勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
522 / 625
欲と業

第十一章第43話 主教の話

しおりを挟む
 私たちは主教さんに会うため、大聖堂へとやってきた。主教さんはそんな私たちを待っていてくれたようで、大聖堂の前で大勢の人たちが出迎えてくれた。

「おお、聖女様! ようこそお越しくださいました。神のお導きに感謝を!」

 一番立派な服を着ている人がそう言うと、一斉にブーンからのジャンピング土下座を決めてくれた。

 これは素晴らしい。一糸乱れぬ完璧な演技だった。指先まできっちりと集中できていたし、ブーンからジャンプへの繋ぎだってスムーズだった。そのうえ動きにもキレがあり、相当の練習をしてきたことがうかがえる。

 うん。これは文句なしの10点満点だ。

「神の御心のままに」

 私はいつもどおりの言葉に最大限の敬意を込め、皆さんを起き上がらせる。

「さあ、聖女様。どうぞ中へ」
「ありがとうございます」

 そのまま私たちは大聖堂の奥にある部屋へと通された。

「私は主教のガブリエルと申します。どうぞお見知りおきを」
「フィーネ・アルジェンタータです。こちらか順にルミア、クリスティーナ、シズク・ミエシロです」
「これはご丁寧にどうもありがとうございます」

 こうして自己紹介を終え、私たちは着席した。

「さて、オレンジスター公よりお話は伺っております。そちらのルミア殿の誘拐された妹君をお探しで、その下手人であるマフィアの残党がオレンジスター公国に流れてきている可能性があるということでよろしいですな?」
「はい」
「大変申し訳ないのですが、ここ大聖堂でもどこに誰が住んでいるかについては把握しておりません」

 ガブリエル主教は申し訳なさそうな表情でそう答えた。

「そうですか……」

 残念だが、これでは探しようがないかもしれない。いや、自分たちで聞き込みをして回るという手もあるかな?

「……聖女様、よもやご自身で聞き込みをしようなどとお考えでは?」
「え? どうしてそれを?」
「やはり聖女様なのですな」

 ガブリエル主教はなぜか安心したような表情でそう言った。

「ええと?」
「ですが、どうかご自身で歩き回るのはどうかおやめください」
「ダメ、でしょうか?」
「はい。聖女様は世界にとって必要なお方で、それは我が国にとっても同じなのです。そんな聖女様がもし我が国で命を落とすようなことがあれば」
「ええと?」

 深刻そうな表情でガブリエル主教はそう言うが、普通の人間に私たちが負けるとは思えない。それこそ、レッドスカイ帝国の将軍が大勢いるのであれば話は別だろうけれど。

「主教殿、フィーネ様には我々がついているのだ。それにフィーネ様ご自身も相当の力をお持ちだ。そのようなことがそうそう起こるとは思えないのだが?」
「はい。ですが、今の我が国はそうとも言い切れない状況なのです」
「どういうことですか?」
「この町の南にはスラム街がございます。もし犯罪者が逃げ込んでいるとすれば、おそらくはその地区でしょう」

 その言葉にクリスさんは少しムッとしたような表情を浮かべる。

「スラム街のチンピラに我々が負けると?」
「チンピラかどうかはわかりませんが、そのとおりです。町の治安が悪化するのに伴い、スラム街は非常に危険な地区となりました。しかも凄腕の者がどうやら多数いるようで、衛兵たちですら手が出せない無法地帯となっております」

 うーん? いくら凄腕とはいえ、存在進化した剣聖のシズクさんと同じレベルになれるとは思えないのだが……。

「ですので、どうかご自身で探されるのはおやめください」
「ええと、それじゃあそのスラム街の情報はどうやって手に入れればいいんでしょうか?」
「諦めていただく、というわけにはいかないのですね?」
「はい。私たちが旅をしている大事な理由の一つですから」
「……そうですか」

 ガブリエル主教はそう言って小さくため息をつくと、諦めたような表情になった。

「スラム街では教会すらすでに破壊され、略奪されました。しかも関係者は誰一人として帰ってきておりません」
「えっ!? そんな状態なのに何もしていないんですか?」
「ですから、衛兵たちですら手が出せない状況なのです。衛兵を差し向けたとして、帰ってくる者は一人もいないでしょう」
「そう、ですか……」

 もしかしてこの国、そのうちスラムの強い人に乗っ取られるんじゃないだろうか?

「ですが情報を得る可能性がないわけではありません」
「え?」
「スラム街の外縁部にある修道院であれば、あるいは情報が得られるかもしれません」
「修道院は無事なんですか?」
「先週、スラム街から修道院の者が買出しに来たという報告がありました。教会が破壊されてからしばらく経っておりますので、修道院はスラム街に住む人々にとって排除する対象とはされなかったのでしょう」
「なるほど。そういえば、どうして教会は破壊されたんでしょうか?」
「それは……」

 ガブリエル主教は少し表情を曇らせた。

「おそらくですが、教会が目障りだったのでしょう。治安が悪化し始めたころは説法の回数を増やし、それに合わせて炊き出しを行っていました。ですが、暴力で支配したい者にとってそういったことは邪魔でしかありません。実際、教会が破壊される前に何度も説法を止めろといった脅迫があったと報告を受けています」
「そうでしたか」

 これはちょっとシャレにならない状況になっているようだ。

「聖女様がもし修道院へ行くためにスラム街へと入れば、きっと殺されることでしょう。それでも行かれるおつもりですか?」
「そんな状況であればなおのこと、私たちが行くしかないですよね?」
「……やはり聖女様なのですな。かしこまりました。少々お待ちください」

 ガブリエル主教はそう言うと、執務机に座ってペンを走らせる。それから紙を封筒にしまい、封蝋を施した。

「どうぞこちらの紹介状をお持ちください。もし修道院が残っているのであれば、そこの者にこれを見せれば中に入れるはずです。ですが、もし危険をお感じになられましたらすぐに引き返してください」
「わかりました。ありがとうございます」

 こうして私たちはスラム街の外縁部にあるという修道院を目指すのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界でも馬とともに

ひろうま
ファンタジー
乗馬クラブ勤務の悠馬(ユウマ)とそのパートナーである牝馬のルナは、ある日勇者転移に巻き込まれて死亡した。 新しい身体をもらい異世界に転移できることになったユウマとルナが、そのときに依頼されたのは神獣たちの封印を解くことだった。 ユウマは、彼をサポートするルナとともに、その依頼を達成すべく異世界での活動を開始する。 ※本作品においては、ヒロインは馬であり、人化もしませんので、ご注意ください。 ※本作品は、某サイトで公開していた作品をリメイクしたものです。 ※本作品の解説などを、ブログ(Webサイト欄参照)に記載していこうと思っています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

処理中です...