70 / 227
第二章
第70話 びしょ濡れになりました
しおりを挟む
あれ以来、物がなくなったり落書きをされたりといった嫌がらせを受けることはなくなりました。
アリアドナさんがビシッと言ってくれたおかげかもしれませんし、物が収納の中に入っているので嫌がらせがそもそもできなくなったからかもしれません。
もちろん【収納】のことがバレるかもしれないと思うと少し怖くはあります。でもツェツィーリエさんの旦那さんも【収納】を持っているみたいですし、この国なら奴隷にされることはないですよね?
そんなこんなであの会食から二週間が経ちました。今日はついに魔術実習の授業です。
今回はそれぞれの属性に合わせて初歩の魔術を使ってみるというものです。といってもこの学園に来ている時点で適性属性の魔術は使えるはずですから、設備の使い方を学ぶのが目的みたいです。
いくつかのグループに分かれているのですが、あたしは火属性ということになっているので火属性のグループに振り分けられています。
話したことのある人が誰もいないしヴィーシャさんとリリアちゃんも別のグループなのでちょっと不安ですが、きっと順番を守っていれば大丈夫ですよね?
「あのさ。君、特待生のローザさんだったよね?」
「え? あ、はい。そうです」
従魔科の制服を着た知らない男子生徒に声を掛けられました。
「ローザさんって、ものすごく強力な魔術を使えるんでしょ?」
「え? い、いえ。そんなことは……」
「だって、炎で入試の的を破壊したんでしょ? 有名だよ?」
「あ、えっと……」
どうしましょう。あたしのあれは違うんですけど……。
「だからさ。お手本を見せると思ってさ」
あ、あたしがお手本ですか?
ううん。なんだかそんな風に言われると悪い気はしませんね。
「わかりました」
「ありがとう。じゃあ、そこの地面に描かれた線のところが定位置だから」
そう言って男の子は少し先の地面に線が引いてある場所を指さしました。
「はい」
意外と的に近いですね。でも、最初はこんな感じのところから始めるんですかね?
あたしは線のところまに立ちました。
えへへ。一番手だなんて緊張しますね。
やることは簡単で、ちょっと離れた場所にある的に火の玉を出して当てるだけです。そうするとその魔術がどれくらい上手くできているのかを自動的に採点してくれて、うまくできていたら緑色に光るらしいんですよ。
なんだかちょっと楽しみですね。
えっと、炎弾は使っちゃダメですもんね。ちゃんと習ったとおりにやりましょう。
あたしは予習してきた詠唱をして魔術を構築していきます。
と、そのときでした。
大量の水があたしの横から浴びせられました。
「え? な、なに!?」
「あら、ごめんあそばせ? でもわたくしが魔術を使おうとしていたところに入ってきたのがいけないんですわよ?」
バラサさんです。今、絶対わざと水をかけましたよね?
「な、な……」
あたしは前に出て魔術を使うようにと言ってきた男子生徒をじろりと睨みました。
きっと、バラサさんに水を掛けさせるためにわざとやりましたね!?
そう思ったのですが、彼は顔を真っ青にしています。
あ、あれ? わざとじゃないんですか?
じゃあこの人が!
「ひ、人がいるところに魔術を撃ってはいけないと先生が仰っていました」
あたしはバラサさんに抗議をしますが、バラサさんはどこ吹く風です。
「あら、わたくしの射線上に勝手に入ってきたあなたが悪いのですわ。撃ってしまった魔術は止められませんのよ?」
「あたしは動いていないじゃないですか!」
「あら、わたくしが嘘を言っているとでも?」
そう言ってバラサさんはバサリと大きな音を立てて扇を広げると口元を隠しました。
こ、このっ!
