勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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聖女の旅路

第十三章第29話 王都ヴェダ

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 私たちはついにグリーンクラウド王国の王都ヴェダが見える場所までやってきた。ヴェダは大きな川沿いに築かれた町で、町全体をものすごく高く赤褐色の岩壁が囲んでいる。

「あれが……」
「ヴェダのようでござるな」
「シズクさんも来たことはないんですか?」
「ないでござるな。ただ、あの立派な赤い壁の噂はレッドスカイ帝国にも轟いていたでござるよ」
「そんなに有名なんですか?」
「それはもう、色々とすごいでござるよ。たとえば三度の魔物暴走スタンピードを耐え抜いた難攻不落の城塞都市だとか、魔王の襲撃を跳ね返しただとか、とにかくヴェダが堅牢だという話が多かったでござるな」
「そうなんですね」
「あとは、あの特徴的な壁の色でござるな」
「あの赤色は、塗ったんですか?」
「いや、元々ああいう色合いの岩が取れるのだそうでござるよ」
「へぇ」

 車窓から見える赤い城壁を見ながらそんな話をしていると、私たちを乗せた馬車がゆっくりと停車した。

「どうした?」

 クリスさんがすぐに御者さんに確認する。

「あ、すみません。大丈夫です。ヴェダから儀仗隊ぎじょうたいが出てきていまして、警護と先導をしてくれるそうなので、すぐに出発します」
「そうか。わかった」

 それからしばらくして私たちを乗せた馬車はゆっくりと動き出した。そしてそれからは一度も馬車が停車することなく、私たちは無事にヴェダへと入ったのだった。

◆◇◆

「聖女様、ようこそお越しくださいました!」

 宮殿に到着し、馬車を降りた私たちを豪華な服装をした五十代くらいの男女が出迎えてくれた。その後ろにはチャンドラ王子が控えている。ということは、彼らが国王夫妻なのではないだろうか?

「歓迎いただきありがとうございます。フィーネ・アルジェンタータです」
「私はグリーンクラウド王国国王ラージャ三世、こちらは妻のマリヤムです」
「妻のマリヤムでございます。聖女様にお会いできて光栄です」
「こちらこそ。チャンドラ王子も出迎えに来てくれたのですね」
「はい。息子が是非にと申しまして。息子が一人で戻ってきたときは大変驚きましたが、よくぞ背中を押してくださいました。お知らせいただいたことにつきましてすべからく、よしなに対応いたします」
「そうですか。ありがとうございます。チャンドラ王子も、ありがとうございました」
「いえ、当然のことをしたまでです。私はこれよりレッドスカイ帝国に赴くこととなっておりますので、大変残念ではありますが本日の晩餐会でご一緒することはかないません。どうかこのご無礼をお許しください」
「そんな、無礼だなんて。お役目、頑張ってください」
「はっ!」

 チャンドラ王子は合掌し、恭しく一礼した。

「ああ、そういえばチャンドラ王子」
「はい、なんでしょう?」
「よかったらこの種を持って行ってください。南部のこともありますし、何かに使えるかもしれません」

 私はリーチェの種を三つほどチャンドラ王子に手渡した。

「っ! ありがとうございます! 必ずや有効活用して参ります!」
「よろしくお願いしますね」
「はっ!」

 チャンドラ王子はもう一度合掌し、恭しく一礼すると、立ち去っていった。

「さあ、聖女様。どうぞこちらへ」
「はい」

 こうして私たちは宮殿の中へと足を踏み入れるのだった。

◆◇◆

 私たちは応接室に案内され、そこでラージャ三世と情報交換を行うことになった。

「なるほど。お話は息子から聞いておりましたが……」

 私から魔物と瘴気の関係性についての話を聞いたラージャ三世は深刻な表情を浮かべた。

「これを仰ったのが聖女様でなければとても信じなかったでしょう。しかし、人間の歪んだ欲望ですか」
「はい。精霊神様は人間が自ら正に偏り、光り輝くことが必要だと仰っていました。人間はたしかに自らの欲望のため、悪いことをたくさんします。ですがそうでない人もたくさんいます。ですから……」
「……そう、ですな。いやはや、しかしなんとも……」

 ラージャ三世は深いため息をついた。

「いや、嘆いている場合ではありませんな。まずはこの事実を知らしめるところから始める必要がありますな」
「はい。お願いします」

 するとラージャ三世は大きくうなずいた。

「さて、では次の話題ですが、従者殿の妹君の件について息子より報告を受けております」
「はい」

 その話題になると、ルーちゃんはすかさず真剣な目でラージャ三世のほうを見た。

「残念ながら、我が国においてご指摘のようなエルフの奴隷が売買されたという記録はございませんでした。我が国の奴隷はすべて登録されており、登録されていない奴隷はすべて違法奴隷ということになります。そのような奴隷を使役していた者は最低十年間、犯罪奴隷として服役することが定められておりますので、奴隷を隠すことはそう簡単なことではありません。ましてや珍しいエルフともなると……」
「レイア……」

 ルーちゃんはがっくりと肩を落としてしまった。これでこの世界にあるすべての国を回ったことになるが、それでも見つからなかったということになる。

「イエロープラネットのダルハに仲介という形で引き渡されたことまでは突き止めたのですが……」
「ダルハでしたか。あそこならばたしかにあり得そうですね。ただダルハはもう……」
「はい。ですが仲介ですのでどこかに……」
「わかりました。我々としてもその線でもう少し調査しましょう。ですが現時点での我が国の公式回答としては、我が国にエルフの奴隷は存在しない、ということとなります」
「そうですか……」
「はい。我々は奴隷を適切に管理していると自負しております。ですから外部よりエルフの奴隷が来たとなれば、間違いなく私のところにまで報告が上がってくるはずです。もし密輸されたとしても、噂が立てばすぐに調査の手が入ることになります。ですので……」
「わかりました」
「申し訳ございません」
「いえ、個人的なお願いにご協力いただきありがとうございます」
「とんでもございません」

 ラージャ三世は人の良さそうな笑みを浮かべると、話題を切り替えてくる。

「ところで聖女様」
「なんでしょうか?」
「実は我が国にも聖剣アルパラジタと呼ばれるものがございます」
「そうなんですね」
「はい。その担い手を目指す戦士たちも多くおりまして、せっかくの聖女様のご来訪ということで選定の儀を行うこととなりました。よろしければ選定の儀にお立合いいただけませんか?」
「え?」
「というのもですね。我が国の家臣たちから聖女様のご一行は女性のみということもあって、御身を心配する声が上がっておるのです」
「え? ですが……」
「はい。聖女様が新しい騎士を求めていらっしゃらないことは承知しております。ですが私の立場上、何もしないわけにもいかないのです」

 あ、なるほど。つまりラージャ三世は選定の儀をやったというパフォーマンスがしたいということかな?

 とはいえ、本当に聖剣に選ばれた聖騎士が誕生してしまうと面倒なことになりそうだ。

「わかりました。ただ、その前にちょっとお願いがあります。聖剣、ええと……」
「アルパラジタです」
「はい。聖剣アルパラジタを触らせてもらえませんか?」
「そんなことでよろしいのですか? もちろんです」

 こうして私は選定の儀の前に聖剣アルパラジタを見せてもらうことになったのだった。
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