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欲と業
第十一章第43話 主教の話
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私たちは主教さんに会うため、大聖堂へとやってきた。主教さんはそんな私たちを待っていてくれたようで、大聖堂の前で大勢の人たちが出迎えてくれた。
「おお、聖女様! ようこそお越しくださいました。神のお導きに感謝を!」
一番立派な服を着ている人がそう言うと、一斉にブーンからのジャンピング土下座を決めてくれた。
これは素晴らしい。一糸乱れぬ完璧な演技だった。指先まできっちりと集中できていたし、ブーンからジャンプへの繋ぎだってスムーズだった。そのうえ動きにもキレがあり、相当の練習をしてきたことが窺える。
うん。これは文句なしの10点満点だ。
「神の御心のままに」
私はいつもどおりの言葉に最大限の敬意を込め、皆さんを起き上がらせる。
「さあ、聖女様。どうぞ中へ」
「ありがとうございます」
そのまま私たちは大聖堂の奥にある部屋へと通された。
「私は主教のガブリエルと申します。どうぞお見知りおきを」
「フィーネ・アルジェンタータです。こちらか順にルミア、クリスティーナ、シズク・ミエシロです」
「これはご丁寧にどうもありがとうございます」
こうして自己紹介を終え、私たちは着席した。
「さて、オレンジスター公よりお話は伺っております。そちらのルミア殿の誘拐された妹君をお探しで、その下手人であるマフィアの残党がオレンジスター公国に流れてきている可能性があるということでよろしいですな?」
「はい」
「大変申し訳ないのですが、ここ大聖堂でもどこに誰が住んでいるかについては把握しておりません」
ガブリエル主教は申し訳なさそうな表情でそう答えた。
「そうですか……」
残念だが、これでは探しようがないかもしれない。いや、自分たちで聞き込みをして回るという手もあるかな?
「……聖女様、よもやご自身で聞き込みをしようなどとお考えでは?」
「え? どうしてそれを?」
「やはり聖女様なのですな」
ガブリエル主教はなぜか安心したような表情でそう言った。
「ええと?」
「ですが、どうかご自身で歩き回るのはどうかおやめください」
「ダメ、でしょうか?」
「はい。聖女様は世界にとって必要なお方で、それは我が国にとっても同じなのです。そんな聖女様がもし我が国で命を落とすようなことがあれば」
「ええと?」
深刻そうな表情でガブリエル主教はそう言うが、普通の人間に私たちが負けるとは思えない。それこそ、レッドスカイ帝国の将軍が大勢いるのであれば話は別だろうけれど。
「主教殿、フィーネ様には我々がついているのだ。それにフィーネ様ご自身も相当の力をお持ちだ。そのようなことがそうそう起こるとは思えないのだが?」
「はい。ですが、今の我が国はそうとも言い切れない状況なのです」
「どういうことですか?」
「この町の南にはスラム街がございます。もし犯罪者が逃げ込んでいるとすれば、おそらくはその地区でしょう」
その言葉にクリスさんは少しムッとしたような表情を浮かべる。
「スラム街のチンピラに我々が負けると?」
「チンピラかどうかはわかりませんが、そのとおりです。町の治安が悪化するのに伴い、スラム街は非常に危険な地区となりました。しかも凄腕の者がどうやら多数いるようで、衛兵たちですら手が出せない無法地帯となっております」
うーん? いくら凄腕とはいえ、存在進化した剣聖のシズクさんと同じレベルになれるとは思えないのだが……。
「ですので、どうかご自身で探されるのはおやめください」
「ええと、それじゃあそのスラム街の情報はどうやって手に入れればいいんでしょうか?」
「諦めていただく、というわけにはいかないのですね?」
「はい。私たちが旅をしている大事な理由の一つですから」
「……そうですか」
ガブリエル主教はそう言って小さくため息をつくと、諦めたような表情になった。
「スラム街では教会すらすでに破壊され、略奪されました。しかも関係者は誰一人として帰ってきておりません」
「えっ!? そんな状態なのに何もしていないんですか?」
「ですから、衛兵たちですら手が出せない状況なのです。衛兵を差し向けたとして、帰ってくる者は一人もいないでしょう」
「そう、ですか……」
もしかしてこの国、そのうちスラムの強い人に乗っ取られるんじゃないだろうか?
