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聖女の旅路
第十三章第28話 バターチキンカレー
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私たちを乗せた馬車は山を越え、グリーンクラウド王国の王都ヴェダまであと少しのところまでやってきた。
さて、山を越えて私たちがまず驚いたのは気候の違いだ。アーユトール周辺はじめじめしており、まるで熱帯雨林のような感じだった。しかし山を越えてからはカラッとしており、生えている植物の雰囲気もガラリと変わった。
私は植物に詳しいわけではないため細かいことはよく分からないが、なんというか、こう、緑の色が違うのだ。それに下草もずいぶんと少なく、土が見えている部分が多いような気がする。
「やっぱりこのあたりは乾燥していますね」
「はい。アーユトールで聞いた情報によると雨季と乾季があるそうで、今は六月の終わりですからあと二か月もすると雨期に入るのだそうです。その際はかなり蒸し暑くなるそうですよ」
「じゃあ今は乾季ってことですよね?」
「おそらくは」
なるほど。ということは、今が一番乾燥しているのだろう。
「ヴェダにはどんな食べ物があるんでしょうねぇ。楽しみですっ」
ルーちゃんの頭の中は食べ物で一杯のようだ。もちろん、楽しみなのは私も同じだ。
「楽しみですねぇ」
「はいっ!」
ルーちゃんは元気よく返事をしたのだった。
◆◇◆
その日の昼食に、私たちは街道沿いの村にある小さな食堂に入った。このお店の名物はバターチキンカレーだそうなので、私たちはそれを注文してみる。
「バターチキンカレーを四つですね。かしこまりました」
店員さんはさっと下がっていったが、ほんの数分で戻ってきた。
「バターチキンカレーでございます」
私たちのテーブルに金属製のお盆が並べられていく。お盆の上には小さな容器に入ったスパイスのいい香りがするカレーと、何やら薄くて丸いパンのようなものが添えられている。
あれ? こういうタイプのカレーだとナンが出てくるんじゃなかったっけ?
「こちらのチャパティを千切り、カレーに浸してお召し上がりください」
チャパティというのは初めて聞いたが、これはこれで美味しそうだ。
私はまずバターチキンカレーをスプーンですくい、一口いただいてみる。
んっ! これは!
いくつものスパイスが混ざりあった複雑な香りが広がるのに、あまり辛くない。辛いどころか生クリームとバターの甘味、さらにトマトの凝縮された甘味が口に広がる。そこに鶏肉から出たであろう肉汁のうま味と塩味、あとこれはこれはヨーグルトだろうか? わずかな酸味がハーモニーを奏でている。
うん! これは美味しい!
続いて私はチャパティを手でちぎり、ちょんちょんとカレーをつけていただく。
おお、なるほど。チャパティというのはこういう食感なのか。もっちりふわふわというわけではないが、小麦の香りがダイレクトに感じられる。どちらかというとパンとクレープの間くらいの食感かもしれない。そんなチャパティだが強い自己主張をせず、わき役としてしっかりとバターチキンカレーを引き立ててくれているのだ。それと、ところどころについている焦げ目も香ばしくて素晴らしい。
よし、せっかくだからチキンもいただいてみるとしよう。
カレーの中に沈んでいる鶏肉をスプーンですくい取り、口に運ぶ。
ああ、うん。きっとしっかり下処理がされているのだろう。肉はとても柔らかく、口の中でまるでほどけるかのように崩れ、肉汁がカレーと混ざりあいながら広がっていく。しかも芳醇なスパイスの香りと相まってか、臭みなどがまったく感じられない。
これぞまさしく美味しいの楽園だ。
こうなると、やはりチャパティと一緒に味わってみたくなるのが人情というものだろう。
私はすぐさまチャパティを千切り、鶏肉をチャパティで包んで口の中に放り込む。
ああ、これもまたいい感じだ。最初はチャパティの小麦感に始まり、噛むことで一気に芳醇なカレーが口いっぱいに広がる。そこから鶏肉が崩れ、先ほどの楽園が口の中で再演される。
違いは一点、小麦畑が前奏曲を奏でてくれていたかということだけだ。
だが、その違いがこれほどまでに大きいとは誰が予想しただろうか?
望外の素晴らしい発見に私は思わず二度目のチャパティ包みを敢行する。
美味しい!
こうして私は夢中で食べ、バターチキンカレーを完食したのだった。
ごちそうさまでした。
あ、ちなみにルーちゃんは当然のことながら何度もおかわりをしていた。いつもどおりの光景ではあるのだが、よくあれほどの量を食べられるものだと驚かされる。
とはいえルーちゃんは幸せそうに食べていて、それを見ているとなんだかこちらまで幸せな気分になってくるのだから不思議なものだ。
ううん。もしかすると幸せは美味しい食事から始まるのかもしれないね。
================
インドカレーといえばナンという方が多いと思いますが、実はインドにおいて、ナンよりもチャパティのほうが一般的だったりします。ナンは小麦粉を原料としてパンのように生地を発酵させ、タンドールという壺のような形をした粘土製のオーブンを使って高温で焼き上げる必要があります。一方のチャパティは全粒粉に水と塩を混ぜてこね、フライパンで焼くだけで作ることができます。設備面も含めた手軽さもあってインドではナンよりもチャパティのほうがよく食べられており、実際に筆者がインドをバックパック旅行した際には地域性も相まって、一度もナンを見かけませんでした。
さて、山を越えて私たちがまず驚いたのは気候の違いだ。アーユトール周辺はじめじめしており、まるで熱帯雨林のような感じだった。しかし山を越えてからはカラッとしており、生えている植物の雰囲気もガラリと変わった。
私は植物に詳しいわけではないため細かいことはよく分からないが、なんというか、こう、緑の色が違うのだ。それに下草もずいぶんと少なく、土が見えている部分が多いような気がする。
「やっぱりこのあたりは乾燥していますね」
「はい。アーユトールで聞いた情報によると雨季と乾季があるそうで、今は六月の終わりですからあと二か月もすると雨期に入るのだそうです。その際はかなり蒸し暑くなるそうですよ」
「じゃあ今は乾季ってことですよね?」
「おそらくは」
なるほど。ということは、今が一番乾燥しているのだろう。
「ヴェダにはどんな食べ物があるんでしょうねぇ。楽しみですっ」
ルーちゃんの頭の中は食べ物で一杯のようだ。もちろん、楽しみなのは私も同じだ。
「楽しみですねぇ」
「はいっ!」
ルーちゃんは元気よく返事をしたのだった。
◆◇◆
その日の昼食に、私たちは街道沿いの村にある小さな食堂に入った。このお店の名物はバターチキンカレーだそうなので、私たちはそれを注文してみる。
「バターチキンカレーを四つですね。かしこまりました」
店員さんはさっと下がっていったが、ほんの数分で戻ってきた。
「バターチキンカレーでございます」
私たちのテーブルに金属製のお盆が並べられていく。お盆の上には小さな容器に入ったスパイスのいい香りがするカレーと、何やら薄くて丸いパンのようなものが添えられている。
あれ? こういうタイプのカレーだとナンが出てくるんじゃなかったっけ?
「こちらのチャパティを千切り、カレーに浸してお召し上がりください」
チャパティというのは初めて聞いたが、これはこれで美味しそうだ。
私はまずバターチキンカレーをスプーンですくい、一口いただいてみる。
んっ! これは!
いくつものスパイスが混ざりあった複雑な香りが広がるのに、あまり辛くない。辛いどころか生クリームとバターの甘味、さらにトマトの凝縮された甘味が口に広がる。そこに鶏肉から出たであろう肉汁のうま味と塩味、あとこれはこれはヨーグルトだろうか? わずかな酸味がハーモニーを奏でている。
うん! これは美味しい!
続いて私はチャパティを手でちぎり、ちょんちょんとカレーをつけていただく。
おお、なるほど。チャパティというのはこういう食感なのか。もっちりふわふわというわけではないが、小麦の香りがダイレクトに感じられる。どちらかというとパンとクレープの間くらいの食感かもしれない。そんなチャパティだが強い自己主張をせず、わき役としてしっかりとバターチキンカレーを引き立ててくれているのだ。それと、ところどころについている焦げ目も香ばしくて素晴らしい。
よし、せっかくだからチキンもいただいてみるとしよう。
カレーの中に沈んでいる鶏肉をスプーンですくい取り、口に運ぶ。
ああ、うん。きっとしっかり下処理がされているのだろう。肉はとても柔らかく、口の中でまるでほどけるかのように崩れ、肉汁がカレーと混ざりあいながら広がっていく。しかも芳醇なスパイスの香りと相まってか、臭みなどがまったく感じられない。
これぞまさしく美味しいの楽園だ。
こうなると、やはりチャパティと一緒に味わってみたくなるのが人情というものだろう。
私はすぐさまチャパティを千切り、鶏肉をチャパティで包んで口の中に放り込む。
ああ、これもまたいい感じだ。最初はチャパティの小麦感に始まり、噛むことで一気に芳醇なカレーが口いっぱいに広がる。そこから鶏肉が崩れ、先ほどの楽園が口の中で再演される。
違いは一点、小麦畑が前奏曲を奏でてくれていたかということだけだ。
だが、その違いがこれほどまでに大きいとは誰が予想しただろうか?
望外の素晴らしい発見に私は思わず二度目のチャパティ包みを敢行する。
美味しい!
こうして私は夢中で食べ、バターチキンカレーを完食したのだった。
ごちそうさまでした。
あ、ちなみにルーちゃんは当然のことながら何度もおかわりをしていた。いつもどおりの光景ではあるのだが、よくあれほどの量を食べられるものだと驚かされる。
とはいえルーちゃんは幸せそうに食べていて、それを見ているとなんだかこちらまで幸せな気分になってくるのだから不思議なものだ。
ううん。もしかすると幸せは美味しい食事から始まるのかもしれないね。
================
インドカレーといえばナンという方が多いと思いますが、実はインドにおいて、ナンよりもチャパティのほうが一般的だったりします。ナンは小麦粉を原料としてパンのように生地を発酵させ、タンドールという壺のような形をした粘土製のオーブンを使って高温で焼き上げる必要があります。一方のチャパティは全粒粉に水と塩を混ぜてこね、フライパンで焼くだけで作ることができます。設備面も含めた手軽さもあってインドではナンよりもチャパティのほうがよく食べられており、実際に筆者がインドをバックパック旅行した際には地域性も相まって、一度もナンを見かけませんでした。
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