勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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欲と業

第十一章第51話 非道の爪痕

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「聖女様、息子がご迷惑をおかけしまし申し訳ございませんでした」

 フロランを床に横たえ、立ち上がったドロテさんが深々と謝罪をしてきた。

「いえ。あの、息子さんは……」

 私は仰向けに横たえられたフロランを見ながら、恐る恐る尋ねてみた。

 するとドロテさんは悲しそうに首を横に振った。

 やはりそうか。胸が上下していないのでもしやと思ったが、やはり……。

「ドロテさんは、あの修道院に戻るんですか?」
「はい。私はもはや市井で生きる資格はございません。いつか神の身許みもとに赴き、罪がゆるされるその日まで神へ祈りを捧げ続けます」
「そうですか。じゃあ、息子さんの遺体は……」
「もし許されるのなら、修道院の共同墓地に」
「……わかりました。葬送魔法は埋葬したときにかけますね」
「ありがとうございます」

 再びちらりとフロランの遺体を見遣ると、ルーちゃんがあけたスーツの穴から黒い宝玉が転がり落ちてきた。

「あ、これは……」

 たしか隷属の宝珠と言っていた気がする。

 私は隷属の宝珠を拾い上げた。なんとも禍々しい光を放っている。

 これは人々とエルフたちの人生を滅茶苦茶にしてきた恐ろしい道具だ。

 こんなものはあっていいはずがない。

 私はぐっと力をいれて破壊しようとするが、さすがに腕力だけで破壊することはできないようだ。

 聖属性の魔力で浄化するように念じながらさらに力を込めて見るが、宝玉はビクともしない。

「ダメですね。クリスさん、シズクさん、これを壊せませんか?」
「やってみましょう」

 二人はかわるがわる試してみるが、宝玉には傷一つすらつけることができなかった。

「これは、無理でござるな」
「そうですね。じゃあ、私が収納に入れて預かっておきます」
「お願いします」

 私は隷属の宝珠を収納の中にしまいこんだ。

 きっとそのうち上手い処分方法が見つかることだろう。それこそ、どこかの火山の火口にでも投げ捨てるとかね。

「姉さま……」

 ルーちゃんが不安そうな表情でおずおずと声を掛けてきた。

「そうですね。何か残っていないか確認してみましょう」

 色々とあったが、そもそも私たちが来たのはルーちゃんの妹の情報を探すためだ。

 フロランが死んでしまったので詳しいことは分からないかもしれないが、何か情報が残っているかもしれない。

 そう思ってあちこちを探していると、私を呼ぶクリスさんの大きな声が聞こえてきた。

「フィーネ様! この男、まだ息があります!」
「本当ですか?」

 私は大急ぎでクリスさんのところに駆け寄った。

 クリスさんの目の前には二十歳くらいの男が倒れていた。隣には先ほどまで身に着けていたであろう覆面が転がっている。

 そして彼の胸は、ほんのわずかではあるが胸が上下している。

「フィーネ様」
「はい」

 クリスさんは念のためといって後ろ手に縛ったその男を治療する。

 そうしてしばらく待っていると、その男は目を覚ました。しかしぼーっとしており、こちらの姿を認識しているはずなのになんの反応もしていない。

「あれ?」

 先ほどまで私たちを殺そうとしていたのだから、何か反応があってもいいと思うのだが……。

「もしや!」

 クリスさんが何かに気付いたようで、突然男の服をたくし上げ始めた。

「え? クリスさん?」
「フィーネ様、やはりそうです」
「あ、それは!」

 服の下から表れた腹の部分に、あの忌まわしい隷属の呪印が刻まれていたのだ。

「……つまり、フロランは自分の部下すらも隷属の呪印で操っていたってことですか?」
「そのようです。とすると、やはり町で襲ってきたあの殺人鬼たちも……」

 ううん。なんてことを……!

「いつ寝首をかれるか分からない状況だったのでしょう。ですが隷属の呪印で縛ってしまえば裏切ることはありませんから」
「それはそうでしょうけど……」

 信用できる人が誰一人いないというのは辛い人生なんじゃないだろうか?

 いや、そうか。だからこそ、きっとドロテさんだけは安全な場所に置いておきたかったんだろうな。

 ううん、なんというか、ものすごくモヤモヤする。

「フィーネ様、解放してやりましょう」
「そうですね。解呪」

 私はこの男を解呪してあげた。

 男はしばらくの間ぼーっとしていたが、しばらくすると突然脂汗をだらだらと流して苦しみ始めた。

「うぐぅぅぅぅぅ」

 そのまま床を転がって七転八倒する男に私はとりあえず治癒魔法をかけてみる。

 だがどうやら治癒魔法は効果がないようで、変わらずに苦しんでのたうち回っている。

「ええと、それじゃあ鎮静」

 すると呻き声を上げるのは止まったものの、やはり苦しそうに脂汗をだらだらと流している。

 ううん、これはどうすればいいんだろう?

「大丈夫ですか?」
「う、ぐ、あ、あなた、は……」

 うめき声を上げているが、落ち着いて受け答えができる状態のようだ。

「フィーネ・アルジェンタータといいます。一応、聖女なんてものをやっています」
「!?」

 男は目を見開いた。

「ぐ……わ、私は、オレ……スターこ……く衛へ……隊第さ……か……セルジュ、と、も……し……ます」
「え? 衛兵さんなんですか?」
「は……い……」

 脂汗をダラダラ流しながらもなんとかそう答えてくれる。

「フィーネ様、フロランはやってきた衛兵を捕らえ、隷属の呪印で自らの駒としていたのでしょう」

 ああ、そういうことか。たしかに他人をその意思にかかわらず問答無用で従わせられるのだから、そうするのが一番効率的なのだろう。

「ええと、セルジュさんはどうしてそんなに苦しんでいるんですか?」
「ぐ……く、薬の……禁だ……しょ……です」
「薬の、禁断症状ですか?」

 セルジュさんは首を縦に振った。

 なるほど。フロランが飲んでいたアレか。あと麻薬を混ぜたものもばら撒いていたと言っていたね。

 あれ? ということは解毒魔法で治るのかな?

 私は試しに解毒魔法をかけてみるが、セルジュさんは相変わらず苦しそうなままだ。

 どうやら解毒できるものでもないようだ。

 ええと、禁断症状ってことは、薬が切れたことでさらに薬が欲しくなるってことだよね。

 このあたりは身体的な話じゃないので治癒は効きそうにない。

 ううん、鎮静も効果がなかったし……。

 セルジュさんはかなり苦しそうだ。なんとかしてあげたいのだが……。

 あ、そうだ。もしかして【闇属性魔法】ならそのあたりに踏み込めるんじゃないだろうか?

 私は試しにその薬を欲しいと欲してしまうその記憶を抑え込むようにと念じて【闇属性魔法】を発動する。

「あ……これ、は……」

 やがてしばらくすると、セルジュさんの表情が穏やかになった。

「せ、聖女様! ありがとうございます。神に感謝を!」

 セルジュさんはそう言ってブーンからのジャンピング土下座を決めたのだった。

 ええと、7点!
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