勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
618 / 625
聖女の旅路

第十三章第45話 盗難事件

しおりを挟む
「聖女様、この度は大変申し訳ございませんでした」

 部屋に入ってくるなり、ラージャ三世は頭を下げてきた。

「ラージャ三世、大まかに話は聞いています。種がいくつか盗まれたんですよね?」
「いえ、そうではありません。すべて盗まれてしまいました」
「えっ!? すべてですか?」
「はい。人口から適切な配布先を決めようと考えておったのですが、計画が決まった段階で宝物庫に取りに行ったのですが跡形もなく……」
「そうでしたか。犯人の目星はついているんですか?」
「それが残念ながらまったく。いつ、誰がどうやって宝物庫に侵入したのかすら分かっておりません」
「え? でも入口は限られているんですよね?」
「はい。宝物庫に窓はなく、出入り口も一ヵ所のみです。しかも複数の者を見張りに立ておりますが、誰一人として侵入者に気付いておりません」
「……その状況であれば見張りの者が不正を犯したのではござらんか?」
「いえ、それもありません。実は、その可能性を考慮して見張りの者を監視する者がいるのです。しかしその者たちの報告によれば、見張りの者が怪しい動きをしたことはないそうです」
「じゃあ、ある日突然消えていることに気付いたってことですか?」
「左様でございます」

 ううん。たしかに種があれば自分たちの町や村の周囲で魔物が発生しづらくすることができるので、盗んででも植えたいという気持ちは理解できる。実際ブルースター共和国ではやたらと高値で取引されていたわけだしね。

「でも、種を植えたらすぐにバレますよね?」
「はい。ですので犯人は国外に持ちだし、闇市場で売りさばこうと考えているのではないかと考えております」
「国外ですか」

 となるとイエロープラネット首長国連邦のあった砂漠地帯を抜ける、もしくはレッドスカイ帝国に運ぶといったところだろうか?

「各都市にすでに通達を出し、検問を厳しくするようにはしておりますが、何分小さなものですので小分けにして持ち運ばれては見つからないかもしれません」
「そうですね……」

 誰が犯人なのかは分からないが、種がすぐに戻ってくる可能性はなさそうだ。

「わかりました。私たちはひとまずホワイトムーン王国へ戻ろうと思います。そのついでに種を植えていきましょう。それとこの町も、どこかに場所をいただければ私が植えようと思います」
「ありがとうございます!」

 ラージャ三世はそう言って再び頭を下げた。

 と、そのとき突然扉が乱暴にノックされた。

「どうぞ」
「お話し中に失礼します! 魔物どもが大量発生し、こちらに向かって来ております!」
「えっ!?」
「なんだと!?」

 どういうことだろう? 私たちが戻ってきたときは魔物の気配すらなかったはずだが……。

◆◇◆

 私はビビをルーちゃんに任せ、会議室にやってきた。

「状況は?」
「はっ! 記録にない規模の巨大な魔物暴走スタンピードが発生しております。方角は全方位となります」
「全方位!? なぜ気付かなかったのだ!」
「前触れもなく突然魔物が大量に現れたとの報告を受けております」
「なんだと? そんな馬鹿なことがあるものか!」

 ラージャ三世が声を荒らげているが、報告をしている兵士の人を怒鳴ってもしかたがない。

「あの」

 私が止めようと声を掛けると、ラージャ三世と兵士の人はまるでシンクロしているかのように同時に顔をこちらに向けてきた。

「ええと、とりあえず魔物が向かってきているんですよね?」
「はい。そのとおりでございます」
「じゃあ、どうして魔物が現れたのに気付かなかったのかはさておき、まずはどうやって町の人たちを守るかを考えたほうがいいと思うんですけど……」
「む……そうですな、聖女様」

 ラージャ三世は少し冷静さを取り戻してくれたようだ。

「ふむ。考えられる魔物の種類と数は? それと接敵までにどの程度時間がある?」
「はっ! 数は不明ですが、見張り塔からの報告によりますと見渡す限り地平線の彼方まで魔物で埋めつくされている、とのことです。魔物の種類は様々ですので混成魔物暴走スタンピードとなります。ただ、南から来る魔物の中にはオーガが、東からのものにはトレントが多数含まれていることが確認されております。そのため過去の事例に照らし合わせますと、この規模の魔物暴走スタンピードであればグレートオーガやエビルトレントがいる可能性が高いと推測されております。また、接敵まではあと二時間ほどと予想されます」
「なんだと!? まさかそのような魔物まで……」

 ラージャ三世は沈痛な面持ちでそうつぶやき、他の重鎮たちも一様に暗い表情となった。だが、別に悲観する必要はない。

「グレートオーガは問題ありません。アイロールでも倒していますし、エビルトレントは……シズクさん、どうでしょう?」
「遅れを取るつもりはないでござるよ」

 シズクさんはそう言うと右の手のひらを上に向けて腕を突き出し、その上に【狐火】の青白い炎を灯らせた。

「そうですか。ならば私たちが前に出ます。とはいえ、複数の場所を一度に守るのはできないですから、兵士の皆さんは魔物たちが町に来ないように押しとどめてもらえますか?」
「聖女様が前に出られるのですか?」
「危険です!」
「御身に万が一のことがあれば!」

 重鎮らしい人たちが一斉に反対してくるが、このまま放っておけば町に甚大な被害が出るのは間違いない。

「じゃあ、どうすればいいと思うんですか?」
「う……」
「それは……」
「み、皆で力を合わせ、グリーンクラウド王国の誇りにかけ……」

 ……どうやら頑張る以外の対策はないようだ。

「つまり、作戦はないと?」
「それは……その……」
「なら、私の案でいいですよね?」
「う……」

 重鎮たちはそのまま押し黙る。

「う、うむ。意見はないようだな。残念だが、我々にそれほどの魔物の群れを撃退する力はない。ここは聖女様と聖剣の担い手たちの支援に徹し、町を防衛する。良いな?」

 ラージャ三世の決定に、重鎮たちは渋々と言った表情ではあるもののうなずいたのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...