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欲と業
第十一章第42話 オレンジスター公国の事情
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「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「お気に召していただけたようで何よりです」
私たちは今、食後の紅茶を楽しんでいる。暖かい日差しの中こうして絶景を見ながらのんびりしているとついこのまままったりと過ごしたくなってしまうが、私たちにはやることがある。
「ところでジルベール七世」
「はい」
「二つほどお願いしたいのですがよろしいでしょうか?」
「もちろんでございます。なんなりと仰ってください」
「まず一つですが、こちらの町のどこかに瘴気を浄化して育つ種を植えさせてほしいのです」
「おお! あの噂の種ですな? もちろんでございます。むしろ、わたくしどもからもお願いしようと考えておりました」
「どこに植えればいいですか?」
「その種の生育に良い場所をご指定いただければ、場所を確保いたしますぞ」
「ええと、特にそういったものはありませんね。そこの庭の隅にでも植えておいていいですか?」
「そんな! 隅などと仰らず、どうぞ中央にお植えください」
「わかりました。それともう一つなのですが」
「はい」
「オレンジスター公国に、ブルースター王国で奴隷売買に関わった者が逃げ込んできたという情報を得ています」
私がそういうと、ジルベール七世はちらりとルーちゃんを見やった。それからすぐに真剣な表情で私のほうを見てくる。
「それは、アミスタッド商会なるマフィアの商会のことでございますな?」
「はい。ご存じでしたか」
「もちろんでございます。聖女様が奴隷解放に尽力なさっていることも、そちらのエルフの従者様の妹君をお探しなことも存じ上げております」
「それでしたら、アミスタッド商会の元構成員の情報はありませんか?」
「それが残念ながら……」
「そうですか」
ジルベール七世は申し訳なさそうにそう答えた。
なるほど。だが情報がないのなら仕方ない。どうやって探そうかと考えていると、ジルベール七世は意外な言葉を口にする。
「というのも、我が国は人の出入りを自由にすることを是としておるのです」
「え? でも門で止められましたよ?」
「はい。今は制限しております。少し長くなりますが、よろしいでしょうか?」
「はい」
私の返事にジルベール七世は小さく頷いた。
「我が国にやってくる者のほとんどはブルースター共和国の民であり、我が国とブルースター共和国は同じ民族の国でもあります。王制が打倒された際に我が国はオレンジスター公国として独立しましたが、基本的に彼らは同胞なのです。そのため、彼らに対して国境を閉じるという考え方は我々にとって馴染みのないものでした」
「それじゃあ、どうして審査を始めたんですか?」
「それはアミスタッド商会がブルースター共和国で処断されてしばらくのことです。我が国で若い女性が行方不明になる事件が相次ぎ、それで人の出入りを制限し始めました」
それってもしかして、アミスタッド商会の生き残りがこっちで誘拐を始めたってこと?
「しばらく誘拐事件が続いたのですが、犯人は捕まっていないものの次第に起きなくなっていきました。おそらくブルースター共和国でも奴隷の取引が厳しく制限されたことが影響したのでしょう」
「ええと、誘拐犯が元アミスタッド商会の連中で、この国でも奴隷を売っていたってことですか?」
「時期を考えると、そうなのかもしれません」
「じゃあ、その誘拐犯を捕まえればいいんじゃないですか?」
「はい。仰るとおりなのですが、そう簡単にはいかないのです」
「どういうことですか?」
「というのも、情報がないのです」
「え? 誘拐事件なら目撃者の一人くらいいるんじゃないんですか?」
「いえ、そうではありません。たしかに女性がいなくなったという訴えはあるのです。ですが被害者が本当にいるのかの確認できないのです」
「ええと?」
「つまり出入国が自由にしすぎたせいで誰が住人で誰が外国人か分からなくなり、被害に遭った女性がどこの誰なのかわからないということでござるな?」
「はい。仰るとおりです」
うん? どういうこと?
