勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
592 / 625
聖女の旅路

第十三章第19話 アーユトール

しおりを挟む
 毒の湖を浄化した私たちはべクックの町を出発し、狭く曲がりくねった現道を通ってアーユトールへとやってきた。

 アーユトールは大きな川沿いに築かれた町で、本来であればこの川と海を利用した水路でセラポンとの間を行き来していたらしい。今はその水路が使えなくなってしまっているため、きっと新道が開通すれば、それはきっとセラポンの人たちにとってだけでなく、アーユトールの人たちにとっても大切な道になるに違いない。

 さて、アーユトールの町に入った私たちはまず、太守の館へと案内された。ここはまるで王宮かと見紛うほどの立派で巨大な建物で、真っ白な壁と赤い屋根、そして金の屋根飾りが特徴的だ。

「聖女様、ようこそお越しくださいました」

 太守の館の前では、見るからに上質なシルクでできたジャケットのような独特な衣装を着た中年男性と、その彼と顔の似ている二十歳くらいの若い女性が出迎えてくれた。

「私はアーユトールの太守トンテプーと申します」
「はじめまして。フィーネ・アルジェンタータです。お出迎えいただきありがとうございます」

 まずは中年男性が挨拶をしてきた。

「こちらは娘のシーナでございます」
「シーナでございます。お会いできて光栄です」
「こちらこそ、お会いできてうれしいです」

 私はシーナさんに営業スマイルを返す。

「聖女様は女性だけで旅をしていらっしゃるとのことでしたので、滞在中のご案内は娘のシーナが務めさせていただきます」
「それはそれは、わざわざお気遣いいただきありがとうございます」
「いえいえ。聖女様をお迎えできたこと、大変光栄でございます。さ、どうぞこちらへ」

 こうして私たちはトンテプーさんたちに案内され、太守の館の中へ入るのだった。

◆◇◆

 その日は晩餐会を開いてもらうことになった。開始までは今最初の料理を用意しているところだそうなので、場を繋ぐためにも私は両隣に座っているトンテプーさんとシーナさんに道中でのことを話した。

「まあ、ハイディンはそのようなことに……。お父さま、アーユトールも何か手助けをしたほうが良いのではありませんか?」

 シーナさんはハイディンの状況に心を痛めているようで、私を挟んで反対側に座っているトンテプーさんにそう訴える。

「そうだな。聖女様、我々もできる支援を考えてみます。シーサーペントさえいなければすぐにでも動けるのですが……」
「シーサーペントですか……」

 どうにかしてやりたいが、海の上となると戦うのも一苦労だ。

「そういえば、そのシーサーペントは港を襲ってくることはないんですか?」
「ございますが、群れからはぐれた個体が一匹、たまにやってくる程度です。奴らは動いている船を狙いますので」
「そうですか」

 となると、やはり退治するのは難しそうだ。それこそシャルの【雷撃】でも使えば海中に潜むシーサーペントたちをまとめて解放してあげられそうだけれど……。

「聖女様、よもやシーサーペント退治を……?」

 トンテプーさんは期待するような表情で私の顔をじっと見つめてきた。私は申し訳なさで一杯になりながら首を横に振る。

「できればそうしたいのですが、ちょっと私たちには難しそうです。陸上に上がってきてくれるなら話は別ですけれど」
「左様でございますか……」

 トンテプーさんはがっくりとうなだれる。

「お父さま、海の中のシーサーペントを退治することは至難の業です。シーサーペントに船を壊され、海に落ちてしまってはいくら聖女様といえども助かりません」
「……それもそうだな」

 シーナさんはそうトンテプーさんをたしなめる。

「ええと、船は結界で守れるんです。ただ、海の中にいるシーサーペントに攻撃することができないんですよね。だからやられることはないと思いますけど、解放はしてあげられないんです」
「まあ! シーサーペントに攻撃されても壊れない結界ですか? さすが、歴代最高の【聖属性魔法】の使い手ですね!」
「ありがとうございます」

 私が適当に相槌を打つと、シーナさんはキラキラした目で私のほうを見てくる。

「あの!」
「なんですか?」
「聖女様って、やっぱり昔は治癒師だったんですか?」
「はい、そうですね」
「そうなんですね」

 シーナさんは何かを噛みしめているようだ。

「それがどうしたんですか?」
「あの……実は私、職業が治癒師なんです」
「ああ、そうなんですね」
「はい。それで、どうやったら聖女様のようになれるんですか?」
「それは……」

 さて、どう答えたものか。まさかハゲた神様から設定用のタブレットを奪い取って割り振りました、なんてことは言えるはずもないし、言ったとしてもなんの助けにもならない。だからシーナさんでもできることを教えてあげたいのだが、治癒師は序盤のレベルの上げづらさがはっきり言って嫌がらせの領域だ。

 もちろん職業システムを作った理由を考えれば、きっとそれは狙いどおりなのだろうが……。

「聖女様?」
「え? あ、はい。どう伝えようか悩んでいたんですが、やはりレベルを上げることが重要です」
「でもレベルは……」
「そうですね。ですからまずはなるべくたくさん【回復魔法】を使ってください。それこそ、毎日MPが空になるくらいまで使うんです」

 私はそうやって【付与】などのスキルレベルを上げてきた。

「空になるくらいまで……そう、ですよね……」
「あとは少し危険ですが、大勢の信頼できる人と一緒に魔物と戦ってください」
「なっ!? シーナ! お前がそんな危険なことを!」
「お父さま! 黙っていていください!」
「う……」

 トンテプーさんが話に割り込んできたが、シーナさんがそれをピシャリと遮った。

「聖女様、続きを教えてください」
「え? あ、はい。そうですね。あとは弱らせた魔物にトドメを刺して、解放してあげればレベルが上がりやすいと思います」
「魔物にトドメを……」
「はい。そうすれば経験値が獲得できますから」
「そう、ですよね……」

 シーナさんは真剣な表情でそうつぶやいたのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

異世界でも馬とともに

ひろうま
ファンタジー
乗馬クラブ勤務の悠馬(ユウマ)とそのパートナーである牝馬のルナは、ある日勇者転移に巻き込まれて死亡した。 新しい身体をもらい異世界に転移できることになったユウマとルナが、そのときに依頼されたのは神獣たちの封印を解くことだった。 ユウマは、彼をサポートするルナとともに、その依頼を達成すべく異世界での活動を開始する。 ※本作品においては、ヒロインは馬であり、人化もしませんので、ご注意ください。 ※本作品は、某サイトで公開していた作品をリメイクしたものです。 ※本作品の解説などを、ブログ(Webサイト欄参照)に記載していこうと思っています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...