530 / 625
欲と業
第十一章第51話 非道の爪痕
しおりを挟む
「聖女様、息子がご迷惑をおかけしまし申し訳ございませんでした」
フロランを床に横たえ、立ち上がったドロテさんが深々と謝罪をしてきた。
「いえ。あの、息子さんは……」
私は仰向けに横たえられたフロランを見ながら、恐る恐る尋ねてみた。
するとドロテさんは悲しそうに首を横に振った。
やはりそうか。胸が上下していないのでもしやと思ったが、やはり……。
「ドロテさんは、あの修道院に戻るんですか?」
「はい。私はもはや市井で生きる資格はございません。いつか神の身許に赴き、罪が赦されるその日まで神へ祈りを捧げ続けます」
「そうですか。じゃあ、息子さんの遺体は……」
「もし許されるのなら、修道院の共同墓地に」
「……わかりました。葬送魔法は埋葬したときにかけますね」
「ありがとうございます」
再びちらりとフロランの遺体を見遣ると、ルーちゃんがあけたスーツの穴から黒い宝玉が転がり落ちてきた。
「あ、これは……」
たしか隷属の宝珠と言っていた気がする。
私は隷属の宝珠を拾い上げた。なんとも禍々しい光を放っている。
これは人々とエルフたちの人生を滅茶苦茶にしてきた恐ろしい道具だ。
こんなものはあっていいはずがない。
私はぐっと力をいれて破壊しようとするが、さすがに腕力だけで破壊することはできないようだ。
聖属性の魔力で浄化するように念じながらさらに力を込めて見るが、宝玉はビクともしない。
「ダメですね。クリスさん、シズクさん、これを壊せませんか?」
「やってみましょう」
二人はかわるがわる試してみるが、宝玉には傷一つすらつけることができなかった。
「これは、無理でござるな」
「そうですね。じゃあ、私が収納に入れて預かっておきます」
「お願いします」
私は隷属の宝珠を収納の中にしまいこんだ。
きっとそのうち上手い処分方法が見つかることだろう。それこそ、どこかの火山の火口にでも投げ捨てるとかね。
「姉さま……」
ルーちゃんが不安そうな表情でおずおずと声を掛けてきた。
「そうですね。何か残っていないか確認してみましょう」
色々とあったが、そもそも私たちが来たのはルーちゃんの妹の情報を探すためだ。
フロランが死んでしまったので詳しいことは分からないかもしれないが、何か情報が残っているかもしれない。
そう思ってあちこちを探していると、私を呼ぶクリスさんの大きな声が聞こえてきた。
「フィーネ様! この男、まだ息があります!」
「本当ですか?」
私は大急ぎでクリスさんのところに駆け寄った。
クリスさんの目の前には二十歳くらいの男が倒れていた。隣には先ほどまで身に着けていたであろう覆面が転がっている。
そして彼の胸は、ほんのわずかではあるが胸が上下している。
「フィーネ様」
「はい」
クリスさんは念のためといって後ろ手に縛ったその男を治療する。
そうしてしばらく待っていると、その男は目を覚ました。しかしぼーっとしており、こちらの姿を認識しているはずなのになんの反応もしていない。
「あれ?」
先ほどまで私たちを殺そうとしていたのだから、何か反応があってもいいと思うのだが……。
「もしや!」
クリスさんが何かに気付いたようで、突然男の服をたくし上げ始めた。
「え? クリスさん?」
「フィーネ様、やはりそうです」
「あ、それは!」
服の下から表れた腹の部分に、あの忌まわしい隷属の呪印が刻まれていたのだ。
「……つまり、フロランは自分の部下すらも隷属の呪印で操っていたってことですか?」
「そのようです。とすると、やはり町で襲ってきたあの殺人鬼たちも……」
ううん。なんてことを……!
「いつ寝首を掻かれるか分からない状況だったのでしょう。ですが隷属の呪印で縛ってしまえば裏切ることはありませんから」
「それはそうでしょうけど……」
信用できる人が誰一人いないというのは辛い人生なんじゃないだろうか?
いや、そうか。だからこそ、きっとドロテさんだけは安全な場所に置いておきたかったんだろうな。
ううん、なんというか、ものすごくモヤモヤする。
「フィーネ様、解放してやりましょう」
「そうですね。解呪」
私はこの男を解呪してあげた。
男はしばらくの間ぼーっとしていたが、しばらくすると突然脂汗をだらだらと流して苦しみ始めた。
「うぐぅぅぅぅぅ」
そのまま床を転がって七転八倒する男に私はとりあえず治癒魔法をかけてみる。
だがどうやら治癒魔法は効果がないようで、変わらずに苦しんでのたうち回っている。
「ええと、それじゃあ鎮静」
すると呻き声を上げるのは止まったものの、やはり苦しそうに脂汗をだらだらと流している。
ううん、これはどうすればいいんだろう?
「大丈夫ですか?」
「う、ぐ、あ、あなた、は……」
うめき声を上げているが、落ち着いて受け答えができる状態のようだ。
「フィーネ・アルジェンタータといいます。一応、聖女なんてものをやっています」
「!?」
男は目を見開いた。
「ぐ……わ、私は、オレ……スターこ……く衛へ……隊第さ……か……セルジュ、と、も……し……ます」
「え? 衛兵さんなんですか?」
「は……い……」
脂汗をダラダラ流しながらもなんとかそう答えてくれる。
「フィーネ様、フロランはやってきた衛兵を捕らえ、隷属の呪印で自らの駒としていたのでしょう」
ああ、そういうことか。たしかに他人をその意思にかかわらず問答無用で従わせられるのだから、そうするのが一番効率的なのだろう。
「ええと、セルジュさんはどうしてそんなに苦しんでいるんですか?」
「ぐ……く、薬の……禁だ……しょ……です」
「薬の、禁断症状ですか?」
セルジュさんは首を縦に振った。
なるほど。フロランが飲んでいたアレか。あと麻薬を混ぜたものもばら撒いていたと言っていたね。
あれ? ということは解毒魔法で治るのかな?
私は試しに解毒魔法をかけてみるが、セルジュさんは相変わらず苦しそうなままだ。
どうやら解毒できるものでもないようだ。
ええと、禁断症状ってことは、薬が切れたことでさらに薬が欲しくなるってことだよね。
このあたりは身体的な話じゃないので治癒は効きそうにない。
ううん、鎮静も効果がなかったし……。
セルジュさんはかなり苦しそうだ。なんとかしてあげたいのだが……。
あ、そうだ。もしかして【闇属性魔法】ならそのあたりに踏み込めるんじゃないだろうか?
私は試しにその薬を欲しいと欲してしまうその記憶を抑え込むようにと念じて【闇属性魔法】を発動する。
「あ……これ、は……」
やがてしばらくすると、セルジュさんの表情が穏やかになった。
「せ、聖女様! ありがとうございます。神に感謝を!」
セルジュさんはそう言ってブーンからのジャンピング土下座を決めたのだった。
ええと、7点!
フロランを床に横たえ、立ち上がったドロテさんが深々と謝罪をしてきた。
「いえ。あの、息子さんは……」
私は仰向けに横たえられたフロランを見ながら、恐る恐る尋ねてみた。
するとドロテさんは悲しそうに首を横に振った。
やはりそうか。胸が上下していないのでもしやと思ったが、やはり……。
「ドロテさんは、あの修道院に戻るんですか?」
「はい。私はもはや市井で生きる資格はございません。いつか神の身許に赴き、罪が赦されるその日まで神へ祈りを捧げ続けます」
「そうですか。じゃあ、息子さんの遺体は……」
「もし許されるのなら、修道院の共同墓地に」
「……わかりました。葬送魔法は埋葬したときにかけますね」
「ありがとうございます」
再びちらりとフロランの遺体を見遣ると、ルーちゃんがあけたスーツの穴から黒い宝玉が転がり落ちてきた。
「あ、これは……」
たしか隷属の宝珠と言っていた気がする。
私は隷属の宝珠を拾い上げた。なんとも禍々しい光を放っている。
これは人々とエルフたちの人生を滅茶苦茶にしてきた恐ろしい道具だ。
こんなものはあっていいはずがない。
私はぐっと力をいれて破壊しようとするが、さすがに腕力だけで破壊することはできないようだ。
聖属性の魔力で浄化するように念じながらさらに力を込めて見るが、宝玉はビクともしない。
「ダメですね。クリスさん、シズクさん、これを壊せませんか?」
「やってみましょう」
二人はかわるがわる試してみるが、宝玉には傷一つすらつけることができなかった。
「これは、無理でござるな」
「そうですね。じゃあ、私が収納に入れて預かっておきます」
「お願いします」
私は隷属の宝珠を収納の中にしまいこんだ。
きっとそのうち上手い処分方法が見つかることだろう。それこそ、どこかの火山の火口にでも投げ捨てるとかね。
「姉さま……」
ルーちゃんが不安そうな表情でおずおずと声を掛けてきた。
「そうですね。何か残っていないか確認してみましょう」
色々とあったが、そもそも私たちが来たのはルーちゃんの妹の情報を探すためだ。
フロランが死んでしまったので詳しいことは分からないかもしれないが、何か情報が残っているかもしれない。
そう思ってあちこちを探していると、私を呼ぶクリスさんの大きな声が聞こえてきた。
「フィーネ様! この男、まだ息があります!」
「本当ですか?」
私は大急ぎでクリスさんのところに駆け寄った。
クリスさんの目の前には二十歳くらいの男が倒れていた。隣には先ほどまで身に着けていたであろう覆面が転がっている。
そして彼の胸は、ほんのわずかではあるが胸が上下している。
「フィーネ様」
「はい」
クリスさんは念のためといって後ろ手に縛ったその男を治療する。
そうしてしばらく待っていると、その男は目を覚ました。しかしぼーっとしており、こちらの姿を認識しているはずなのになんの反応もしていない。
「あれ?」
先ほどまで私たちを殺そうとしていたのだから、何か反応があってもいいと思うのだが……。
「もしや!」
クリスさんが何かに気付いたようで、突然男の服をたくし上げ始めた。
「え? クリスさん?」
「フィーネ様、やはりそうです」
「あ、それは!」
服の下から表れた腹の部分に、あの忌まわしい隷属の呪印が刻まれていたのだ。
「……つまり、フロランは自分の部下すらも隷属の呪印で操っていたってことですか?」
「そのようです。とすると、やはり町で襲ってきたあの殺人鬼たちも……」
ううん。なんてことを……!