「フィーネ殿、ある女性がいなくなったと訴えがあったとするでござる」
「はい」
「まず、その女性が本当にいたのかが分からないでござる」
「……ええと、誰がどこに住んでいるかが分からないから、ですか?」
「そのとおりでござる。さらに行方不明になったその女性が本当にいたと仮定して、それが本当に誘拐さ入れたのか、それも外国人だったので単に出ていっただけなのかも分からないのでござる」
「え? でも訴えがあったんですよね?」
「それはそうなのでござろうが、誰が誘拐されたのか分からなければ国としても捜査のしようがないでござるよ。せめて家族が名乗り出て捜索の依頼をしていれば話は別でござろうが……」
そう言ってシズクさんがジルベール七世のほうをちらりと見ると、ジルベール七世は険しい表情で頷いた。
「シズク殿の仰るとおりです。行方不明とされた女性の家族が誰一人として見つかっていないのです。とはいえ訴えが多いのに加え、訴えた者に嘘をつく理由がありませんでした。ですのでとりあえず、検問を行うようにしたのです」
うーん、なんだかよくわからない事件だ。
「あれ? じゃあどうしてまだ検問をしているんですか? 誘拐は起きなくなっていったんですよね?」
「はい。それはそうなのですが、検問を始めてからしばらくすると今度は我が町の治安が急速に悪化していったのです」
「え?」
「今まで起きなかったような強盗などの犯罪が多発するようになりまして……」
「ええと?」
「それで犯罪歴のある者を入れないようにと、ということも考えて検問を続けておるのです」
「ええと? 町の中で犯罪が起きているなら、その人たちを捕まえたほうがいいんじゃないですか?」
「もちろんそうなのですが、我が国の民はあまり争いごとを好まない傾向にあるのです。ですので外からやってきた者の影響が大きいと考え、検問をしっかり行っておかしな者が入らないようにと遅まきながら対策を行っているところなのです」
「はぁ」
まあ、犯罪者が入ってこないように国境で止めるのはやったほうがいいもんね。
このやり方がいいかどうかはよく分からないけれど、私たちが探しているのは元アミスタッド商会の人たちだ。この件については余計な口を挟まないほうがいいだろう。
ただ、誰が住んでいるか把握していないって、この国は大丈夫なのだろうか?
色々と心配になってしまう。
「ええと、それで元アミスタッド商会の人たちのことなんですが」
「はい。残念ながら、我々としては情報を持ち合わせておりません。誰がどこに住んでいる、といった情報でしたら大聖堂で主教殿にお聞きいただくほうが早いかと存じます」
「住民の管理をしているのは教会なんですか?」
「いえ、管理はしておりません。ですが、礼拝に来る人であれば教会で把握されているはずです」
「ええぇ」
「お気に召していただけたようで何よりです」
私たちは今、食後の紅茶を楽しんでいる。暖かい日差しの中こうして絶景を見ながらのんびりしているとついこのまままったりと過ごしたくなってしまうが、私たちにはやることがある。
「ところでジルベール七世」
「はい」
「二つほどお願いしたいのですがよろしいでしょうか?」
「もちろんでございます。なんなりと仰ってください」
「まず一つですが、こちらの町のどこかに瘴気を浄化して育つ種を植えさせてほしいのです」
「おお! あの噂の種ですな? もちろんでございます。むしろ、わたくしどもからもお願いしようと考えておりました」
「どこに植えればいいですか?」
「その種の生育に良い場所をご指定いただければ、場所を確保いたしますぞ」
「ええと、特にそういったものはありませんね。そこの庭の隅にでも植えておいていいですか?」
「そんな! 隅などと仰らず、どうぞ中央にお植えください」
「わかりました。それともう一つなのですが」
「はい」
「オレンジスター公国に、ブルースター王国で奴隷売買に関わった者が逃げ込んできたという情報を得ています」
私がそういうと、ジルベール七世はちらりとルーちゃんを見やった。それからすぐに真剣な表情で私のほうを見てくる。
「それは、アミスタッド商会なるマフィアの商会のことでございますな?」
「はい。ご存じでしたか」
「もちろんでございます。聖女様が奴隷解放に尽力なさっていることも、そちらのエルフの従者様の妹君をお探しなことも存じ上げております」
「それでしたら、アミスタッド商会の元構成員の情報はありませんか?」
「それが残念ながら……」
「そうですか」
ジルベール七世は申し訳なさそうにそう答えた。
なるほど。だが情報がないのなら仕方ない。どうやって探そうかと考えていると、ジルベール七世は意外な言葉を口にする。
「というのも、我が国は人の出入りを自由にすることを是としておるのです」
「え? でも門で止められましたよ?」
「はい。今は制限しております。少し長くなりますが、よろしいでしょうか?」
「はい」
私の返事にジルベール七世は小さく頷いた。
「我が国にやってくる者のほとんどはブルースター共和国の民であり、我が国とブルースター共和国は同じ民族の国でもあります。王制が打倒された際に我が国はオレンジスター公国として独立しましたが、基本的に彼らは同胞なのです。そのため、彼らに対して国境を閉じるという考え方は我々にとって馴染みのないものでした」
「それじゃあ、どうして審査を始めたんですか?」
「それはアミスタッド商会がブルースター共和国で処断されてしばらくのことです。我が国で若い女性が行方不明になる事件が相次ぎ、それで人の出入りを制限し始めました」
それってもしかして、アミスタッド商会の生き残りがこっちで誘拐を始めたってこと?