「一体何の騒ぎですか?」
あたしが反論しようとしたところで騒ぎに気付いた先生がやってきました。ひょろりとしていて少し神経質そうな感じの男の先生です。
「あ! 先生。聞いてください。バラサさんがあたしに水の魔術をぶつけてきたんです!」
「あら、濡れ衣ですわ。わたくしが使った水の魔術にこの女が当たりに来たのですわ」
「……ローザ君。魔術の実習では何が起こるか分からない。きちんと周囲に気を付けなさい」
「え?」
「いいかい? たとえローザ君に非が無くても攻撃魔術が当たれば怪我をするし、下手をすれば命を落とすかもしれないんだ。それに、ローザ君はなぜその線の上に立っているのかい?」
「ええっ?」
「その線は射程の短い魔術の練習をするときに立つ場所だ。本来の線はあちらだ」
「だ、だって! あたしはこの線のところからやれってあの人に」
「ほう?」
先生が従魔科の彼をじろりと見ました。
「す、すみません。知らなくて……」
「君は後で職員室に来なさい」
「……はい」
顔面蒼白の彼はそう言って俯いてしまいました。
「それからイングリー君。魔術を使うときは射線の近くに人がいないかをきちんと確認しなさい。慣れていたとしても集中しきれなければ思ってもみない方向に飛んでいくこともある」
「ご忠告、痛み入りますわ」
ええっ? な、なんで人がいるのに撃ったバラサさんが怒られないんですか?
そりゃあ、あたしが立っていた場所も悪かったかもしれないですけど……。
バラサさんはパチンと音を立てて扇を畳むと、一瞬だけニタリと笑いました。
このっ! 絶対に……わざとですよね?
「それからローザ君。びしょ濡れのその恰好は良くない。早く着替えてきなさい」
「え?」
そう言われて自分の格好に気付きました。濡れたせいで服が張り付いていて、体のラインがくっきりとでてしまっています。
「あっ」
あたしは慌ててマントを閉じて前を隠しましたが、他の男子生徒のいやらしい視線はすでにあたしの胸に集中していました。
ううっ。は、恥ずかしい!
「ほら、早く行きなさい」
「……はい」
こうしてあたしの最初の演習は終わったのでした。
==============
次回「第71話 話し合いをしました」の更新予定は通常通り、2021/05/29(土) 20:00 を予定しております。
アリアドナさんがビシッと言ってくれたおかげかもしれませんし、物が収納の中に入っているので嫌がらせがそもそもできなくなったからかもしれません。
もちろん【収納】のことがバレるかもしれないと思うと少し怖くはあります。でもツェツィーリエさんの旦那さんも【収納】を持っているみたいですし、この国なら奴隷にされることはないですよね?
そんなこんなであの会食から二週間が経ちました。今日はついに魔術実習の授業です。
今回はそれぞれの属性に合わせて初歩の魔術を使ってみるというものです。といってもこの学園に来ている時点で適性属性の魔術は使えるはずですから、設備の使い方を学ぶのが目的みたいです。
いくつかのグループに分かれているのですが、あたしは火属性ということになっているので火属性のグループに振り分けられています。
話したことのある人が誰もいないしヴィーシャさんとリリアちゃんも別のグループなのでちょっと不安ですが、きっと順番を守っていれば大丈夫ですよね?
「あのさ。君、特待生のローザさんだったよね?」
「え? あ、はい。そうです」
従魔科の制服を着た知らない男子生徒に声を掛けられました。
「ローザさんって、ものすごく強力な魔術を使えるんでしょ?」
「え? い、いえ。そんなことは……」
「だって、炎で入試の的を破壊したんでしょ? 有名だよ?」
「あ、えっと……」
どうしましょう。あたしのあれは違うんですけど……。
「だからさ。お手本を見せると思ってさ」
あ、あたしがお手本ですか?
ううん。なんだかそんな風に言われると悪い気はしませんね。
「わかりました」
「ありがとう。じゃあ、そこの地面に描かれた線のところが定位置だから」
そう言って男の子は少し先の地面に線が引いてある場所を指さしました。
「はい」
意外と的に近いですね。でも、最初はこんな感じのところから始めるんですかね?