「いつ寝首を掻かれるか分からない状況だったのでしょう。ですが隷属の呪印で縛ってしまえば裏切ることはありませんから」
「それはそうでしょうけど……」
信用できる人が誰一人いないというのは辛い人生なんじゃないだろうか?
いや、そうか。だからこそ、きっとドロテさんだけは安全な場所に置いておきたかったんだろうな。
ううん、なんというか、ものすごくモヤモヤする。
「フィーネ様、解放してやりましょう」
「そうですね。解呪」
私はこの男を解呪してあげた。
男はしばらくの間ぼーっとしていたが、しばらくすると突然脂汗をだらだらと流して苦しみ始めた。
「うぐぅぅぅぅぅ」
そのまま床を転がって七転八倒する男に私はとりあえず治癒魔法をかけてみる。
だがどうやら治癒魔法は効果がないようで、変わらずに苦しんでのたうち回っている。
「ええと、それじゃあ鎮静」
すると呻き声を上げるのは止まったものの、やはり苦しそうに脂汗をだらだらと流している。
ううん、これはどうすればいいんだろう?
「大丈夫ですか?」
「う、ぐ、あ、あなた、は……」
うめき声を上げているが、落ち着いて受け答えができる状態のようだ。
「フィーネ・アルジェンタータといいます。一応、聖女なんてものをやっています」
「!?」
男は目を見開いた。
「ぐ……わ、私は、オレ……スターこ……く衛へ……隊第さ……か……セルジュ、と、も……し……ます」
「え? 衛兵さんなんですか?」
「は……い……」
脂汗をダラダラ流しながらもなんとかそう答えてくれる。
「フィーネ様、フロランはやってきた衛兵を捕らえ、隷属の呪印で自らの駒としていたのでしょう」
ああ、そういうことか。たしかに他人をその意思にかかわらず問答無用で従わせられるのだから、そうするのが一番効率的なのだろう。
「ええと、セルジュさんはどうしてそんなに苦しんでいるんですか?」
「ぐ……く、薬の……禁だ……しょ……です」
「薬の、禁断症状ですか?」
セルジュさんは首を縦に振った。
なるほど。フロランが飲んでいたアレか。あと麻薬を混ぜたものもばら撒いていたと言っていたね。
あれ? ということは解毒魔法で治るのかな?
私は試しに解毒魔法をかけてみるが、セルジュさんは相変わらず苦しそうなままだ。
どうやら解毒できるものでもないようだ。
ええと、禁断症状ってことは、薬が切れたことでさらに薬が欲しくなるってことだよね。
このあたりは身体的な話じゃないので治癒は効きそうにない。
ううん、鎮静も効果がなかったし……。
セルジュさんはかなり苦しそうだ。なんとかしてあげたいのだが……。
あ、そうだ。もしかして【闇属性魔法】ならそのあたりに踏み込めるんじゃないだろうか?
私は試しにその薬を欲しいと欲してしまうその記憶を抑え込むようにと念じて【闇属性魔法】を発動する。
「あ……これ、は……」
やがてしばらくすると、セルジュさんの表情が穏やかになった。
「せ、聖女様! ありがとうございます。神に感謝を!」
セルジュさんはそう言ってブーンからのジャンピング土下座を決めたのだった。
ええと、7点!
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる
みおな
恋愛
聖女。
女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。
本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。
愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。
記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる