勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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欲と業

第十一章第38話 贖罪修道院(後編)

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 修道院の中庭に小さな池があったので、私はそのほとりにリーチェの種を植えた。

「これでこのあたりの魔物の数は減るはずです」
「恵みの花乙女様、ありがとうございます」
「いえ、当然のことですから」

 そう答えると、シスターさんは穏やかに微笑んだ。

「恵みの花乙女様は人を探してここにいらっしゃったのですよね?」
「はい。ですが、隠れて暮らしているのですから無理に会うのは止めようと思います」
「えっ? 姉さま?」
「もしかするとその人は、ここにいることがバレてしまったらひどい目に遭ってしまうかもしれません」
「……」
「ですから、他の手掛かりを探しましょう」
「恵みの花乙女様、一体どういった事情なのでしょうか? そちらのエルフの少女にも関係する話なのですか?」

 私が答える前に、ルーちゃんは捲し立てるように答える。

「そうですっ! あたしの妹を探してるんですっ! あたしたち家族は森で暮らしていたのに人間に捕まって! それで妹だけ!」
「ルーちゃん……」

 ルーちゃんの必死な様子に、私は自分の配慮が足りなかったことを反省する。

「……そうでしたか。ということは、その関係者がここにいるということでしょうか?」
「そうです! あたしたちを売った奴の家族が!」
「……わかりました。それは最近のことですか?」
「ここ数年くらいの間ですが、いつごろかまでは……」
「そうですか。ここ数年ですと新しく来た者は一人だけです。その者に話を聞いてみますので、しばらくお待ちいただけますか?」

 そう言ってシスターさんは私たちを残して建物の中へと姿を消したのだった。

◆◇◆

 しばらく待っていると、先ほどとは別のシスターさんが駆け寄ってきた。

「申し訳ありませんでした!」

 いきなりすがりつかれ、涙ながらに謝罪される。

「え、ええと……」
「聖女様! どうか私を罰してください!」

 ううん? 名乗ってもいないのにどうしてバレたんだろう?

 って、そうか。そういえば聖女様な格好をしているうえにこの国の人は聖女様フリークが多いから有名になっていたんだろう。

 私が困っていると先ほどのシスターさんがやってきて、このシスターさんをたしなめてくれる。

「ヘルマ、そのように困らせてはいけませんよ」
「院長! ですが聖女様が!」
「……え? 聖女様!?」

 ぎょっとした表情で私のことをまじまじと見つめてくる。

「ええと、はい。一応、そういうことになっていますね」
「聖女様で……恵みの花乙女様!?」
「ええと、まあ、そうですね」

 シスターさんはそのままの姿勢で硬直してしまった。

「あ、あの?」
「聖女様! どうか!」
「ええと……神の御心のままに?」

 なんとなく苦し紛れにそう言うと、縋りついているシスターさんは目を見開いた。そして涙をボロボロと流しながらブーンからのジャンピング土下座を決めたのだった。

 ええと、6点かな。

◆◇◆

 それからしばらくして院長さんが復帰してくれ、ようやく落ち着いて話ができるようになった。

「私の父はアミスタッド商会という商会の会長でした。私はずっと父がお酒を売るお仕事をしているのだと思っていたんです。私が小さいころからずっと真面目に働いていて……。でもある日、実はマフィアと繋がっていて、裏で人を奴隷にして売っていたことを知りました」

 ヘルマさんは辛そうな表情でそう話し始める。

「父は、最初は本当にお酒を売っていたみたいなんです。だけどある日、商売に失敗してヘットナーファミリーというマフィアからお金を借りたんだそうです。でも結局そのお金を返せなくて、その借金の証文がシュタルクファミリーというマフィアに売られてしまったそうです。そうしたら借金を返さなくていい代わりにって、人身売買の手伝いをさせられました」
「そうでしたか」
「はい。それで、すごくたくさんの人を売ったそうです。でもある日、エルフを売ったせいで聖女様の逆鱗に触れて、それでアスラン・ハスランとヘットナーファミリーに切り捨てられたって言っていました」

 ヘルマさんは涙ながらにそう語った。

 なるほど。アミスタッド商会の立場からすればヘットナーファミリーにお金を借りたことが最初の原因なのだから、トカゲの尻尾きりをされたと感じるのは無理もないことだろう。

 だがシュタルクファミリーはともかくとして、ヘットナーファミリーは直接関係しているわけではない。だから借金の証文を売ったくらいではブルースター共和国の法律ではお咎めなし、ということになるようだ。

 ううん。これは一体どうしたらいいんだろう?

「聖女様、私はどうすればいいんでしょうか?」

 へルマさんは縋るような表情で私を見ている。

「え? ええと、そうですね。へルマさんが直接悪いことをしていたわけではありませんし、それにへルマさんはこんなに反省しています。だから、きっと許されていると思いますよ」
「聖女様……」

 これが正しいのかはわからない。でもいくら親が悪いことをしていたからって、子供は親を選べないのだ。

 ならばもうこれ以上苦しむ必要はないのではないだろうか?

「ところでへルマさん、私たちはアミスタット商会で実際に奴隷を売っていた人たちを探しています。彼らの生き残りがどこにいるか知りませんか?」
「……ほとんどのメンバーは処刑されました。ただ、一部の者はオレンジスターに逃げたと聞いています」
「オレンジスター?」
「フィーネ様、オレンジスターといえばブルースター王国の南西部海沿いに位置する一都市のみの小さな公国のことです。ブルースター王国が革命で共和国となった際、オレンジスターまでは革命が波及しなかったため、その地域は公国として独立したのです」
「なるほど。では、次はそこに行って生き残りを探しましょう」
「……精霊の島はいいでござるか?」
「今はルーちゃんの妹の情報を手に入れるのが先です。急げば何かわかるかもしれません」
「姉さま……」
「そうでござるな」

 こうして私たちは急遽、西にあるというオレンジスター公国を目指すこととなったのだった。
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