勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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欲と業

第十一章第44話 スラム街の殺人鬼

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 私たちは修道院を目指してスラム街へと足を踏み入れたのだが、そこは想像以上にひどい状況となっていた。

 建ち並ぶ家々はもはや家と言えないようなボロ家ばかりで、崩れ落ちている建物だって少なくない。当然のように強い異臭が立ち込めており、衛生状態が悪いことも容易に想像できる。そして人影はほとんどなく、たまに見かける人も地べたに体を投げ出しており、虚ろな目でこちらを見てくるだけだ。

「ひどい状況ですね」
「このような場所に修道院が本当にあるのでしょうか?」
「ガブリエル主教がそう言っていたんですから、きっとあるんでしょう」

 クリスさんとそんな会話を交わしつつも地図に従い路地を進んでいくと、正面から虚ろな目つきの男が一人ふらふらと歩いてきた。

 その手には一本のナイフが握られており、ぽたり、ぽたりと赤い水滴が零れ落ちている。

「血!?」
「フィーネ様、お下がりください」

 クリスさんが私を隠すように前に出て警戒態勢を取った。

 すると次の瞬間、その男は目にも止まらぬ速さでクリスさんに襲い掛かってきた。

「なっ!?」

 突然のことにクリスさんは抜刀が間に合わず、聖剣を半分抜いた状態で器用に短剣を受け止めた。

「何をする!」
「フッフヒッ」

 男は少し甲高い声で、気持ちの悪い声を短く出した。

「こいつ!」

 クリスさんは聖剣を抜き放ち、短剣ごと男を振り払った。

 しかし男はひらりと舞い上がり、くるりと宙返りをして着地した。

「貴様!」
「ヒヒャッヒャヒャ」

 相変わらず気持ちの悪い声を上げると、男はニタリと口角を上げる。目は相変わらず虚ろなままだ。

「ヒヒャッ」

 男は再び目にも止まらぬ速さで突っ込んでくる!

 クリスさんの首筋を狙って短剣が繰り出されるが、クリスさんはそれを再び聖剣で弾き飛ばした。
 
「ヒャヒッ?」

 大きく弾き飛ばされながらもくるりと宙返りをして体勢を立て直した男は両足で地面に着地した。

 だがその瞬間、男の両膝をルーちゃんの放った光の矢が射貫いていた。

「ア、ヒャ、ウ……」

 男はそのまま倒れ込んだ。膝を射貫かれているからだろう。立ち上がることもままならないようだ。

「危ないでござる!」

 シズクさんがそう叫ぶと同時に金属同士のぶつかり合う音が聞こえた。

 気付けばシズクさんはルーちゃんの前で抜刀しており、近くの壁にあの男の持っていた血まみれのナイフが突き刺さっていた。

 ……全く反応できなかった。

「こいつっ!」

 ルーちゃんは矢を番え、地面に倒れた男へ向かって再び光の矢を放つ。

「ルーちゃん! 待っ――」

 慌てて止めようとするがもう遅く、ルーちゃんの矢は男の頭部を吹き飛ばしていた。

「フィーネ殿、仕方がないでござるよ。あの男、何を隠しているか分からないでござる。それに、あの様子では話を聞くことも出来ないでござろう」
「……そうですね。ルーちゃん、すみませんでした」

 ルーちゃんは小さく首を横に振ったが、その表情には殺されかけたことに対する恐怖がありありと浮かんでいる。

「フィーネ様、衛兵が帰ってこないというのは……」
「この男のせいかもしれませんね。まさかこんな無差別に襲ってくる殺人鬼がいるなんて」
「……この男だけならいいでござるがな」
「まさか、こんな男がまだ他にもいるってことですか?」
「拙者はそう思うでござるよ。殺人鬼が一人だけなら衛兵が誰一人として帰ってこないなどということはないでござるからな」
「……そうですね。気を引き締めて進みましょう」

 私は殺人鬼の男の死体に葬送魔法を掛けると、修道院に向かって慎重に進むのだった。

◆◇◆

 スラム街へと足を踏み入れおよそ三十分ほどが経過し、私たちはようやく目指す修道院の門の前にやってきた。

 これまでの道中で、私たちは五分に一回ほどの頻度で先ほどの男と同じように目の虚ろな殺人鬼に襲われた。

 最終的には殺人鬼を結界に閉じ込め、【魅了】だけでなく【闇属性魔法】や【聖属性魔法】を駆使して話を聞こうと試してはみたものの、残念ながらまともに会話をすることすら出来なかった。

 どうやら殺人鬼たちには理性がないらしい。

 そんな危険なスラム街を通って辿りついた修道院は周囲を高い壁に囲まれており、その門も中が見えない重たい金属製の門扉で固く閉ざされている。

 クリスさんが門に取り付けられたドアノッカーを叩くと、金属同士がぶつかりゴンゴンと大きな音が響く。

 それからしばらく待っていると、門の向こうから女性の声が聞こえてきた。

「どちら様でしょう?」
「はじめまして、フィーネ・アルジェンタータと言います。ガブリエル主教の紹介で来ました。紹介状もあります」

 すると数秒間沈黙が流れる。

「紹介状を門の下から差し入れてください」
「はい」

 言われたとおりに紹介状の入った封筒を門扉の隙間から差し入れると、封筒はそのまま門の向こう側へと消えていった。

 それからすぐに紙をごそごそとやる音が聞こえる。

「聖女様、周囲に危険はありませんか?」
「え? あ、はい。大丈夫です」

 私は殺人鬼が侵入できないように結界を張った。

 それと同時に門扉の向こう側で重たい何かを動かす音が聞こえた。

「どうぞ、お入りください」

 扉が外側に向かってほんの少しだけ開き、五十歳くらいと思われる一人のシスターさんが私たちを敷地の中へと招き入れてくれたのだった。
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