597 / 625
聖女の旅路
第十三章第24話 事故と治癒とお礼
しおりを挟む
グリーンカレーを堪能した私たちは再び舟に乗ったのだが、何やら遠くのほうから悲鳴のようなものが聞こえてきた。慌てて振り向いた視線の先の川面には木箱が散乱しており、その近くには何艘もの舟が密集している。
「事故のようですね」
「はい、その様です。お恥ずかしい限りですが、狭い水路を商人たちが急いで通りますので……」
うーん、やはりそうか。お店から見ていたときもなんとなく危なっかしい印象だったしね。
でも急いては事を仕損じるとも言うし、もっと慎重に……て、おや? これは?
じっと耳を澄ますと、誰かの名前を必死に呼ぶ声が周囲の雑音に紛れて聞こえてくる。
「怪我人がいるみたいですね」
「えっ? 怪我人、ですか?」
シーナさんが怪訝そうな顔を向けてきた。
「はい。ええと、ソムチャイさんという名前を必死に呼んでいる女性の声がしますね」
そう言うと、シーナさんはポカンとした表情を浮かべた。
「ええと、私にはさっぱり……」
まあ、吸血鬼の聴力のおかげだしね。
「私、耳はいいほうなんですよ」
「はぁ」
シーナさんは半信半疑の様子だ。
「フィーネ様は聖女として、助けを求める者の声を敏感に感じ取ってくださったのですよね?」
「え? ああ、はい。まあ、そんな感じです」
突然クリスさんが割り込んできて少し驚いたが、まあ、聖女様を演じるだけで瘴気が減るのならそれはそれでいいだろう。
「シーナ殿、そういうことだ」
「そうなのですね! やはり聖女様は!」
シーナさんは目をキラキラと輝かせ始める。
「ああ、ええと、はい。深刻そうなのでよかったら私が治療してあげようと思うんですけど……」
「よろしいのですか? ぜひ!」
こうして私たちは事故現場へ舟を向け、水路に浮かぶ荷物の間を進んでなんとか現場へと到着した。
「ソムチャイ! ソムチャイ! お願い! 私を置いて逝かないで!」
桟橋の上に一人の若い男性が横たわっており、その体に若い女性が縋りついて泣きながら呼び掛け続けている。
おっと、これは一刻を争う事態だ。
「シーナさん」
「はい! お前たち! 道を空けなさい! 聖女フィーネ・アルジェンタータ様が到着されました!」
「えっ?」
「シーナ様!?」
「聖女様?」
集まっていた人たちの視線が一斉にこちらを向く。
「はじめまして。フィーネ・アルジェンタータです。ソムチャイさんの治療をしますので道を開けてもらえますか?」
「あ、はい……」
狭い桟橋から人が移動し、すぐに道ができたので私は舟から桟橋に乗り移る。
「ああ! 聖女様! どうかソムチャイを! 主人をお救いください!」
私は小さく頷くと、すぐさま治癒魔法を掛けた。
「はい、治りましたよ」
「えっ? もう?」
「はい」
女性は半信半疑な様子でソムチャイさんに視線を向けると、ソムチャイさんが目を開けた。
「う……タンサニー?」
「ああ! ソムチャイ!」
「良かった。怪我はない?」
「ないわ! でも! でも!」
タンサニーさんはワンワンと泣きながらソムチャイさんの胸に顔を埋め、そんなタンサニーさんの頭をソムチャイさんは優しく撫でたのだった。
うん。良かったね。このまま末永く爆発するといいと思うよ。
◆◇◆
「聖女様、なんとお礼を言ったらいいのか……」
しばらく二人の世界にいたソムチャイさんたちだったが、ようやく私たちの存在を思い出したのかソムチャイさんがお礼を言ってきた。
「いえ。奥さんを一人残さずに済んで良かったですね」
「はい! ただ……」
ソムチャイさんの表情が曇る。
「ただ?」
「その、お恥ずかしい限りなのですが……」
ええと?
