テイマー少女の逃亡日記

一色孝太郎

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第四章

第四章第17話 帰ることになりました

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 ローザに見送られて屋外に出たラダは、そのまま真っすぐに湖畔へとやってきた。そこには二十人ほどの騎士が集まっており、その中には警備隊の隊長もいる。ラダは隊長に向かって敬礼した。

「護衛騎士ラダ・ロスカ、参りました」
「うむ。ゴブリンどもは数匹、多くとも十匹ほどの集団で昨晩から散発的にこちらへと向かってきている。レジーナお嬢様、ローザお嬢様、リリアお嬢様のいる場所へゴブリンどもを近づけるわけにはいかない。そこで貴君にはゴブリンどもの誘引を頼みたい」
「はっ!」

 ラダは短く答えると、そのまま配置の説明を受ける。

「では行け!」
「はっ!」

 ラダは再び短く答えると、同僚の騎士たちとともに凍った湖の上へと歩み出た。相変わらずの吹雪ではあるものの、視界がまったくないというわけではない。

 そんな中、ゆっくりと凍った湖面を中央へと向かって歩き始める。

 すると遠くのほうから五匹ほどのゴブリンが現れた。

 だがゴブリンは明らかに弱っているようで、その足取りもおぼつかない様子だ。だがまるで何かに引き寄せられるかのようにコテージを目指してふらふらと歩いていく。

 ラダたちは迎え撃とうと剣を抜くが、ゴブリンたちはまるでラダたちのことなど眼中にないといった様子でコテージのほうへと歩いていく。

「え?」
「なん……だと?」
「女を、無視した?」
「そんな馬鹿な! アレはゴブリンだぞ!?」

 騎士たちはあり得ないその光景に一瞬固まるが、すぐさま我に返ってゴブリンたちを始末した。

 すると一人の騎士がなんとも言いづらそうにしつつも、ラダに声をかける。

「ラダ、その……」
「この作戦には効果がなさそうです。急ぎ戻りましょう」

 ラダは表情を一切変えず、事務的にそう答えたのだった。

◆◇◆

「なんだと? ゴブリンどもがラダを無視した?」
「はい」
「そうか……」

 隊長は神妙な面持ちでじっと何かを考え始める。

「……そうだな。護衛騎士ラダ、手を煩わせてすまなかったな。貴君は現状をお嬢様にお伝えしろ。我々はゴブリンをおびき寄せる何かがないか、周囲と他のコテージを捜索する」
「はっ!」

 こうしてラダは囮の任務を終え、ローザたちの滞在しているコテージへと戻るのだった。

◆◇◆

「そう、そのようなことが……」

 ラダの報告を受けたレジーナは険しい表情を浮かべた。

「現在、隊長を初めとする騎士たちが総出でゴブリンを誘引するような不審物を探しております」
「……」

 ラダの言葉にレジーナはさらに眉間にしわを寄せた。

「お嬢様?」
「……どうしてこのコテージを調べないのです?」
「えっ?」

 レジーナの問いがよほど意外だったのか、ラダは思わず問い返した。するとレジーナは小さくため息をついた。

「一番怪しいのはこのコテージでしょう? もっと言うならわたくしたちではなくて?」
「で、ですが……」
「わたくしたちが来るまでに、騎士たちは徹底的にゴブリンの駆除をしたのでしょう?」
「はい。そう聞いております」
「にもかかわらず、またゴブリンがやって来た。しかも女であるお前を無視してこちらを目指している。となればわたくしたちの荷物に何かが紛れこんでいると考えるのが妥当なのではなくて?」
「そ、それは……」

 ラダが返答に窮していると、レジーナは小さくため息をついた。

「まあ、いいですわ。それでゴブリンどもは?」
「今にも死にそうなゴブリンどもがフラフラと向かってきているのみです。数も多くはありません」
「そう。分かりましたわ。ならば天候が回復し次第、領都に戻りますわよ」
「かしこまりました」
「それと、ゴブリンどもが来たことは、ローザとリリアには秘密にしておきなさい」
「はっ」

 ラダは敬礼すると、機敏な動作でレジーナのいるリビングを後にした。すると入れ替わるようにローザとリリアが入ってきた。リリアの手には茶器の載せられたお盆がある。

「あの、レジーナ様」
「ローザ、リリア、どうしたのかしら?」
「はい。あたしたち、お茶を淹れてみたんです。その、良かったら……」
「ええ、いただくわ。こっちへいらっしゃい」

 レジーナは優しくほほ笑むと、ローザとリリアをテーブルに招くのだった。

◆◇◆

 それから吹雪はどんどん強くなって、吹雪が止むまでになんと五日間もかかってしまいました。

 その間、ものすごく雪が積もってユキの作ってくれた雪像も埋まってしまいました。騎士さんたちが毎日雪かきをしてくれているおかげで道を歩くことはできるんですけど、せっかくの雪像が見えなくなってしまったのは残念です。

