勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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欲と業

第十一章第45話 生き残り

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「聖女様、ようこそお越しくださいました」

 そう言って私の前でシスターさんがブーンからのジャンピング土下座を決めた。

 そうだね。7点かな。可もなく不可もなく、といったところだ。全体的に無難な演技だが華がないとでも言えばいいのだろうか。基本は出来ているので、躍動感を意識して演技に臨めば高得点が期待できるかもしれない。

「神の御心のままに」

 と、いつもどおりそんなことを考えているとはおくびにも出さずにシスターさんを立ち上がらせた。

「はじめまして、ええと……」
「申し遅れました。わたくし、この修道院を預かっておりますアンヌマリーと申します」
「フィーネ・アルジェンタータです。よろしくお願いいたします」

 お互いに自己紹介をすると、私たちは修道院内にある応接室へと案内された。

「聖女様は、人をお探しなのですね」
「はい」

 するとアンヌマリーさんは深刻そうな表情を浮かべた。

「ガブリエル主教が、この修道院であればなにか知っているかもしれないと」
「……」

 しかしアンヌマリーさんは深刻そうな表情のまま、押し黙っている。

「アンヌマリー殿、この修道院の者はあのおかしな連中がうろついているスラム街を通って買い物に行った。そうでござるな?」
「……」

 アンヌマリーさんは深刻そうな表情のままだが、ピクリと眉を動かした。

 やはりシズクさんも同じことを疑問に思っていたようだ。話すらできない相手なのに、普通の人が歩いて買い物に出掛けても襲われないというのは不自然だ。

「主教殿からそう聞いて、拙者たちはここに来たでござるよ。何を隠しているでござるか?」
「それは……」
「それは?」

 しかしアンヌマリーさんはそのまま押し黙っている。

「フィーネ様に対しても話せない秘密、ということか?」

 そう横から口を挟むクリスさんは少し怒っている様子だ。

「そ、そんなことは……」
「ではどういうことだ? 誰彼構わず襲ってくるあの連中がうろつく中、歩いて買い物に行ける。よもやこの修道院があの連中の発生の原因なのではないか?」
「そんなことはありません! ですが……」

 アンヌマリーさんは即座に反論してきた。だが、その言葉は尻すぼみに小さくなってしまい、後が続かない。

 私たちの間に重苦しい空気が流れる。

「フィーネ様、ここは――」

 クリスさんが何かを言いかけたそのときだった。応接室の扉が開き、一人のシスターさんが駆け込んできた。
 
「院長! もういいのです 聖女様! 申し訳ございませんでした!」

 入ってきたシスターさんはひざまずき、目に涙を溜めながら私に謝罪をしてくる。

「ドロテ……」

 そんなシスターさんをアンヌマリーさんは複雑な表情で見つめている。

「聖女様! どうか! どうかお許しください!」
「ええと?」

 そんなに謝られても私にはなんのことだかさっぱりわからない。もしやと思って【人物鑑定】をかけてみるが、やはりこのシスターさんとは初対面だ。

「ドロテさん、ですか? 私はあなたとは初対面だと思うんですが……」
「ですが、私は! 私たちは許されないことをしました! どうか! どうか!」

 ボロボロと涙を流しながらドロテさんは許しを乞うが、なんのことだか分からないのだから許すも何もない。

「ええと、落ち着いてください。一体何をしたんですか?」
「はい、実は……」

 ようやく少し落ち着いたらしいドロテさんは衝撃の告白を始めた。

「私たちは……私と主人、そして息子はシュタルクファミリーの構成員でした」
「!」
「主人はいわゆるNo.2のポジションで、アミスタッド商会を通じた奴隷取引を牛耳っていたのです」

 それを聞いてルーちゃんの表情が険しいものになる。

「主人はその罪で処刑されました。ですが息子は摘発を逃れ、ここオレンジスター公国で新たにマフィアを立ち上げてしまいました」
「……」
「しばらくはアミスタッド商会のときのように奴隷狩りを行い、他国に売りさばいていたようです。ですが魔物の動きが活発になり、取引がうまくいかないことが増えたため奴隷取引をやめたのですが……」
「ですが?」
「その、今度は怪しげな薬の密売に手を染めているのです」
「薬?」
「はい。私はよく分かりません。ですがその薬を服用すると強い力を得る代わりに少しずつ邪悪な性格になり、やがて理性を失うのだそうです」
「……」
「しかもその薬には依存性があるようで、止めたくても止められれなくなるのです!」
「……奴隷取引に麻薬の密売でござるか」
「我が国ならば即刻処刑だが……」
「姉さま、そいつを殺しましょう! そいつのせいで!」
「ルーちゃん……」
「聖女様、私は間違いに気付きました。だからこうして修道院で神に祈っています。ですが、息子は未だに間違いを犯し、罪を犯し続けております。聖女様、どうか! どうか息子を止めてください」
「……ええと、ドロテさんが説得するわけにはいかないんですか?」

 するとドロテさんは悲しそうに顔を伏せた。

「もう、あの子は私の言うことなど聞いてはくれません」

 そう答えたドロテさんはとても悲しそうではあるが、何かがおかしい気がする。

 ええと、なんだろうか? この違和感は?

 するとシズクさんが私に耳打ちをしてきた。

「フィーネ殿、ドロテ殿に刻まれた隷属の呪印を解呪してほしいでござるよ」
「え? あ、はい」

 私はつい反射的にドロテさんに解呪魔法を掛ける。するとしっかりした抵抗と共にドロテさんに掛けられていた呪いが解除された。

 それと同時にドロテさんは地面に突っ伏して倒れる。

「あ、解けましたね」
「やはりでござるか」
「え? ドロテ? ドロテ? どうしたのです? ドロテ? 聖女様? これは一体?」

 アンヌマリーさんはドロテさんを心配しているが、かなり戸惑った様子だ。

「ええと、呪いを解呪したんですが……」
「えっ!? 呪いを!? それは一体……」
「ええと……」

 よく分からないのでシズクさんに目で合図を送り、説明を代わってもらう。

「要するに、ドロテ殿は誰かに隷属の呪印で操られていたということでござるな」

 それを聞いてアンヌマリーさんは目を見開き固まった。

「アンヌマリー殿、外を歩いて無事なのはドロテ殿だけなのではござらんか?」

 その問いにアンヌマリーさんは首を小さく縦に振った。

「となるとドロテ殿に隷属の呪印を施した主はなんらかの理由でこの修道院を必要としていて、ドロテ殿を内部に潜入させておく必要があったのでござろうな」
「ええと?」
「つまり、あの襲ってきた連中も何かで操られている可能性があるということでござるよ。だからあちら側であるドロテ殿は襲われなかった、と考えれば辻褄が合うのではござらんか?」
「それはそうですけど……」
「ですが聖女様、シズク様、うちの修道院はなんの変哲もない普通の修道院です。長い歴史があるわけでもなければ古い遺物があるわけでもありません。建物だってご覧のとおりの普通の建物です。そんな修道院が残されて歴史ある教会が破壊されるなど……」

 アンヌマリーさんが困惑した様子でそう言ってくる。

「それは、ドロテ殿に聞いてみたほうがいいのではござらんか?」
「う、うう……」

 シズクさんがそう言うのとほぼ同時に、床に倒れていたドロテさんが目を覚ました。

 それからすぐに起き上がると、まるで先ほどのループを見ているかのように目に涙を溜めて私の前に跪いてきたのだった。

「聖女様! どうか! どうかお許しください!」

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