勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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欲と業

第十一章第39話 荒れ果てた道

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 セブニッツ修道院を後にした私たちはすぐさまリルンに戻ると、馬車は回収せずにそのままオレンジスター公国へと向かうこととなった。

 理由はそのほうが早そうだったからだ。

 というのも、オレンジスター公国へと向かう道は大きく分けて二つある。

 一つは北に大きく迂回してエルムデンを経由して海岸沿いを南西へと進むルートで、もう一つはリルンから険しい山を突っ切って西に進むルートだ。

 あまりに山道が険しいため、普通は遠回りで時間がかかったとしてもエルムデン経由のルートを選ぶのだそうだが、私たちとしてはとにかく時間が惜しい。

 それにルーちゃんもいるので森を歩く分にはなんの問題ない。

 というわけで、私たちはあえて険しい山を越えるルートを選んだ。

 だがそんなルートなので道は当然荒れ果てており、最後の村を出発して二日目にしてほぼ道が無くなってしまった。

 ルーちゃんのおかげで次の道標までのルートは森が教えてくれるので問題ないが、もしルーちゃんがいなければ迷っていたのは間違いないだろう。

 それだけ人里離れているということもあり、かなりの数の魔物が襲ってくる。

 ゴブリンだけでなくオーク、それにオーガなんて魔物までいたのだから、いかにこの道が使われていないのかがよく分かるというものだ。

「あっ! オークですっ!」

 魔物を発見したルーちゃんは光の矢を生み出し、森の中へ向けて放った。光の矢は木々の間をカーブしながら縫うように飛んでいき、遠くにいるオークの頭部を見事に貫いた。

 ううん、すごいね。これは精霊弓士の力なのか。

「やりましたっ!」
「ルーちゃん、すごいですね」
「えへへ」

 ルーちゃんは嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「!」

 次の瞬間、シズクさんが何かに気付き、戦闘態勢を取った。

「どうしましたか?」
「……あれは、もしかするとトレントではござらんか?」
「え?」

 シズクさんに言われたほうを見てみるが、よく分からない。やはり普段は木に擬態しているため、見つけるのはかなり難しい。

「ルーちゃん、どうですか?」
「……たしかにちょっと怪しい木があります。マシロッ!」

 ルーちゃんはマシロちゃんを召喚すると、風の刃を放った。風の刃は少し先にある直径20センチメートルほどの木の幹に直撃し、小さな傷を作った。

 すると、その木は少し震えたかと思うと木の枝をまるで鞭のようにしならせてマシロちゃんに攻撃を仕掛けてきた!

 私はその攻撃を防壁で防ぐ。

「やはりそうでござったか!」

 シズクさんが猛スピードで距離を詰めると、その幹を一撃で切り株へと変えた。

 だが、やはりトレントはこの程度では倒れない。切り株はにょきにょきと伸びていき、あっという間に元の姿に戻った。

 それをシズクさんは切り捨ててまたもや切り株へと変え、その切り株は再び伸びて元の姿に戻る。

「ええと、シズクさん? あの、【狐火】のスキルが使えるようになっていたりは……」
「していないでござるな。拙者たちには火による攻め手はないでござるゆえ、力押しではござるがこうして再生する力が無くなるまで倒し続けるのが一番でござるよ」
「ええぇ」

◆◇◆

 それからしばらくすると、トレントの再生する力が目に見えて弱ってきた。

「トレントは魔石を取り出せば倒せるんでしたっけ?」
「はい。トレントに限らず、どのような魔物も魔石を失えば死ぬはずです」
「じゃあ、ちょっと試してみましょう」

 私は【影操術】で影を操ると先端を尖らせ、再生しようとしているトレントの切り株に上から突き立てた。

 抵抗はあるが、突き進めないほどではないので、ぐりぐりと力を入れて突き進んでいく。

 するとしばらくして、何か固いものにぶつかった。きっとこれが魔石だろう。これを引っこ抜けばトレントは倒せるはずだ。

 すると突然、トレントの切り株の脇から枝がにょきにょきと生えてきた。トレントは私を串刺しにしようと枝を伸ばしてくる。

 だが私の体は結界に守られているので、当然のことながらその枝が私に届くことはない。

 あ、そうだ。取り出す前にやってもいいんじゃなかったっけ?

 私は影の先から浄化魔法を発動してみる。するとかなりの手応えと共に何かがごっそり浄化され、トレントはピクリとも動かなくなった。

 ああ、やっぱりそうだ。アイロールのときと同じだね。

 私は硬いものを影で掴み、トレントの切り株から引っこ抜いてみた。

「魔石ですね。取れました」
「フィーネ様、今のは一体……?」
「どうせ魔石は浄化するんですから、取り出す前に浄化しておきました」
「……」

 気が付けば、シズクさんが何やら難しい表情をしている。前にアイロールで見た光景のはずだが……。

「どうしたんですか? シズクさん」
「魔物は瘴気から生まれるでござるな?」
「え? ああ、はい。そうらしいですね」
「ということは、瘴気で生きているのでござらんか?」
「うーん? そうなんじゃないでしょうか?」
「ならば、魔物は瘴気を失えば生きていけないでござるな」
「ええと? たぶんそうだと思いますけど……」

 シズクさんはどうしてそんなことを聞いてくるんだろうか?

「ということは、魔石とは魔物が生きるのに必要な瘴気を蓄えているのではござらんか?」
「うーん? そんな気もしますけど……突然どうしたんですか?」
「進化の秘術で生み出された魔物と普通の魔物の違いは魔石の有無でござる」
「はぁ、そうですね」
「これは仮説でござるがな」

 シズクさんはそう前置きしたうえで話を続ける。

「進化の秘術というのは、瘴気から魔物が生まれるその仕組みそのものなのではござらんか?」
「ええと?」

 どうしてそんなところまで話が飛躍しているのかさっぱり理解できない。

「ああ、すまないでござる。まだ拙者も状況から推測している段階に過ぎないでござるゆえ、忘れてくれて構わないでござるよ」

 シズクさんはそう言って、バツが悪そうに頬を掻いた。

「はぁ、そうですか」

 しっかり者のシズクさんにしては珍しいこともあるものだ。

「フィーネ様、このあたりは魔物も多いですからもう行きましょう」
「そうですね」

 クリスさんに促され、私は近くにリーチェからもらった種を植えると先を急ぐのだった。
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