勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
609 / 625
聖女の旅路

第十三章第36話 仙人の噂

しおりを挟む
 それから少しすると海の警報が鳴りやんだ。どうやらシーサーペントも撃退されたらしい。

 幸いなことにこちらで怪我人は出なかったので海のほうに向かおうとしたのだが、シズクさんをアサーヴさんが呼び止めてきた。

「シズク・ミエシロ殿」
「ん? そなたは先ほどの」
「一つ、質問をしてもよろしいか?」
「なんでござるか?」
「失礼だとは思うが、教えて欲しい。貴女はその強さにどうやってたどり着いたのだ? いや、その強さは人の身でたどり着くことができるのか?」

 突然の不躾な質問にシズクさんの表情が強張った。いや、シズクさんだけではなくクリスさんも微妙な表情をしている。

「私の知る限り、最強の人間はレッドスカイ帝国の赤天将軍だと思っていた。だがシズク殿の強さはそれをはるかに超えているように見えるのだ。シズク殿、いかがだろうか?」
「……」
「聖女様がレッドスカイ帝国を通って来られたということは聞いている。であれば、シズク殿は確実に赤天将軍と勝負をなさった。そして赤天将軍に勝利したのではないか?」
「……勝ったでござるな」
「やはり! では今一度問いたい。シズク殿のその強さ、人の身でたどり着けるのか? それともあなたの種族だからこそたどり着ける強さなのか?」

 アサーヴさんの表情は真剣だ。そんなアサーヴさんの目をシズクさんもまた、真剣な目でじっと見つめ返している。

 それからしばらくし、シズクさんがふっと表情を緩めた。

「……かなり難儀すると思うでござるが、常に成長を追い求め、ひたすらに修行を続ければ不可能ではないと思うでござるよ」
「……」

 アサーヴさんはそれを慰めと受け取ったのか、不満げな表情を浮かべている。

「アサーヴ殿、で合っているでござるか? 貴殿は拙者の本気の一撃を受けたではござらんか」
「し、しかし!」
「あの一撃は貴殿が最強と言った将軍でも防げたか分からない速さでござるよ。しかしアサーヴ殿はそれを受けたでござる。それこそが、貴殿の努力の結果なのではござらんか?」
「それは……」
「アサーヴ殿もきっと良い師を持ったのでござろうな。拙者の師はゴールデンサン巫国のミヤコにあるシンエイ流のテッサイ・ミネマキ師範でござる」
「ゴールデンサン巫国の……なるほど。それはありがたい!」
「アサーヴ殿の師は誰でござるか?」

 するとアサーヴさんは何やら複雑な表情を浮かべた。

「……師と言うのであれば、一応、天空老師だが……」
「天空老師?」
「ああ。天空山脈に住む仙人だ。だから天空老師と呼ばれているのだが……」
「だが?」
「シズク殿が会うのはあまり勧められない」
「どういうことでござるか?」
「いや、その、天空老師はかなり険しい山奥に居を構えている。誰でも会えるわけではないし、行ったとしても会えないかもしれない。それに会ったとしても、きっと不愉快な思いをするはずだ」

 アサーヴさんはどうやらシズクさんを合わせたくないようだが、これは一体どういうことだろうか?

「聖女様、迎えの馬車が到着いたしました」
「あ、はい。それじゃあシズクさん」
「ああ、そうでござるな。アサーヴ殿、それでは失礼するでござるよ」

 こうして私たちは海側の負傷者の治療に向かうのだった。

◆◇◆

「天空老師ですか。天空老師の噂でしたら我々も存じております。なんでも天空老子の下で修行すると潜在能力を開花する、と言われていますから」

 負傷者の治療を終え、迎賓館に戻った私たちが館長さんに尋ねるとそんな答えが返ってきた。

「そんなに有名な人なんですか」
「はい。三百年生きているなどという噂もある人物で、この町ですと一番の剣士アサーヴ殿が天空老師の下で修行したとして有名です」
「そうなんですね。ただアサーヴさんは天空老師に会わないほうがいいって言ってたんです。なんでだかわかりますか?」
「いえ。ただ、ほとんどの者は天空老師のいおりにたどり着くことすらできず、またもしたどり着けたとしても会ってすらもらえないのだそうです。特に有名な話としては、以前国王陛下が兵士たちに教えを授けて欲しいと直接出向いたにもかかわらず、天空老師の庵にたどり着けなかったというものがあります。ですからアサーヴ殿は聖女様に無駄な時間を使わせてはいけないと気をつかったのではないでしょうか?」
「なるほど」

 不愉快な思いをするというのはそういう意味か。

 だが潜在能力を覚醒させられるというのであれば、シズクさんが【狐火】を使いこなせるようになるかもしれない。それに、山の中に住んでいる仙人というのも少し興味がある。

「シズクさん、試しにその天空老師に会ってみるのもいいと思うんですけど……」
「そうでござるな。いい加減、拙者もなんとかしたいと思っていたところでござる。それに」

 シズクさんはそう言ってクリスさんに視線を送った。するとクリスさんも大きくうなずく。

「それじゃあ、決まりですね」

 こうして私たちは天空老師に会いに行くことにしたのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...