勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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聖女の旅路

第十三章第49話 種泥棒と抗議

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 私たちが食事を終えたあともお城の周りでの抗議は続いていたようだが、おやつの時間になるころには騒ぎも聞こえてこなくなった。

 なんでもラージャ三世が自ら群衆の前に出ていって、犯人の逮捕と罪人に対して厳正な処罰を下すことを約束することで彼らを納得させたそうだ。

 この抗議活動を受けてラージャ三世はこの事件の捜査の優先度をかなり上げたらしく、もう夕方になるというのにお城の中がかなり騒がしくなっている。というのも、ラージャ三世直属の兵士たちが少しでも関係のありそうな部署に強制捜査を行っており、そこかしこで悲鳴や怒声が聞こえてきているのだ。

 私が滞在しているのは客間なのでそういった政治的なものとは隔離されているが、吸血鬼は耳がいいのでどうしても聞こえてしまう。

「そろそろ出発したほうがいいですかね?」
「はい。明日にでも出発するのがよろしいかと思います。このままここに留まれば、嫌でもこの事件に巻き込まれることになるでしょう」
「分かりました。そうしましょう。あ! でもその前に色々とスパイスを買い込みませんか?」
「さんせーですっ! それにビビちゃんのフルーツとお肉も買わないとですっ!」
「そうですね。だから出発は明後日の朝にしましょう」
「かしこまりました。それでは手配をして参ります」

 そう言うと、クリスさんは部屋を出ていくのだった。

◆◇◆

 そうして翌日は市場に買い物に出掛け、様々なスパイスと食材を買い込むことができた。市場の人たちは私が聖女だと知っており、タダで譲ってくれようとしたのだが、相手は個人でやっている小さなお店だ。国や貴族、大富豪ならまだしも、小さな個人商店からお金も払わずに商品を巻き上げるなどできるはずもない。

 きっちり定価を支払ったのだが、そのお礼(?)にと、なんとカレーの作り方を教えてもらった。きちんとレシピもメモしたので、これで私たちはいつでもカレーを食べられる。

 さて、そんな充実したショッピングを終え、夕食をいただこうと食堂に向かって歩いていた私たちの前に一人の男が飛び出してきた。

「聖女様! 申し上げたいことがございます!」
「おい! 貴様! 聖女様の行く道を遮るなど!」

 案内役の兵士の人がそう怒鳴り、近くにいた警備の兵士たちも駆け寄ってくる。そして男をあっという間に拘束し、両手両足を四人でそれぞれ持って持ち上げるとそのまま連行していった。男はなんとか拘束を振りほどこうともがいているが、両手両足が伸びた状態で持ち上げられているため、どうしようもないようだ。

 ……なんというか、巨大な芋虫が運ばれているみたいでとんでもなくシュールな光景だ。

 ただ、なんとなく何を伝えたかったのかは気になるね。

 私は彼らの後を追いかけようとしたが、案内の男に呼び止められる。

「聖女様? 食堂はそちらではございません」
「いえ、先ほどの人が気になったので話を聞いてみようかと思いまして」
「え? ですが……」
「ちょっと話をしたいだけです。ダメでしょうか?」
「……かしこまりました。手配いたしますので、今は食堂にて晩餐をお楽しみください。陛下がお待ちです」

 なるほど。たしかにラージャ三世を待たせるのも失礼だろう。

「わかりました」

 こうして私はラージャ三世の待つ食堂へと向かうのだった。

◆◇◆

 食堂に行くと、すでにラージャ三世とマリヤムさんが私たちを待っていた。

「すみません。少し遅くなりました」
「いえいえ、我々も今来たところです」
「ありがとうございます。実は――」

 私は来る途中で何かを私に直訴しようとした男の話をした。

「そのような者が……ご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません」
「いえ、それよりどうにも気になるので話を聞いてみたいんですけど……」

 するとラージャ三世は眉間にしわを寄せ、少し悩んだ素振りを見せた。

「……では今から話を聞きに行ってみませんか?」
「いいんですか?」
「もちろんです」

 ラージャ三世はそう言うと、控えていたメイドさんと警備兵に命令を出した。

「食事は一旦止めるように厨房に伝えろ。それからそこのお前、今すぐに連行した者の確認に向かう。ついて参れ」

 それからマリヤムさんに向かって優しく声をかける。

「マリヤム、すまぬが――」
「ええ、分かっていますよ。部屋に戻っていますね」
「うむ」

 こうして私たちは取調室に向かうのだった。

◆◇◆

 ラージャ三世に連れられ、私はクリスさんとシズクさんと一緒に取調室にやってきた。ルーちゃんは興味がないとのことなので、そのまま食堂でマリヤムさんと夕食をとっている。もちろんビビにもたっぷりのフルーツとお肉が用意されており、ルーちゃんと一緒に食事中だ。

 さて、この取調室だが、見たところ鉄格子ではないというだけで構造はまるっきり地下牢だ。窓もなく、明かりは松明の火のみというなんとも劣悪な環境となっている。そんな場所にラージャ三世と私が現れたのだから、担当の兵士たちは腰を抜かして驚いた様子だ。

「へ、陛下!? 聖女様まで!? 一体どうなさったのですか?」
「先ほど、聖女様の道を遮って直訴しようとした者が連れてこられたはずだ。その者は
どこだ?」
「え? 先ほど? いえ、そのような者は来ておりません」
「なんだと!?」
「陛下、こちらに本日取調を行った者のリストがございます」

 兵士の一人が書類の束をラージャ三世に差し出した。

「留置しているのは一人だけですが、その罪は陛下のお命じになられた捜査の際、近衛兵に抵抗したというものです」
「なんと……では連行された者はどこに行ったのだ?」
「それは私どもではなんとも……」
「だが聖女様が仰っているのだぞ?」
「それでしたら取調室の中をご確認ください」
「うむ。そうさせてもらうぞ」
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