勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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正義と武と吸血鬼

第十二章第29話 人の神の末路

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 私の問いに精霊神様は悲しそうな表情を浮かべた。

「世界のバランスは大きく負に傾いたわ」
「っ!」
「持てる者をねたみ、争い、奪い合う。魔物が跋扈ばっこしていた時代には考えられなかったことが次々と起きたわ。隷属の呪印もその時代にできたものよ」
「……」
「増えた人間による争いのせいで今までとは比べ物にならない量の瘴気が生まれ、やがて人の神は限界を迎えたわ。その結果人の神は理性を失い、大魔王と呼ばれる存在となってしまったの」
「大魔王……」
「人の神が居を構えていた南の大陸は瘴気に覆われた不毛の大地となり、そこで暮らしていた生物はすべて死んでしまったわ。今は魔大陸と呼ばれていて、魔族たちが住んでいるわね」

 魔大陸にそんな秘密があったなんて……。

「そうして大魔王となった人の神は世界を滅ぼそうと他の大陸を目指したのだけれど、四龍王が立ち上がったわ。人の神が貯め込んだ千年分の瘴気を深淵の秘術を使うことで奪ったの」
「それでどうなったんですか?」
「人の神は力をかなり失ったわ。けれども残念ながら、人の神が正気を取り戻すことはなかったわ」
「……」
「そして深淵の秘術のせいで、滅ぼすこともできなかった。だからやむを得ず魔大陸の地中の奥深くに封印したの」
「じゃあ、大魔王となった人の神は今でも……」
「ええ。眠っているわ。世界の瘴気を吸い取りながら、ね」
「四龍王は、炎龍王はどうしてあんなことに? それに冥龍王は?」
「四龍王は大魔王となった人の神が吸収する瘴気の量を減らすために自らを封印し、世界から瘴気を集めることにしたの。冥龍王も、それから聖龍王という子もいたのだけれど、その子たちも同じね。人間が増え、瘴気の量が増えてしまったことで四龍王たちと同じように自らの身を犠牲にして世界の破滅に抗ったわ」

 そんなことをしたってただの時間稼ぎにしかならないんじゃ……。

「そうね。さらに時間稼ぎの一つとして、私たちは勇者と魔王、聖女を作り、そして職業システムを作ったわ」
「え?」
「魔族という種族を生み出したのは、魔族に魔物と主従関係を結ぶという深淵の秘術の一部を授けたのは魔王と勇者の仕組みのため。やがて魔王となった者に集まった瘴気を、勇者の下に集めた光で打ち消す。それが魔王と勇者の仕組みよ」
「……聖女は人々に希望を持たせるためですよね?」
「そうね。聖女の善なる行いを見て、人間が自らを顧みることを期待していたわ」

 期待、か。

「では職業システムというのは?」
「フィーネちゃんも使っているはずよ。聖女と魔法薬師の職業から得られた色々なスキルを使っているでしょう?」
「はい。ですが、どうしてそれが時間稼ぎになるんですか?」
「強すぎる人間を生み出さないためよ」
「え?」
「過去に強大な力を得た人間の多くは自らのためにその力を使い、結果として多くの瘴気を生み出してきたわ。だから強すぎる人間を生まないようにするために、そして勇者が確実に勇者として成長するように、ね」
「……」

 妙に成長を阻害するような仕組みがそこかしこに入っているとは思っていたが、まさかこんな意図が隠れていたなんて!

「聞きたいことは聞けたかしら?」
「はい。あ、いえ、もう一つあります」
「何かしら?」
「リーチェはどうして瘴気を浄化できるんですか?」

 すると精霊神様はしばらくの間沈黙してしまった。

「精霊神様?」
「ええ、そうね。あの子は特別なの」
「特別?」
「ええ。浄化魔法が瘴気にあるエネルギーと、その核である感情や衝動とを分離する魔法だということは知っているわね?」
「はい」
「花の精霊が生み出す植物はね。瘴気を吸収すると浄化してエネルギーを取り出して成長するの」
「それじゃあ、分離された感情や衝動はどうなるんですか?」
「私が精霊界に溜めておいた光を消費して、浄化しているわ。それらをすべて使い切れば、もう一度溜まるまでには時間が必要ね」
「え?」
「精霊界の光をすべて使ったとしても、これまでに溜まった瘴気をすべて浄化することはできないの」
「そんな!」

 リーチェの種さえあれば解決すると思っていたのに、まさか浄化し続けられるわけじゃないなんて!

 現実に打ちのめされ、私はがっくりとうなだれた。

 それからしばらくの間私たちを沈黙が支配した。

 するとおもむろに精霊神様が口を開いた。

「ねぇ、フィーネちゃん。前の世界のことはどれくらい覚えている?」
「え? 前の世界?」

 ……って、なんだっけ?

 ああ、そうだ。日本のことか。知識としては覚えているけれど……。

「そう。やっぱりね」
「え? 何がですか?」

 意味が分からず聞き返す。

「フィーネちゃん、あなたはね。人の神代理のあの子が世界を延命するために作り出した存在なの」
「ええと?」
「フィーネちゃんは日本の大学生の魂をコピーして作られたの。だから日本にいたときの自分の姿も、日本での家族の存在すらも覚えていないでしょう?」
「あ、そういえば……」

 なるほど、そう言われるとしっくりくる。覚えていなくて焦ったような記憶もあるが、今の私にとっては取るに足らない話だ。私はフィーネ・アルジェンタータであり、日本の大学生などではない。

 ただ、最初からそう伝えておいてくれれば良かったのに、とは思う。

「そうよね。ごめんなさい」
「あ、いえ。精霊神様が謝るようなことじゃないです」
「そう。ありがとう。ただね。あの子は人の神をとても尊敬していたの。それこそ人の神が大魔王となったショックで頭髪の七割を失ってしまうほどに」
「あ……」

 精霊神様の憐れんでいる表情と三本しか生えていないハゲの頭を思い出す。

 あれ? 七割? それってもしかして……。
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