104 / 107
87 10年後
しおりを挟む今も皆の心に鮮明に残る一人の女性の死。
俺が崇拝し敬意を払う、尊いあのお方…。
父上と共に反逆者として処刑されるはずだった俺達に帝国で生きる選択を与え、俺にディモルト男爵の爵位を譲り男爵領を領民を託し任せてくれた。
「当主様ー」
笑顔で手を振るのは、当時はまだ幼かったルシー。
あの日、ルシーが突然奇声をあげて叫び倒れた。一週間眠り続け、目を覚ましたルシーは涙を流しながら話した。
『おねえちゃんが、おねえちゃんが…、しん、じゃっ、た……』
ルシーが言うおねえちゃん、それが誰を指しているのかは分かった。
『とうしゅさま、わたし、つたえなきゃ。おにいさまにつたえなきゃいけないの。おねえちゃんからでんごんをたのまれたの』
『伝言?』
『そう。おにいさまをしなせないためのでんごん。わたしのちからはかみさまがこのためにさずけたものなんだって。おねえちゃんのおにいさまがしんだらこのよはおわる、そうかみさまがいったの』
『そのお兄様って誰なんだい?』
『くろいかみでくろいひとみをもつひと』
黒い髪で黒い瞳、まさか!皇帝陛下か?
『そのひとかならずここによるの。おねえちゃんとのおもいでのとちだから。みずうみをみにくる』
『あの干からびた湖を?』
『とうしゅさま、みずうみはひからびてないよ』
ルシーの言葉に直ぐに使いを出した。
『おねえちゃんのしをかなしんだひとたちのなみだでたまったの……』
そう言うとルシーはまた眠った。
使いが戻ってきた時、信じられない事が起こっていた。湖には水がたまり、周りの木々は青々とした葉を付けていた。
一週間で枯れ木が葉を付ける訳がない。
それに干からびた湖が一週間で戻る訳がない。
元々住んでいた者に聞くと、元の湖の大きさではないけど、20年前くらいと同じ大きさだと言う。景色も20年前くらいと同じだと。
信じられないが信じるしかない奇跡。そしてその奇跡を起こしたのはきっと…。
ルシーが目を覚まし俺はルシーを抱っこして湖にやって来た。
目の前に広がるのはキラキラと光る水面。青々と茂る木々。鳥のさえずり。
ここに着いた時に見た湖とは思えないこの場所は皆の心を癒やした。元々住んでいた領民は涙を流し、子爵領の領民は天女が舞い降りそうなこの景色に涙した。
俺も自然と涙が流れた。
言葉に上手く出来ないが、何か安心感を与えてくれているような、そう、子供の頃母上に抱きしめられたような感覚だった。
『とうしゅさま、おにいさまはいつくるの?』
『それは俺にも分からないよ。もしここに立ち寄らなかったら必ずなんとしても会えるようにするから』
『うん』
俺は高額をはたいて情報屋雇い、もう帰る事は出来ない祖国の情報を仕入れてもらった。
あの日、尊いあの方の処刑があった日、王宮と王都では対照的だった。まさに明暗。
王宮では祝賀パーティーを思わせるお祝いの宴が催された。
王都は暗闇。いつもなら遅くまで人々が行き来し、酔っぱらいが騒ぐ。あの日、店は閉まり書き入れ時の酒場も店を閉め、明るい王都の街から光が消えた。
王宮の華やかな光は闇の中で鮮やかに光り、きらびやかに着飾った貴族達、聞こえてくるのは楽器の音色、笑い声。
この国の貴族が一同に集まるこの日、王都を護る騎士は王宮の警備に回された。
暗闇を進む軍隊に誰も気付かない。いや、王都に暮らす人達は気付いても気付かないふりをした。
尊いあのお方の仇をとってと
王宮では楽しい宴の途中
「陛下、皇帝陛下がお見えになりました」
「お通ししろ」
騎士の静止も虚しく皇帝陛下はズカズカと宴の会場へ足を踏み入れた。
「国王、これは楽しそうな宴だな」
「皇帝陛下もご一緒にどうでしょうか」
「そうだな。あぁ、書簡の返答だが」
「こちらもお目にして頂きたいものが」
床に捨て置かれていたのは一人の女性の亡骸。
ある人は食べ物を投げ、ある人はグラスの水を浴びせた。そしてある人は足蹴にした跡が生々しく残っていた。
胴体とはかけ離れた所にある頭。
「そこに転がっている第二夫人の亡骸で手打ちにして頂きたい」
「ほう、第二夫人とな。そうか」
皇帝は黒い悪魔の如く国王の隣に座る女性の首を一太刀で躊躇いなく落とした。
「なっ!なんて事を!私の妻、王妃に何をする!」
「ほう、第二夫人がいつ王妃になった。それに我は言ったはずだ。
《約束は違えた。もし貴殿が忘れていてもだ。我はお主の首と第二夫人の首を奪う》
とな」
皇帝は自身が纏う帝国の紋章入りのマントを脱ぎ胴体と頭、離れた亡骸を包んだ。愛おしそうに抱きしめて悲しみの顔をマントに埋めた。
「ジルと言ったな、抱えていろ。床につける事は許さぬ。何があっても護りぬけ。穢れたものを見せず聞かせるな」
「はい」
亡骸を任された男は胡座をかき自身の膝の上にマントに包まれた亡骸を寝かせ、自身の体を亡骸に被せ盾にした。そして頭を自身の胸に抱きしめた。
もう何も見るな、何も聞くなと
亡骸を抱く男から一筋の涙が伝った。
104
あなたにおすすめの小説
本物の『神託の花嫁』は妹ではなく私なんですが、興味はないのでバックレさせていただいてもよろしいでしょうか?王太子殿下?
神崎 ルナ
恋愛
このシステバン王国では神託が降りて花嫁が決まることがある。カーラもその例の一人で王太子の神託の花嫁として選ばれたはずだった。「お姉様より私の方がふさわしいわ!!」妹――エリスのひと声がなければ。地味な茶色の髪の姉と輝く金髪と美貌の妹。傍から見ても一目瞭然、とばかりに男爵夫妻は妹エリスを『神託の花嫁のカーラ・マルボーロ男爵令嬢』として差し出すことにした。姉カーラは修道院へ厄介払いされることになる。修道院への馬車が盗賊の襲撃に遭うが、カーラは少しも動じず、盗賊に立ち向かった。カーラは何となく予感していた。いつか、自分がお払い箱にされる日が来るのではないか、と。キツい日課の合間に体も魔術も鍛えていたのだ。盗賊たちは魔術には不慣れなようで、カーラの力でも何とかなった。そこでカーラは木々の奥へ声を掛ける。「いい加減、出て来て下さらない?」その声に応じたのは一人の青年。ジェイドと名乗る彼は旅をしている吟遊詩人らしく、腕っぷしに自信がなかったから隠れていた、と謝罪した。が、カーラは不審に感じた。今使った魔術の範囲内にいたはずなのに、普通に話している? カーラが使ったのは『思っていることとは反対のことを言ってしまう魔術』だった。その魔術に掛かっているのならリュートを持った自分を『吟遊詩人』と正直に言えるはずがなかった。
カーラは思案する。このまま家に戻る訳にはいかない。かといって『神託の花嫁』になるのもごめんである。カーラは以前考えていた通り、この国を出ようと決心する。だが、「女性の一人旅は危ない」とジェイドに同行を申し出られる。
(※注 今回、いつもにもまして時代考証がゆるいですm(__)m ゆるふわでもOKだよ、という方のみお進み下さいm(__)m
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
【完結】義妹(ヒロイン)の邪魔をすることに致します
凛 伊緒
恋愛
伯爵令嬢へレア・セルティラス、15歳の彼女には1つ下の妹が出来た。その妹は義妹であり、伯爵家現当主たる父が養子にした元平民だったのだ。
自分は『ヒロイン』だと言い出し、王族や有力者などに近付く義妹。さらにはへレアが尊敬している公爵令嬢メリーア・シェルラートを『悪役令嬢』と呼ぶ始末。
このままではメリーアが義妹に陥れられると知ったへレアは、計画の全てを阻止していく──
─義妹が異なる世界からの転生者だと知った、元から『乙女ゲーム』の世界にいる人物側の物語─
見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい
水空 葵
恋愛
一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。
それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。
リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。
そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。
でも、次に目を覚ました時。
どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。
二度目の人生。
今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。
一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。
そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか?
※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。
7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m
妹に婚約者を奪われたけど、婚約者の兄に拾われて幸せになる
ワールド
恋愛
妹のリリアナは私より可愛い。それに才色兼備で姉である私は公爵家の中で落ちこぼれだった。
でも、愛する婚約者マルナールがいるからリリアナや家族からの視線に耐えられた。
しかし、ある日リリアナに婚約者を奪われてしまう。
「すまん、別れてくれ」
「私の方が好きなんですって? お姉さま」
「お前はもういらない」
様々な人からの裏切りと告白で私は公爵家を追放された。
それは終わりであり始まりだった。
路頭に迷っていると、とても爽やかな顔立ちをした公爵に。
「なんだ? この可愛い……女性は?」
私は拾われた。そして、ここから逆襲が始まった。
妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!
石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。
だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。
しかも新たな婚約者は妹のロゼ。
誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。
だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。
それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。
主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。
婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。
この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。
これに追加して書いていきます。
新しい作品では
①主人公の感情が薄い
②視点変更で読みずらい
というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。
見比べて見るのも面白いかも知れません。
ご迷惑をお掛けいたしました
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる