用事があると聞いていたのだが……。

「王都には恐ろしい魔物が襲ってきたものの、勇者様と聖女様が力を合わせて倒したそうですね」
「え? ああ、そうですね」

 とまあ、こんな感じで何やらよくわからない話をしている。なぜ、王都での炎龍王との戦いについて武勇伝をせがまれているのだろうか?

「お二方に加えて聖騎士の皆様と、第一騎士団の七勇士が大活躍したと伺っております。その七勇士は聖女様から見ていかがでしたか?」
「七勇士? って誰のことですか?」
「えっ?」

 フェリックスさんは驚いたような表情を浮かべているが、七勇士なんて呼び名は今ここで初めて聞いたのだ。私だって聞き返されても困る。

「なんでも、巨大な竜と並み居る魔物に囲まれながらも仲間と王都を守った七人の騎士の話です。吟遊詩人たちがあちこちで美談として語り継いでおりまして、私はその物語のファンなのです!」
「ええと?」

 誰だっけ?

「フィーネ様、おそらくフィーネ様が祝福をお授けになられたあの騎士たちではないかと思われます」
「ええと……ああ! そういえば!」

 うん、思い出した。そういえばそんな人たちもいたね。効果のよく分からない【聖女の祝福】とかいうスキルを近くにいた人から順に掛けていったやつだね。

「なんと! 聖女様が祝福なさったおかげで七勇士は勇敢に戦うことができたのですね!」
「え? ええと、そう、かも?」
「やはり! 聖女様はどうしてその七人を選ばれたのですか? その者たちの力でしょうか? あ! やはり聖女様がその者の素質を一目で見抜かれたんですよね! そうして勇気があり正しい心を持つ騎士に祝福を授けられたということですね! さすがです!」

 あの? ええと? 私はそんなことは一言も言ってないんだけど?

「ということは、吟遊詩人たちに命じて内容を直させなければなりませんね。その七勇士はやはり――」

 こうして知らないうちに勝手に広まっていた吟遊詩人の脚本を直すといういまいちよくわからない話に延々と付き合わされたのだった。

 まあ、特にやることもなかったので別にいいと言えばいいのだが……。

 あ、もちろんその七勇士とやらはたまたま近くにいた七人だとちゃんと言っておいてあげたよ。

 ただでさえ聖女様ということで過剰な期待をされているのに、追加でできもしないことを言われたって困るからね。

 それに【聖女の祝福】のスキルだってはっきりしているのは状態異常への耐性を上げてくれるらしいということくらいで、それ以外のことはよく分かっていないのだ。

 私たちも気になっていたので王都を出発する前に神殿で古い文献を調べてみたものの、聖女のスキルについて詳しく書かれたものは見つからなかった。

 文献に書かれていたことは「聖女が聖騎士に口付をすることで聖剣の力を解放できる」、「聖女は一度会った人のことは忘れない」、あとは「聖女と共に戦うと皆が鼓舞される」といった程度しかなかった。つまりなんという名前のスキルで、どういった効果を持っているのかは一切書かれていなかったのだ。

 まあ、私も誰かに聞かれなければ答えないだろうしね。

 それにそもそも他人のステータスを知ろうとするのは、その人の弱みを握る行為に等しいと考えるのが普通なのだ。

 わざわざ聖女様のスキルを知ろうとすれば、聖女様を守ろうとする人から狙われても不思議ではない。

 だからまともな文献が残っていないのだろう。たぶん。

「ええと、ところで用事はこれだけでしょうか?」
「あ、ええと、いえ。その、よろしければ我が屋敷に――」
「いえ、遠慮しておきます。色々あった場所ですので」

 私はその誘いをきっぱりと断った。だってあそこはルーちゃんと私が乱暴されかけた場所で、クリスさんが毒を盛られた場所だ。

 いくらなんでも無神経ではないだろうか。

「そ、そんな……あ、ええと、その、使用人が何やら幽霊を見たと言っておりまして……」
「え? 幽霊ですか? ええと、シズクさん」
「幽霊の浄化ならば、弱い相手でも最低金貨一枚はかかるでござるよ」
「それで構いません。ですのでぜひ我が屋敷に!」
「はぁ、わかりました。じゃあここから浄化しちゃいましょう」
「え?」

 私はそう答えるや否や、すぐさま葬送魔法を発動する。このホテルから弱い葬送魔法をフェリックスさんのお屋敷のほうへと向けて広げていく感じで……あれ? 特に何も手応えがないような?

 ううん。これは一体どういうことだろうか?

「あの、フェリックスさん? 幽霊はいないみたいですので、勘違いではないでしょうか? 旅先で以前、白い布を被って幽霊のふりをしていた人もいましたからもう一度よく調べてみてください」
「ああ、いたでござるな」
「あの生臭坊主……」
「あのときは結局幽霊がいて、姉さまが送ったんでしたよね」
「そうでしたね。でも今回はフェリックスさんのお屋敷全体に葬送魔法を掛けましたからね。抵抗されたなら何かわかるはずですし、幽霊はいないと思います。だから幽霊を見たと言っている人にもそう伝えてください」
「は、はい……」

 フェリックスさんは残念そうに肩を落とす。

 ええと? 幽霊がいなかったのがそんなに残念だったわけ?

「フェリックス殿、金貨一枚でござるよ」
「え? あ、はい……」

 シズクさんに代金を徴収されたフェリックスさんはがっくりとうなだれるのだった。

 何がそんなに残念なのかはよく分からないけれど、幽霊がいなかったんだからいいことなんじゃないかな?
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