あたしは線のところまに立ちました。
えへへ。一番手だなんて緊張しますね。
やることは簡単で、ちょっと離れた場所にある的に火の玉を出して当てるだけです。そうするとその魔術がどれくらい上手くできているのかを自動的に採点してくれて、うまくできていたら緑色に光るらしいんですよ。
なんだかちょっと楽しみですね。
えっと、炎弾は使っちゃダメですもんね。ちゃんと習ったとおりにやりましょう。
あたしは予習してきた詠唱をして魔術を構築していきます。
と、そのときでした。
大量の水があたしの横から浴びせられました。
「え? な、なに!?」
「あら、ごめんあそばせ? でもわたくしが魔術を使おうとしていたところに入ってきたのがいけないんですわよ?」
バラサさんです。今、絶対わざと水をかけましたよね?
「な、な……」
あたしは前に出て魔術を使うようにと言ってきた男子生徒をじろりと睨みました。
きっと、バラサさんに水を掛けさせるためにわざとやりましたね!?
そう思ったのですが、彼は顔を真っ青にしています。
あ、あれ? わざとじゃないんですか?
じゃあこの人が!
「ひ、人がいるところに魔術を撃ってはいけないと先生が仰っていました」
あたしはバラサさんに抗議をしますが、バラサさんはどこ吹く風です。
「あら、わたくしの射線上に勝手に入ってきたあなたが悪いのですわ。撃ってしまった魔術は止められませんのよ?」
「あたしは動いていないじゃないですか!」
「あら、わたくしが嘘を言っているとでも?」
そう言ってバラサさんはバサリと大きな音を立てて扇を広げると口元を隠しました。
こ、このっ!
「一体何の騒ぎですか?」
あたしが反論しようとしたところで騒ぎに気付いた先生がやってきました。ひょろりとしていて少し神経質そうな感じの男の先生です。
「あ! 先生。聞いてください。バラサさんがあたしに水の魔術をぶつけてきたんです!」
「あら、濡れ衣ですわ。わたくしが使った水の魔術にこの女が当たりに来たのですわ」
「……ローザ君。魔術の実習では何が起こるか分からない。きちんと周囲に気を付けなさい」
「え?」
「いいかい? たとえローザ君に非が無くても攻撃魔術が当たれば怪我をするし、下手をすれば命を落とすかもしれないんだ。それに、ローザ君はなぜその線の上に立っているのかい?」
「ええっ?」
「その線は射程の短い魔術の練習をするときに立つ場所だ。本来の線はあちらだ」
「だ、だって! あたしはこの線のところからやれってあの人に」
「ほう?」
先生が従魔科の彼をじろりと見ました。
「す、すみません。知らなくて……」
「君は後で職員室に来なさい」
「……はい」
顔面蒼白の彼はそう言って俯いてしまいました。
「それからイングリー君。魔術を使うときは射線の近くに人がいないかをきちんと確認しなさい。慣れていたとしても集中しきれなければ思ってもみない方向に飛んでいくこともある」
「ご忠告、痛み入りますわ」
ええっ? な、なんで人がいるのに撃ったバラサさんが怒られないんですか?
そりゃあ、あたしが立っていた場所も悪かったかもしれないですけど……。
バラサさんはパチンと音を立てて扇を畳むと、一瞬だけニタリと笑いました。
このっ! 絶対に……わざとですよね?
「それからローザ君。びしょ濡れのその恰好は良くない。早く着替えてきなさい」
「え?」
そう言われて自分の格好に気付きました。濡れたせいで服が張り付いていて、体のラインがくっきりとでてしまっています。
「あっ」
あたしは慌ててマントを閉じて前を隠しましたが、他の男子生徒のいやらしい視線はすでにあたしの胸に集中していました。
ううっ。は、恥ずかしい!
「ほら、早く行きなさい」
「……はい」
こうしてあたしの最初の演習は終わったのでした。
==============
次回「第71話 話し合いをしました」の更新予定は通常通り、2021/05/29(土) 20:00 を予定しております。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
905
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる