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聖女の旅路
第十三章第32話 歴戦の知恵
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「聖女様、お会いできて光栄です。私はルドラ、この町の太守です」
「フィーネ・アルジェンタータです。それから――」
私はクリスさんたちを紹介した。
「これはこれはご丁寧にありがとうございます。聖女様がたにお越しいただき、きっと民も喜んでいることと思います」
そうは言ったものの、ルドラさんの表情は冴えない。
「あの、もしかして今日のような魔物の襲撃が多いのですか?」
するとルドラさんは大きく頷いた。
「そうなのです。特に海はひどく、毎日のようにシーサーペントが襲ってくるのです」
「え? シーサーペントですか?」
「はい。ヴィハーラの西は昔からシーサーペントの住む海域でしたが、このところ急激にシーサーペントが増えているようなのです。おかげで海上貿易は完全にストップしており――」
「あの、もしかしてシーサーペントを追い払ったんですか?」
「え? いえいえ。毎回きちんと退治していますよ」
なんだって? あれほど苦戦した相手なのに!?
どうやら完全に表情に出ていたようで、ルドラさんは自慢気な表情を浮かべる。
「我がヴィハーラは古くからシーサーペントの脅威に対抗して参りましたからな。きちんと備えておるのです」
「それはすごいですね。どうやったんですか?」
「ではご覧になりますか?」
「いいんですか?」
「もちろんです。では早速ご案内しましょう」
こうして私たちはルドラさんに連れられて迎賓館を出発し、馬車に乗り込んだ。
「ところで聖女様、この度のご訪問で我々に何かお手伝いできることはございませんか?」
「ああ、はい。そうですね。まずは瘴気を浄化する種を植えたいので、どこか場所を提供してほしいです」
「はい。魔物と瘴気の件は我々もお話を伺っております。どのような場所でもご提供いたしますが……」
「場所はどこでも大丈夫ですよ」
「そうでしたか。ではせっかくご滞在いただいたのですから、迎賓館の中庭に手ずから植えていただくのはいかがでしょう?」
「わかりました。そうしましょう」
「お願いいたします」
「それとですね。ドラゴンに関する言い伝えを探しているんです」
「はて? ドラゴンでございますか?」
「はい。ヴェダで小耳に挟んだのですが……」
「ドラゴン……そうですな。それは恐らく巨大シーサーペントのことだと思います」
「えっ?」
「ここがまだ小さな村だったころ、我々の祖先が巨大なシーサーペントを追い払い、平和を取り戻すことでヴィハーラ王国が建国したというものです」
「ああ、そうだったんですね」
ということは、この情報は外れだ。おそらくだが、ヴィハーラ王国が統合してグリーンクラウド王国になったとき、このあたりの伝説がなんとなく伝わった結果なのだろう。
「ところで聖女様はどうしてドラゴンに関する伝説を?」
「はい。実は嵐龍王と地龍王の封印されている場所を探しているんです。というのも――」
私は念のため、かいつまんで事情を説明した。
「あの伝説の嵐龍王と地龍王ですか。いやはや、なんともスケールの大きな話ですな。ううむ……」
ルドラさんは考えるような仕草をしているが、やがて首を横に振った。
「申し訳ございません。残念ながら手掛かりになるような話は存じ上げません」
「そうですか。ありがとうございます」
「お役に立てず、申し訳ございません」
「いえいえ」
そもそも、最初からそれほど期待していたわけではないので問題ない。
そんな話をしているうちに、馬車は目的地に着いたのか停車した。
「おお、どうやら到着したようですな。ささ、馬車からお降りください」
「はい」
私たちが馬車から降りると、そこは大きな港だった。港は高さ十メートルはあろうかという高い石積みの堤防に囲まれており、さらに海上には巨大な石積みの門のような建築物が浮かんでいる。
「あの門のような建物は……?」
「あれはヴィハーラ凱旋門と申しまして、かつて巨大シーサーペントを退治した祖先が帰ってきたときにくぐったという伝説のある門です」
「へえ、そんな門が……」
「と、申しましてもあの門は記録に残っているだけでも三十七回、建て直されております。場所も幾度となく変えておりますので、当時のものはまったく残っておりません」
「えっ?」
「あの門は、シーサーペントの襲撃に対抗する海上の要塞でもありますので。それに、そもそも伝説の当時は村だったわけでして、あのような立派な石積みの門を海上に建築できるはずがありません」
ルドラさんは笑顔で、あっけらかんとそう言い切ったのだった。
◆◇◆
それから私たちは小舟に乗ってヴィハーラ凱旋門までやってきた。
「さあ、こちらから」
「はい」
小さな船着場から上陸し、そのまま門の内部の階段を登っていくとそこには巨大な弓が設置されていた。
「これは?」
「これがシーサーペントを退治する固定式の弓でございます。このハンドルを五人がかりで回すことで弓を引き、あちらに置かれております巨大な矢を発射する仕掛けとなっています」
ルドラさんの指さした先にはとんでもなく巨大な矢が置かれている。
「こちらの鏃に、付与師が【火属性魔法】を付与して発射するのです」
「シーサーペントは火が苦手なんですか?」
「はい。ただ、普通に【火属性魔法】を放ってもシーサーペントの体を覆う水によって無効化されてしまいます。ですが鏃に付与しておけばシーサーペントに刺さった瞬間に火がつきますので、効果的にダメージを与えることができるのです」
なるほど。長年シーサーペントと戦ってきただけあって、ノウハウがしっかりと蓄積されているようだ。
「どのくらいのスキルレベルが必要なんですか?」
「【火属性魔法】のレベル3が必要です。それ以下ですとあまりダメージを与えられません」
「そうですか……」
ううん。もしかして【水属性魔法】じゃなくて【火属性魔法】のレベルを上げておいたほうが良かったのかな?
「おや? どうかなさいましたか?」
「……いえ、なんでもないです」
私は笑顔で首を横に振ったのだった。
「フィーネ・アルジェンタータです。それから――」
私はクリスさんたちを紹介した。
「これはこれはご丁寧にありがとうございます。聖女様がたにお越しいただき、きっと民も喜んでいることと思います」
そうは言ったものの、ルドラさんの表情は冴えない。
「あの、もしかして今日のような魔物の襲撃が多いのですか?」
するとルドラさんは大きく頷いた。
「そうなのです。特に海はひどく、毎日のようにシーサーペントが襲ってくるのです」
「え? シーサーペントですか?」
「はい。ヴィハーラの西は昔からシーサーペントの住む海域でしたが、このところ急激にシーサーペントが増えているようなのです。おかげで海上貿易は完全にストップしており――」
「あの、もしかしてシーサーペントを追い払ったんですか?」
「え? いえいえ。毎回きちんと退治していますよ」
なんだって? あれほど苦戦した相手なのに!?
