勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
598 / 625
聖女の旅路

第十三章第25話 パワーレベリング

しおりを挟む
 そのままソムチャイさんが店頭で売っていた炭をすべて買い取り、さらに少し離れた場所にある倉庫で保管されていた炭も少し色を付けて買い取ってあげたことでソムチャイさんはなんとか金貨十枚を工面することができた。

 すべて買い取ってしまったのでソムチャイさんの生活に支障をきたすのではないかと心配したが、どうやらそんなことはないらしい。

 というのも、そもそもソムチャイさんたちが売っている炭は自分で木を切って作ったもので、元手はほとんどかかっていない。しかも炭自体が今は在庫過剰によって値崩れを起こしているそうで、どの炭売りも大量の在庫を抱えて苦労している。

 そんな折、必要以上に積み上がってしまった在庫が処分できたうえ、金貨十枚というソムチャイさんたちにとってかなりの支出をしたにもかかわらず手元にはそこそこの現金が残った。

 もちろんこれから商売していくには炭を焼くところから始めなければならないが、それでも過剰在庫を処分できたと考えればプラスにだと言えるかもしれない。

 それはさておき、水上マーケットを満喫した私たちは今、近所の森へとやってきた。もちろん周囲の魔物を解放してあげるためだが、実はもう一つ目的がある。

 それはシーナさんに案内のお礼を兼ねてパワーレベリングをしてあげることだ。

 シーナさんは治癒師であるため魔物にトドメを指すことが難しい。そのおかげで神々の意図したとおりレベルを上げられず、人々を助けるために上げたい【回復魔法】のスキルレベルを上げられずに困っている。

 強すぎる人間を生み出さないためにこうしたという神様の意図は分からないでもないが、苦しんでいる人々にとっての希望である治癒師のレベルまで上がりづらいのはどうかと思う。

 まあ、私だってそのせいで最初はとんでもなく苦労したわけで、シーナさんの苦労はよく分かっているつもりだ。

 というわけでシーナさんのレベリングを助けたかったわけなのだが……。

「シーナさん?」
「ひゃいっ!?」

 シーナさんは見るからに緊張してガチガチに硬くなっている。

「あ、ま、ま、魔物ですかっ!? わ、わ、私は……」

 シーナさんは慌てて周囲を見回しているが、もちろん魔物はいない。

「まだです。安心してください。それに私たちがいるのでシーナさんに危険が及ぶことはありませんよ」
「っ!? あ……は、はい。すみません。魔物の出る森には来たことがなくて……」
「大丈夫ですよ。それに魔物はシズクさんたちが倒してくれますから」
「は、はい……」

 そう言って安心させようとしたのだが、シーナさんの表情は硬いままだ。それから少しずつ森の奥に進んでいくと、ルーちゃんが魔物を発見した。

「姉さまっ! あっちにビッグボアーがいますっ! ご馳走ですっ!」
「えっ? ご馳走? 魔物がですか?」

 シーナさんが驚きの表情でルーちゃんを見ている。

「ビッグボアーには瘴気がほとんどないみたいなので、食べられるみたいです。それに私たちが食べるときはきちんと浄化しているので大丈夫ですよ」
「そ、そうなのですね」

 やはり普通の食材しか食べたことがないのか、シーナさんは理解が追いついていないといった様子だ。

 さて、問題はビッグボアーのトドメをどうやってシーナさんに刺させてあげるかというところだ。たしか以前倒したときは私の防壁に突進して、そのまま首の骨を追って死ぬというなんとも残念な倒し方になってしまった。それに今のみんなのステータスだと一撃で倒してしまいかねない。

「姉さま! 来ます!」

 私たちを見つけたらしいビッグボアーが茂みから飛び出してくると、一直線に私を目掛けて突進してくる。

 ええと、正面に防壁を出すと死んでしまうから斜めに、えい!

 四十五度くらいの角度で防壁を展開してやると、ビッグボアーは変な風に回転しながら転んだ。そこにシズクさんが猛スピードで走り抜け、ビッグボアーの後ろ脚が胴体から切り離される。さらにそこへクリスさんが切りかかり、両の前脚が胴体から切り離された。

「ひっ!?」

 だがそれを見たシーナさんは悲鳴をあげて後ずさってしまった。

「シーナさん、大丈夫そうですか?」
「え? ……あ、は、はい。えっと、その……はい。大丈夫です」

 大丈夫と言っているが、シーナさんの顔は青ざめている。

 ううん。どうやらこれはちょっと刺激が強すぎたようだ。

 さて、どうしたものか。

「シーナ殿、レベルアップのチャンスです。さあ」
「あ……あ、えっと、はい。そう、ですよね」

 シーナさんの顔は青ざめたままだ。

 これは無理そう、かな?

「シーナ殿、フィーネ様のご厚意を無駄にされるおつもりですか?」

 今回はやめておこう、と言おうと思ったのだが、クリスさんがそんなことを言いだした。

 いやいや、シーナさんが辛いのなら無理にやらせなくても!

「そ、そうですよね。やります!」

 だがクリスさんの言葉で決心がついたのか、シーナさんは青い顔をしながらも両足を失ってもがくビッグボアーのほうへと歩み寄る。

 するとクリスさんがそんなシーナさんに寄り添うように近づいていく。

「そのナイフを逆手に持ってください。左手は柄を持って、そう、そんな感じです。あとは体重を乗せてここに刺してください」

 クリスさんは動けないでもがくビッグボアーの前脚の付け根の近くを指さした。

「う……」
「レベルアップをなさりたいのですよね?」
「は、はい。ええい!」

 シーナさんは短剣を何度も倒れたビッグボアーに突き刺し、やがてビッグボアーは動かなくなった。

「あ……私は……」
「これは魔物です。これでこの魔物も瘴気の衝動から解放されました」
「は、はい……」

 クリスさんにそう慰められたものの、シーナさんはかなり罪悪感を覚えている様子だ。

 ううん。これは無理っぽいね。

「姉さまっ! お肉ですっ! 浄化をお願いしますっ!」
「あ、はい。そうですね」

 私はビッグボアーをすぐに浄化し、瘴気を取り除くのだった
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...