「ですが情報を得る可能性がないわけではありません」
「え?」
「スラム街の外縁部にある修道院であれば、あるいは情報が得られるかもしれません」
「修道院は無事なんですか?」
「先週、スラム街から修道院の者が買出しに来たという報告がありました。教会が破壊されてからしばらく経っておりますので、修道院はスラム街に住む人々にとって排除する対象とはされなかったのでしょう」
「なるほど。そういえば、どうして教会は破壊されたんでしょうか?」
「それは……」
ガブリエル主教は少し表情を曇らせた。
「おそらくですが、教会が目障りだったのでしょう。治安が悪化し始めたころは説法の回数を増やし、それに合わせて炊き出しを行っていました。ですが、暴力で支配したい者にとってそういったことは邪魔でしかありません。実際、教会が破壊される前に何度も説法を止めろといった脅迫があったと報告を受けています」
「そうでしたか」
これはちょっとシャレにならない状況になっているようだ。
「聖女様がもし修道院へ行くためにスラム街へと入れば、きっと殺されることでしょう。それでも行かれるおつもりですか?」
「そんな状況であればなおのこと、私たちが行くしかないですよね?」
「……やはり聖女様なのですな。かしこまりました。少々お待ちください」
ガブリエル主教はそう言うと、執務机に座ってペンを走らせる。それから紙を封筒にしまい、封蝋を施した。
「どうぞこちらの紹介状をお持ちください。もし修道院が残っているのであれば、そこの者にこれを見せれば中に入れるはずです。ですが、もし危険をお感じになられましたらすぐに引き返してください」
「わかりました。ありがとうございます」
こうして私たちはスラム街の外縁部にあるという修道院を目指すのだった。
「おお、聖女様! ようこそお越しくださいました。神のお導きに感謝を!」
一番立派な服を着ている人がそう言うと、一斉にブーンからのジャンピング土下座を決めてくれた。
これは素晴らしい。一糸乱れぬ完璧な演技だった。指先まできっちりと集中できていたし、ブーンからジャンプへの繋ぎだってスムーズだった。そのうえ動きにもキレがあり、相当の練習をしてきたことが窺える。
うん。これは文句なしの10点満点だ。
「神の御心のままに」
私はいつもどおりの言葉に最大限の敬意を込め、皆さんを起き上がらせる。
「さあ、聖女様。どうぞ中へ」
「ありがとうございます」
そのまま私たちは大聖堂の奥にある部屋へと通された。
「私は主教のガブリエルと申します。どうぞお見知りおきを」
「フィーネ・アルジェンタータです。こちらか順にルミア、クリスティーナ、シズク・ミエシロです」
「これはご丁寧にどうもありがとうございます」
こうして自己紹介を終え、私たちは着席した。
「さて、オレンジスター公よりお話は伺っております。そちらのルミア殿の誘拐された妹君をお探しで、その下手人であるマフィアの残党がオレンジスター公国に流れてきている可能性があるということでよろしいですな?」
「はい」
「大変申し訳ないのですが、ここ大聖堂でもどこに誰が住んでいるかについては把握しておりません」
ガブリエル主教は申し訳なさそうな表情でそう答えた。
「そうですか……」
残念だが、これでは探しようがないかもしれない。いや、自分たちで聞き込みをして回るという手もあるかな?
「……聖女様、よもやご自身で聞き込みをしようなどとお考えでは?」
「え? どうしてそれを?」
「やはり聖女様なのですな」
ガブリエル主教はなぜか安心したような表情でそう言った。
「ええと?」
「ですが、どうかご自身で歩き回るのはどうかおやめください」
「ダメ、でしょうか?」
「はい。聖女様は世界にとって必要なお方で、それは我が国にとっても同じなのです。そんな聖女様がもし我が国で命を落とすようなことがあれば」
「ええと?」
深刻そうな表情でガブリエル主教はそう言うが、普通の人間に私たちが負けるとは思えない。それこそ、レッドスカイ帝国の将軍が大勢いるのであれば話は別だろうけれど。
「主教殿、フィーネ様には我々がついているのだ。それにフィーネ様ご自身も相当の力をお持ちだ。そのようなことがそうそう起こるとは思えないのだが?」
「はい。ですが、今の我が国はそうとも言い切れない状況なのです」
「どういうことですか?」
「この町の南にはスラム街がございます。もし犯罪者が逃げ込んでいるとすれば、おそらくはその地区でしょう」
その言葉にクリスさんは少しムッとしたような表情を浮かべる。
「スラム街のチンピラに我々が負けると?」
「チンピラかどうかはわかりませんが、そのとおりです。町の治安が悪化するのに伴い、スラム街は非常に危険な地区となりました。しかも凄腕の者がどうやら多数いるようで、衛兵たちですら手が出せない無法地帯となっております」
うーん? いくら凄腕とはいえ、存在進化した剣聖のシズクさんと同じレベルになれるとは思えないのだが……。
「ですので、どうかご自身で探されるのはおやめください」
「ええと、それじゃあそのスラム街の情報はどうやって手に入れればいいんでしょうか?」
「諦めていただく、というわけにはいかないのですね?」
「はい。私たちが旅をしている大事な理由の一つですから」
「……そうですか」
ガブリエル主教はそう言って小さくため息をつくと、諦めたような表情になった。
「スラム街では教会すらすでに破壊され、略奪されました。しかも関係者は誰一人として帰ってきておりません」
「えっ!? そんな状態なのに何もしていないんですか?」
「ですから、衛兵たちですら手が出せない状況なのです。衛兵を差し向けたとして、帰ってくる者は一人もいないでしょう」
「そう、ですか……」
もしかしてこの国、そのうちスラムの強い人に乗っ取られるんじゃないだろうか?
「ですが情報を得る可能性がないわけではありません」
「え?」
「スラム街の外縁部にある修道院であれば、あるいは情報が得られるかもしれません」
「修道院は無事なんですか?」
「先週、スラム街から修道院の者が買出しに来たという報告がありました。教会が破壊されてからしばらく経っておりますので、修道院はスラム街に住む人々にとって排除する対象とはされなかったのでしょう」
「なるほど。そういえば、どうして教会は破壊されたんでしょうか?」
「それは……」
ガブリエル主教は少し表情を曇らせた。
「おそらくですが、教会が目障りだったのでしょう。治安が悪化し始めたころは説法の回数を増やし、それに合わせて炊き出しを行っていました。ですが、暴力で支配したい者にとってそういったことは邪魔でしかありません。実際、教会が破壊される前に何度も説法を止めろといった脅迫があったと報告を受けています」
「そうでしたか」
これはちょっとシャレにならない状況になっているようだ。
「聖女様がもし修道院へ行くためにスラム街へと入れば、きっと殺されることでしょう。それでも行かれるおつもりですか?」
「そんな状況であればなおのこと、私たちが行くしかないですよね?」
「……やはり聖女様なのですな。かしこまりました。少々お待ちください」
ガブリエル主教はそう言うと、執務机に座ってペンを走らせる。それから紙を封筒にしまい、封蝋を施した。
「どうぞこちらの紹介状をお持ちください。もし修道院が残っているのであれば、そこの者にこれを見せれば中に入れるはずです。ですが、もし危険をお感じになられましたらすぐに引き返してください」
「わかりました。ありがとうございます」
こうして私たちはスラム街の外縁部にあるという修道院を目指すのだった。
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