勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
582 / 625
聖女の旅路

第十三章第9話 難民キャンプへ

しおりを挟む
 晩餐会の翌日、私たちは周囲の魔物たちを解放するため、町の西側にある森へとやってきた。

 なるほど。魔物が多いとは聞いていたとおり、それなりの頻度で魔物が襲ってきている。具体的には……そうだね。アイロールのときよりはまだ頻度は低い感じがする。体感的には三十分に一回くらいといっただろうか?

 襲ってくる魔物はゴブリンやフォレストウルフなどといったお決まりの魔物からポイズンサーペントなどの毒を持つ魔物まで様々だ。

 その中でも特に厄介そうだったのはアサシンレオパルドというヒョウの魔物だ。この魔物は茂みに潜み、近くを通った人間を音もなく暗殺するという恐ろしい習性を持っている。そのため熟練の戦士であったとしても苦労するのだが、ここは森、つまり森はエルフの領域だ。どんなに隠れたところでルーちゃんの前では意味がない。

 とはいえ、そんな恐ろしい魔物のいる森を難民たちは歩いて通り抜けてきたわけで、彼らの感じた恐怖は想像に難くない。

 一体どれほどの難民たちがこちらにたどり着けず、犠牲となってしまったのだろうか?

 そのことを考えるとなんともやりきれない。

 それともう一つ、気がかりなのは魔物暴走スタンピードが発生するのではないかということだ。これだけ様々な種類の魔物が通常よりも多く発生しているとなると、やはりアイロールを思い出してしまう。

「フィーネ殿、念のため森全体を浄化したほうがいいかもしれないでござるよ」

 どうやらシズクさんも同じことを懸念していたらしい。

「そうですね。やってみましょう」

 とはいえ、フルパワーで全方位に放つのも効率が悪い。であればまずは南に向かって……えい!

 私は浄化魔法を南のほうへ適当に長く展開すると、そのままそれを西に向けてぐるりと移動させる。そしてそのまま北東の方向まで移動させたところで浄化魔法を止めた。

「どう、でござったか?」
「特に何もありませんでしたね」
「そうでござるか。となると、ここは瘴気が溜まりやすい場所なのかもしれないでござるな」
「瘴気が溜まりやすい場所ですか。そうかもしれませんね」
「どうするでござるか? もう少し奥まで行ってみるでござるか?」
「はい。そうしましょう。それで魔物を解放してあげて、種を植えたら帰りましょう」
「そうでござるな」

 それからしばらく森で魔物を解放し続け、そして夕方になるころ私たちはハイディンの町へと戻ったのだった。

◆◇◆

「聖女様、ありがとうございました」

 戻ってきた私たちをレ・タインさんが出迎えてくれた。

「いえ、当然のことをしただけです。それより、難民の皆さんからの聞き取りはどうでしたか?」
「それが……」

 レ・タインさんは申し訳なさそうな表情をしている。

「どうしたんですか?」
「実は、我々には話したくないと拒絶されてしまいまして」
「え?」
「どうやら我々が彼らを町の中に受け入れなかったことを根に持たれているようでして……」
「はぁ」

 必死に魔物の出る森を抜けて逃げてきた難民たちの気持ちも分かるが、ハイディンの人たちだって勝手に押しかけてきた人たちを警戒するのは当然だろう。特に国同士は昔からの因縁も色々とありそうだし、人々の感情も複雑なのだろう。

 ただ、もう少し歩み寄ろうとしてもいいのではないだろうか?

 そんなことを考えていると、レ・タインさんがしょんぼりとした様子で謝ってきた。

「申し訳ございません」
「いえ、仕方ないです。それなら、私たちが話を聞いてみましょう」
「え? ですが……」
「大丈夫ですよ。私はグリーンクラウド王国の者ではないですし、それにかなりの数の魔物たちを解放してあげましたからね。外も多少は安全になったはずです」
「ありがとうございます!」
「フィーネ様……」

 レ・タインさんはお礼を言ってきたが、その横でクリスさんが遠慮がちにぼそりとつぶやいた。

「え? クリスさん、なんですか?」
「いえ、なんでもありません」

 あれ? どうしたんだろうか?

 クリスさんがなんだか遠慮しているような?

「どうしたんですか? 心配なことがあるなら言ってください」
「いえ、大丈夫です」
「はぁ、わかりました」

 まあ、なんでもないならいいか。

 私は疑問を引っ込め、自室へと向かうのだった。

◆◇◆

 翌日、私たちは街壁の外に作られた難民たちのキャンプへとやってきた。そこは木造の簡素な柵で囲われており、粗末な小屋が並んでいる。難民キャンプと言っているが、スラム街と表現したほうがしっくりくる有り様だ。

 一応難民たちを守る兵士はいるものの、その人数は明らかに少ない。この状況でもし衝動に突き動かされた魔物がやってきたならば、きっと少なからぬ被害が出てしまうだろう。

 それに衛生状態もよろしくない。汚物がきちんと処理されていないのか、悪臭が漂っている始末だ。これでは伝染病が発生してしまう可能性もある。

「酷いですね。まずは綺麗にしましょう。洗浄!」

 私はすぐさま難民キャンプ全体をきれいにした。ダルハでルマ人たちの居住区画を洗浄したときとは違い、大した苦労もなくあっさりと綺麗にすることができた。

 こうして考えてみると、やはり存在進化できたことは大きいのだろうなと強く思う。シズクさんも存在進化して以来文字どおり人間離れした強さになっているし。

 これから龍王たちを解放してあげることを考えると、クリスさんも存在進化できたら心強いのだが……。

「い、今のは……?」

 案内役としてついて来ているレ・タインさんの驚いたような声で私は現実に引き戻された。

「衛生状態が悪そうだったので、まとめて綺麗にしました」
「え? この難民キャンプをまとめて、でございますか?」

 私の返答がレ・タインさんの想像を超えていたのだろう。レ・タインさんは引きつった表情をしている。

「はい。ただ、この状況ですとすでに病人もいるかもしれませんね。まずはそちらの治療を優先しましょう」
「か、かしこまりました」

 レ・タインさんは引きつった表情のまま、そう答えたのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

異世界でも馬とともに

ひろうま
ファンタジー
乗馬クラブ勤務の悠馬(ユウマ)とそのパートナーである牝馬のルナは、ある日勇者転移に巻き込まれて死亡した。 新しい身体をもらい異世界に転移できることになったユウマとルナが、そのときに依頼されたのは神獣たちの封印を解くことだった。 ユウマは、彼をサポートするルナとともに、その依頼を達成すべく異世界での活動を開始する。 ※本作品においては、ヒロインは馬であり、人化もしませんので、ご注意ください。 ※本作品は、某サイトで公開していた作品をリメイクしたものです。 ※本作品の解説などを、ブログ(Webサイト欄参照)に記載していこうと思っています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

処理中です...