「その、我々はご覧のとおりしがない炭売りですので聖女様にお支払いすることが……」
「えっ?」
思いもよらない申し出に困惑した私はシーナさんのほうを確認する。
「聖女様、我が国では寺院で治療を受ける際は身分に関係なく、決まった金額の寄付をすることが求められているのです」
「はぁ」
まあ、たしかにホワイトムーン王国の神殿も料金表があるしね。人によって値段を変えたらえこひいきだと言われそうだし、お金がない人だけ無料なんてことにすれば神殿の業務がパンクしてしまう。
「じゃあ、通常はいくらなんですか?」
「はい。治癒魔法のレベルによって決まっておりまして、レベル3でしたら金貨一枚、レベル4でしたら金貨十枚、レベル5でしたら金貨五十枚となっています」
なるほど。瀕死だったから少なくともレベル5相当はあったような気はするけれど……
「聖女様はどのレベルの治療をなっさたのでしょうか?」
「え? はい。ソムチャイさんは瀕死でしたから――」
「フィーネ殿」
正直に答えようとした私をシズクさんが止めてきた。
「はい?」
「お金をあまりとりたくないのでござろう? ならば低いレベルで説明すればいいでござるよ」
シズクさんがそう耳打ちしてきた。
「え? でも……」
「シーナ殿は治癒師なのでござろう? ならばそれがどのレベルなのかはおおよそ認識しているはずでござるよ。そのうえで聞いてきたということは、こちらに裁量の余地を与えてくれているということでござる」
なるほど。
「そうですね。じゃあ、レベル4です」
「……そうでしたか。それでは金貨十枚となりますね」
「金貨十枚ですか……」
ソムチャイさんはがっくりとうなだれた。
あ……レベルを一つ下げたくらいではダメだったようだ。
「それほどの大金となると、借金奴隷として身売りするしか……」
「わ、私も彼のために身売りします!」
「タンサニー! ダメだ! 君は!」
「でも!」
「あの、さすがにそれはちょっと……」
「そうですよね……」
何やら話がおかしな方向に進んでいるが、何も受け取らないというわけにもいくまい。
「いいでござるか?」
「はい。何か名案でも?」
「名案かは分からないでござるが、ソムチャイ殿の炭をすべて買い上げれば良いのではござらんか?」
「炭を?」
「そうでござる。ソムチャイ殿は集められるだけ炭を集め、拙者たちから受け取ったお金で治療費を払うでござる。炭は拙者たちも旅で使うでござるし、フィーネ殿が収納に入れておけばかさばらないでござる」
「なるほど! それは名案ですね! じゃあ、そういうことでお願いできますか?」
「よ、よろしいのですか?」
「もちろんですよ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
ソムチャイさんとタンサニーさんは涙ぐみながら、何度もお礼を言ってきたのだった。
「事故のようですね」
「はい、その様です。お恥ずかしい限りですが、狭い水路を商人たちが急いで通りますので……」
うーん、やはりそうか。お店から見ていたときもなんとなく危なっかしい印象だったしね。
でも急いては事を仕損じるとも言うし、もっと慎重に……て、おや? これは?
じっと耳を澄ますと、誰かの名前を必死に呼ぶ声が周囲の雑音に紛れて聞こえてくる。
「怪我人がいるみたいですね」
「えっ? 怪我人、ですか?」
シーナさんが怪訝そうな顔を向けてきた。
「はい。ええと、ソムチャイさんという名前を必死に呼んでいる女性の声がしますね」
そう言うと、シーナさんはポカンとした表情を浮かべた。
「ええと、私にはさっぱり……」
まあ、吸血鬼の聴力のおかげだしね。
「私、耳はいいほうなんですよ」
「はぁ」
シーナさんは半信半疑の様子だ。
「フィーネ様は聖女として、助けを求める者の声を敏感に感じ取ってくださったのですよね?」
「え? ああ、はい。まあ、そんな感じです」
突然クリスさんが割り込んできて少し驚いたが、まあ、聖女様を演じるだけで瘴気が減るのならそれはそれでいいだろう。
「シーナ殿、そういうことだ」
「そうなのですね! やはり聖女様は!」
シーナさんは目をキラキラと輝かせ始める。
「ああ、ええと、はい。深刻そうなのでよかったら私が治療してあげようと思うんですけど……」
「よろしいのですか? ぜひ!」
こうして私たちは事故現場へ舟を向け、水路に浮かぶ荷物の間を進んでなんとか現場へと到着した。
「ソムチャイ! ソムチャイ! お願い! 私を置いて逝かないで!」
桟橋の上に一人の若い男性が横たわっており、その体に若い女性が縋りついて泣きながら呼び掛け続けている。
おっと、これは一刻を争う事態だ。
「シーナさん」
「はい! お前たち! 道を空けなさい! 聖女フィーネ・アルジェンタータ様が到着されました!」
「えっ?」
「シーナ様!?」
「聖女様?」
集まっていた人たちの視線が一斉にこちらを向く。
「はじめまして。フィーネ・アルジェンタータです。ソムチャイさんの治療をしますので道を開けてもらえますか?」
「あ、はい……」
狭い桟橋から人が移動し、すぐに道ができたので私は舟から桟橋に乗り移る。
「ああ! 聖女様! どうかソムチャイを! 主人をお救いください!」
私は小さく頷くと、すぐさま治癒魔法を掛けた。
「はい、治りましたよ」
「えっ? もう?」
「はい」
女性は半信半疑な様子でソムチャイさんに視線を向けると、ソムチャイさんが目を開けた。
「う……タンサニー?」
「ああ! ソムチャイ!」
「良かった。怪我はない?」
「ないわ! でも! でも!」
タンサニーさんはワンワンと泣きながらソムチャイさんの胸に顔を埋め、そんなタンサニーさんの頭をソムチャイさんは優しく撫でたのだった。
うん。良かったね。このまま末永く爆発するといいと思うよ。
◆◇◆
「聖女様、なんとお礼を言ったらいいのか……」
しばらく二人の世界にいたソムチャイさんたちだったが、ようやく私たちの存在を思い出したのかソムチャイさんがお礼を言ってきた。
「いえ。奥さんを一人残さずに済んで良かったですね」
「はい! ただ……」
ソムチャイさんの表情が曇る。
「ただ?」
「その、お恥ずかしい限りなのですが……」
ええと?
「その、我々はご覧のとおりしがない炭売りですので聖女様にお支払いすることが……」
「えっ?」
思いもよらない申し出に困惑した私はシーナさんのほうを確認する。
「聖女様、我が国では寺院で治療を受ける際は身分に関係なく、決まった金額の寄付をすることが求められているのです」
「はぁ」
まあ、たしかにホワイトムーン王国の神殿も料金表があるしね。人によって値段を変えたらえこひいきだと言われそうだし、お金がない人だけ無料なんてことにすれば神殿の業務がパンクしてしまう。
「じゃあ、通常はいくらなんですか?」
「はい。治癒魔法のレベルによって決まっておりまして、レベル3でしたら金貨一枚、レベル4でしたら金貨十枚、レベル5でしたら金貨五十枚となっています」
なるほど。瀕死だったから少なくともレベル5相当はあったような気はするけれど……
「聖女様はどのレベルの治療をなっさたのでしょうか?」
「え? はい。ソムチャイさんは瀕死でしたから――」
「フィーネ殿」
正直に答えようとした私をシズクさんが止めてきた。
「はい?」
「お金をあまりとりたくないのでござろう? ならば低いレベルで説明すればいいでござるよ」
シズクさんがそう耳打ちしてきた。
「え? でも……」
「シーナ殿は治癒師なのでござろう? ならばそれがどのレベルなのかはおおよそ認識しているはずでござるよ。そのうえで聞いてきたということは、こちらに裁量の余地を与えてくれているということでござる」
なるほど。
「そうですね。じゃあ、レベル4です」
「……そうでしたか。それでは金貨十枚となりますね」
「金貨十枚ですか……」
ソムチャイさんはがっくりとうなだれた。
あ……レベルを一つ下げたくらいではダメだったようだ。
「それほどの大金となると、借金奴隷として身売りするしか……」
「わ、私も彼のために身売りします!」
「タンサニー! ダメだ! 君は!」
「でも!」
「あの、さすがにそれはちょっと……」
「そうですよね……」
何やら話がおかしな方向に進んでいるが、何も受け取らないというわけにもいくまい。
「いいでござるか?」
「はい。何か名案でも?」
「名案かは分からないでござるが、ソムチャイ殿の炭をすべて買い上げれば良いのではござらんか?」
「炭を?」
「そうでござる。ソムチャイ殿は集められるだけ炭を集め、拙者たちから受け取ったお金で治療費を払うでござる。炭は拙者たちも旅で使うでござるし、フィーネ殿が収納に入れておけばかさばらないでござる」
「なるほど! それは名案ですね! じゃあ、そういうことでお願いできますか?」
「よ、よろしいのですか?」
「もちろんですよ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
ソムチャイさんとタンサニーさんは涙ぐみながら、何度もお礼を言ってきたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
幻獣を従える者
暇野無学
ファンタジー
伯爵家を追放されただけでなく殺されそうになり、必死で逃げていたら大森林に迷う込んでしまった。足を踏み外して落ちた所に居たのは魔法を使う野獣。
魔力が多すぎて溢れ出し、魔法を自由に使えなくなっていた親子を助けたら懐かれてしまった。成り行きで幻獣の親子をテイムしたが、冒険者になり自由な生活を求めて旅を始めるつもりが何やら問題が多発。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
異世界でも馬とともに
ひろうま
ファンタジー
乗馬クラブ勤務の悠馬(ユウマ)とそのパートナーである牝馬のルナは、ある日勇者転移に巻き込まれて死亡した。
新しい身体をもらい異世界に転移できることになったユウマとルナが、そのときに依頼されたのは神獣たちの封印を解くことだった。
ユウマは、彼をサポートするルナとともに、その依頼を達成すべく異世界での活動を開始する。
※本作品においては、ヒロインは馬であり、人化もしませんので、ご注意ください。
※本作品は、某サイトで公開していた作品をリメイクしたものです。
※本作品の解説などを、ブログ(Webサイト欄参照)に記載していこうと思っています。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる