勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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聖女の旅路

第十三章第18話 毒の沼と蛇の魔物

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 翌日、私たちは新道開削工事の現場へとやってきた。というのも昨日相席をした男性にあれから話を聞いたところ、工事予定地に毒の湖が見つかって困っているという話を聞いたからだ。

 毒の湖であればリーチェの出番だ。最近は種をもらうばかりで、うちの可愛いリーチェが可憐に空を舞う姿を見ておらず、ちょうど寂しいと思っていたところだ。

 それに毒の沼が森を枯らしてしまうことを防げるし、一生懸命に生きようとしているこの国の人たちの助けにもなる。

 これぞまさに一石三鳥というやつだろう。

「聖女様、この森の奥、百メートルほど行った場所でございます」
「分かりました。ありがとうございます」

 案内してくれた現場監督さんにお礼を言い、森の奥へと向かおうとしたが、すぐに呼び止められた。

「あの!」
「はい? どうしましたか?」
「いえ、その、毒の沼は危険です。その、予算は多くかかってしまいますが経路を変更すれば済みますし……」
「大丈夫ですよ。毒の浄化は得意ですから。それに、毒を放っておいたら周りの森にも影響があります」
「それは……そうですが……」

 現場監督さんはなおも心配そうにしている。

「大丈夫ですよ。私には心強い騎士たちがいますから」

 私の言葉に何を勘違いしたのか、護衛と称してくっついて来ている兵士の人たちが誇らしげな表情を浮かべた。だが、現場監督さんはまだ納得していないようだ。

「ですが……」
「そんなに心配でしたら見にきますか?」
「「「「えっ?」」」」

 私の提案が意外だったのか、現場監督さんだけでなく兵士の人たちまで驚きの声を上げた。

「心配ありませんし、何かあってもここにいる皆さんぐらいであれば守れますので」
「「「えっ?」」」

 今度は兵士の人たちが驚きの声を上げる。

「ですから、私が結界で守りますから大丈夫です」
「「「えっ?」」」

 今度は現場監督さんと兵士の人たちが同時に驚きの声を上げる。

 ええと、なんだか説明するのが面倒になってきたぞ。

「では、私たちは毒の沼に向かいますね。ルーちゃん」
「はいっ!」

 私たちは森の中へと足を踏み入れる。

「お、お待ちください! 聖女様っ!」

 すると兵士の人たちと現場監督さんが慌てて追いかけてきたのだった。

◆◇◆

「なるほど。ここですか」

 目の前に広がるのは湖と言うには少々小さい湖だ。湖水は黒ずんでおり、たしかに汚染されているであろうことは一目瞭然だ。

「なるほど、そういういことでござるな」

 シズクさんが湖面をじっと見つめており、その視線の先ではわずかに水が波打っている。

 あ、そういうことか。私も何が起こっているのか理解できたぞ。

 すると兵士の一人がいぶかし気な様子で質問してくる。

「聖女様、一体どういうことでしょうか?」
「危ないですから下がっていてください」
「へ?」

 どうやら湖に潜む危険な存在に気付いていないらしい。

「蛇の魔物がいます。恐らくこの毒はあの魔物のせいでしょう」
「えっ? 魔物でございますか?」
「来るでござるよ!」

 シズクさんがアラートを上げたのとほぼ同時に湖から蛇の魔物が現れた。

「ポイズンティタニコンダでござるな」
「そうですね」
「「「うわぁぁぁぁぁぁ」」」

 ポイズンティタニコンダ程度であれば、今の私たちにとっては大した脅威ではない。だが一般的な人間である兵士たちにとってはそうでないため、彼らは一瞬でパニックに陥った。

「せ、聖女様! お下がりください!」

 現場監督さんが震え声でそう言いながら私たちの前へと躍り出た。

 するとポイズンティタニコンダは獲物がいいところに出てきたとでも思ったのだろうか?

 現場監督さんを狙って巨大な頭が一直線に伸びてくる。

「邪魔でござるよ」
「へ?」

 シズクさんは現場監督さんの腰のベルトを後ろからひょいとつかみ、後ろへと引っ張った。現場監督さんはバランスを崩し、よろめいたまま私たちの背後へ下がった。

 次の瞬間、シズクさんは眼にも止まらぬ速さでキリナギを一閃した。

 ドサリ。

 ポイズンティタニコンダの頭部が骨ごと斜めに一刀両断され、その場に崩れ落ちた。

「あわわわわわ」

 なんとも不思議な声が聞こえたので振り返ると、そこにはなんとまったく同じ姿勢で尻もちをついた現場監督さんと兵士たちがあんぐりと口を開けていた。

 なんというか、口の開け方から手の位置まで全員そっくり同じというのはどういうことだろうか?

「……他にはいないみたいでござるよ」
「そうですか。では、リーチェ」

 私はリーチェを召喚し、久しぶりとなる毒の浄化を行う。

 淡い花びらが舞い散り、黒ずんだ湖はあっという間に薄ピンク色で埋めつくされた。そしていつものように種を投げ込み、一気に毒を浄化してやると湖の中ほどに一輪の蓮のような花が咲いた。

 うん。今日のリーチェも可愛かったね。

「リーチェ、お疲れ様でした」

 リーチェはにっこりと微笑むと、花乙女の杖の中へと消えていったのだった。

「あわわわわわ」

 またもや聞こえてきた不思議な声に振り返ると、先ほどとまったく変わらないポーズをした現場監督さんと兵士たちがそのままあんぐりと口を開け続けている。

 ……まあ、魔物が怖いというのは理解できる。だがリーチェはあんなに可愛いのだから、そこまでビックリすることはないと思うのだけれど。

◆◇◆

 フィーネたちがべクックからアーユトールへと旅立った二日後の深夜、浄化された湖の湖畔にはフード姿の男の影があった。ヘルマンである。

「ふむ。たしかに瘴気が完全に消えている。だが一体どうなっているのだ? 浄化魔法では瘴気を消滅させることはできないはずだが……」

 ヘルマンは宙に浮くと、湖の中ほどに咲いた花をじっと観察し始める。

「やはりあの特殊な精霊の力か? いや、むしろこの花の力だろうか。ならばこれを採取すれば……いや、ダメだな。しばらくこのまま観察しよう。実を付けるのか? もしそうだとするとこれは世紀の大発見になるな」

 ヘルマンはそのまましばらく花の観察を続けていたのだった。
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