「しばらく誘拐事件が続いたのですが、犯人は捕まっていないものの次第に起きなくなっていきました。おそらくブルースター共和国でも奴隷の取引が厳しく制限されたことが影響したのでしょう」
「ええと、誘拐犯が元アミスタッド商会の連中で、この国でも奴隷を売っていたってことですか?」
「時期を考えると、そうなのかもしれません」
「じゃあ、その誘拐犯を捕まえればいいんじゃないですか?」
「はい。仰るとおりなのですが、そう簡単にはいかないのです」
「どういうことですか?」
「というのも、情報がないのです」
「え? 誘拐事件なら目撃者の一人くらいいるんじゃないんですか?」
「いえ、そうではありません。たしかに女性がいなくなったという訴えはあるのです。ですが被害者が本当にいるのかの確認できないのです」
「ええと?」
「つまり出入国が自由にしすぎたせいで誰が住人で誰が外国人か分からなくなり、被害に遭った女性がどこの誰なのかわからないということでござるな?」
「はい。仰るとおりです」
うん? どういうこと?
「フィーネ殿、ある女性がいなくなったと訴えがあったとするでござる」
「はい」
「まず、その女性が本当にいたのかが分からないでござる」
「……ええと、誰がどこに住んでいるかが分からないから、ですか?」
「そのとおりでござる。さらに行方不明になったその女性が本当にいたと仮定して、それが本当に誘拐さ入れたのか、それも外国人だったので単に出ていっただけなのかも分からないのでござる」
「え? でも訴えがあったんですよね?」
「それはそうなのでござろうが、誰が誘拐されたのか分からなければ国としても捜査のしようがないでござるよ。せめて家族が名乗り出て捜索の依頼をしていれば話は別でござろうが……」
そう言ってシズクさんがジルベール七世のほうをちらりと見ると、ジルベール七世は険しい表情で頷いた。
「シズク殿の仰るとおりです。行方不明とされた女性の家族が誰一人として見つかっていないのです。とはいえ訴えが多いのに加え、訴えた者に嘘をつく理由がありませんでした。ですのでとりあえず、検問を行うようにしたのです」
うーん、なんだかよくわからない事件だ。
「あれ? じゃあどうしてまだ検問をしているんですか? 誘拐は起きなくなっていったんですよね?」
「はい。それはそうなのですが、検問を始めてからしばらくすると今度は我が町の治安が急速に悪化していったのです」
「え?」
「今まで起きなかったような強盗などの犯罪が多発するようになりまして……」
「ええと?」
「それで犯罪歴のある者を入れないようにと、ということも考えて検問を続けておるのです」
「ええと? 町の中で犯罪が起きているなら、その人たちを捕まえたほうがいいんじゃないですか?」
「もちろんそうなのですが、我が国の民はあまり争いごとを好まない傾向にあるのです。ですので外からやってきた者の影響が大きいと考え、検問をしっかり行っておかしな者が入らないようにと遅まきながら対策を行っているところなのです」
「はぁ」
まあ、犯罪者が入ってこないように国境で止めるのはやったほうがいいもんね。
このやり方がいいかどうかはよく分からないけれど、私たちが探しているのは元アミスタッド商会の人たちだ。この件については余計な口を挟まないほうがいいだろう。
ただ、誰が住んでいるか把握していないって、この国は大丈夫なのだろうか?
色々と心配になってしまう。
「ええと、それで元アミスタッド商会の人たちのことなんですが」
「はい。残念ながら、我々としては情報を持ち合わせておりません。誰がどこに住んでいる、といった情報でしたら大聖堂で主教殿にお聞きいただくほうが早いかと存じます」
「住民の管理をしているのは教会なんですか?」
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「ええぇ」
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