どうやら完全に表情に出ていたようで、ルドラさんは自慢気な表情を浮かべる。
「我がヴィハーラは古くからシーサーペントの脅威に対抗して参りましたからな。きちんと備えておるのです」
「それはすごいですね。どうやったんですか?」
「ではご覧になりますか?」
「いいんですか?」
「もちろんです。では早速ご案内しましょう」
こうして私たちはルドラさんに連れられて迎賓館を出発し、馬車に乗り込んだ。
「ところで聖女様、この度のご訪問で我々に何かお手伝いできることはございませんか?」
「ああ、はい。そうですね。まずは瘴気を浄化する種を植えたいので、どこか場所を提供してほしいです」
「はい。魔物と瘴気の件は我々もお話を伺っております。どのような場所でもご提供いたしますが……」
「場所はどこでも大丈夫ですよ」
「そうでしたか。ではせっかくご滞在いただいたのですから、迎賓館の中庭に手ずから植えていただくのはいかがでしょう?」
「わかりました。そうしましょう」
「お願いいたします」
「それとですね。ドラゴンに関する言い伝えを探しているんです」
「はて? ドラゴンでございますか?」
「はい。ヴェダで小耳に挟んだのですが……」
「ドラゴン……そうですな。それは恐らく巨大シーサーペントのことだと思います」
「えっ?」
「ここがまだ小さな村だったころ、我々の祖先が巨大なシーサーペントを追い払い、平和を取り戻すことでヴィハーラ王国が建国したというものです」
「ああ、そうだったんですね」
ということは、この情報は外れだ。おそらくだが、ヴィハーラ王国が統合してグリーンクラウド王国になったとき、このあたりの伝説がなんとなく伝わった結果なのだろう。
「ところで聖女様はどうしてドラゴンに関する伝説を?」
「はい。実は嵐龍王と地龍王の封印されている場所を探しているんです。というのも――」
私は念のため、かいつまんで事情を説明した。
「あの伝説の嵐龍王と地龍王ですか。いやはや、なんともスケールの大きな話ですな。ううむ……」
ルドラさんは考えるような仕草をしているが、やがて首を横に振った。
「申し訳ございません。残念ながら手掛かりになるような話は存じ上げません」
「そうですか。ありがとうございます」
「お役に立てず、申し訳ございません」
「いえいえ」
そもそも、最初からそれほど期待していたわけではないので問題ない。
そんな話をしているうちに、馬車は目的地に着いたのか停車した。
「おお、どうやら到着したようですな。ささ、馬車からお降りください」
「はい」
私たちが馬車から降りると、そこは大きな港だった。港は高さ十メートルはあろうかという高い石積みの堤防に囲まれており、さらに海上には巨大な石積みの門のような建築物が浮かんでいる。
「あの門のような建物は……?」
「あれはヴィハーラ凱旋門と申しまして、かつて巨大シーサーペントを退治した祖先が帰ってきたときにくぐったという伝説のある門です」
「へえ、そんな門が……」
「と、申しましてもあの門は記録に残っているだけでも三十七回、建て直されております。場所も幾度となく変えておりますので、当時のものはまったく残っておりません」
「えっ?」
「あの門は、シーサーペントの襲撃に対抗する海上の要塞でもありますので。それに、そもそも伝説の当時は村だったわけでして、あのような立派な石積みの門を海上に建築できるはずがありません」
ルドラさんは笑顔で、あっけらかんとそう言い切ったのだった。
◆◇◆
それから私たちは小舟に乗ってヴィハーラ凱旋門までやってきた。
「さあ、こちらから」
「はい」
小さな船着場から上陸し、そのまま門の内部の階段を登っていくとそこには巨大な弓が設置されていた。
「これは?」
「これがシーサーペントを退治する固定式の弓でございます。このハンドルを五人がかりで回すことで弓を引き、あちらに置かれております巨大な矢を発射する仕掛けとなっています」
ルドラさんの指さした先にはとんでもなく巨大な矢が置かれている。
「こちらの鏃に、付与師が【火属性魔法】を付与して発射するのです」
「シーサーペントは火が苦手なんですか?」
「はい。ただ、普通に【火属性魔法】を放ってもシーサーペントの体を覆う水によって無効化されてしまいます。ですが鏃に付与しておけばシーサーペントに刺さった瞬間に火がつきますので、効果的にダメージを与えることができるのです」
なるほど。長年シーサーペントと戦ってきただけあって、ノウハウがしっかりと蓄積されているようだ。
「どのくらいのスキルレベルが必要なんですか?」
「【火属性魔法】のレベル3が必要です。それ以下ですとあまりダメージを与えられません」
「そうですか……」
ううん。もしかして【水属性魔法】じゃなくて【火属性魔法】のレベルを上げておいたほうが良かったのかな?
「おや? どうかなさいましたか?」
「……いえ、なんでもないです」
私は笑顔で首を横に振ったのだった。
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