 ただ、もっと残念なことがあるんです。なんとあたしたち、もう帰らないといけなくなってしまったんです。

 これ以上雪が積もると道が通れなくなって、春までここに閉じ込められてしまうかもしれないんだそうです。

 そうなると魔法学園の新学期に間に合わなくなってしまいます。

 あたしたちは魔法学園の生徒ですからね。もっと遊びたいですけど仕方ありません。遊ぶより授業を受けるほうが大事ですから。

 でもですね? 冬の遊び、とっても楽しかったです。特に氷穴釣りはたくさん釣れて楽しかったので、またやりたいです。

 レジーナさんの義妹にしてもらえば、きっとまた連れてきてもらえますよね?

 あ、そうそう。それとですね。今回はゴブリン、一匹も出なかったみたいですよ。

 なんだか安心しました。前はひどい目に遭っちゃいましたけど、きっとあたしたちが来る前に騎士さんたちが頑張って駆除してくれたおかげですね。

 はぁ。それにしても、ゴブリンなんて考えただけでもイヤな気分になります。女の人を無理やり襲って子供を産ませるなんて、最低だと思いませんか?

 あーあ、ゴブリンなんてこの世からいなくなればいいのに。

◆◇◆

 ここはどこかの部屋の中。窓のない薄暗い室内を一本のロウソクの明かりがぼんやりと照らしている。

 そんな部屋の隅には一台の大きなベッドが置かれており、その上にはまるで奴隷のようなボロボロの衣服をまとう一人の女性がその身を横たえていた。彼女の首には金属製の首輪のようなものが嵌められており、両手両足はそれぞれ鎖でベッドの四隅に繋がれている。

 そんな部屋の唯一の出入り口である重たい鉄製の扉が大きな音を立てながら開くと、一人の男が入ってきた。

「どうですか? そろそろ観念する気になりましたか? 反逆者オフェリア・ピャスク」
「……レオシュ」

 オフェリアは顔を入口のほうへと向け、入ってきたレオシュのほうをにらみつけた。

「殿下、が抜けていますよ?」
「……何が殿下だ。ハプルッセン帝国と聖ルクシア教を招き入れ、クーデターを起こした貴様らこそが反逆者だろう!」

 オフェリアは語気を強めるが、レオシュはどこ吹く風といった様子だ。

「ふふふ、今の貴女にそのように睨まれても、ね」

 するとオフェリアはレオシュに蔑みの目を向ける。

「こんなことをしないと女も抱けない男が王族を名乗るとはな。情けない」

 その言葉にレオシュの顔は真っ赤になり、オフェリアの上に馬乗りとなった。

「貴様! 立場を分からせてやる! 魔術を封じられた貴様などただの女だ!」

 そう叫んだレオシュはオフェリアの服を力づくで破り捨て、そして……。

◆◇◆

「どうした? 満足したのか? 女を鎖で繋がなければ抱けないとは、つくづく哀れな男だな」

 満足げな表情を浮かべてベッドサイドに座るレオシュに対し、オフェリアは再び馬鹿にしたような口調でそう言った。

「っ!」

 レオシュは顔を真っ赤にし、動けないオフェリアの頬を叩いた。パチーン、という音が狭く薄暗い部屋に響き渡る。

「ふっ。今度は暴力か? 本当にどうしようもないな」

 するとレオシュは再び右手を振り上げ、オフェリアの頬を叩いた。だがそんなレオシュをオフェリアは心底見下したような目でじっと見ている。

「こ、このっ! なんだその目は!」

 するとオフェリアは馬鹿にしたかのような笑みを浮かべる。

「ぐっ! だ、だが……貴様の胎はいずれこの俺に負けるのだ」
「ふん。まるでゴブリンだな」
「なんだと! 俺がゴブリンと同じだというのか!? あんな下等生物と!」

 顔を真っ赤にしたレオシュは唾を飛ばしながら必死に反論し、再びオフェリアの頬を叩こうと手を振り上げた。オフェリアはそれを冷ややかな目で見つめている。

「こ、このっ!」
「どうした? 叩かないのか?」

 するとレオシュは怒りを飲み込んだのか、はたまた自身の優位を再認識したのか、入室時のような見下した表情を作る。

「まあいい。いずれガキを孕んでも同じことが言えるかな? ハハハハハ」

 レオシュはそう言うと、高笑いをしながら部屋を出ていき、オフェリアは表情を変えずにそれを見送った。しかしすぐに悲し気な表情を浮かべ、小さな声でつぶやく。

「子を授かる、か。それができるならどれほど……」
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