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10 ウォル視点
しおりを挟む「メアリの婚約者は俺だ」
俺は胸ポケットに入っている婚約の誓約書を見せた。俺達獣人には紙切れのようなものでも人には強力な誓約。
まだ子供の頃、メアリは親族の婚約パーティーに参加した。目をキラキラさせて俺に話したメアリの顔が可愛くて俺も叶えてあげたいと思った。父上に頼み誓約書を作ってもらい俺は自分の名を記した。
両家だけの誓約、それでも人のハーデス家にとってメアリにとって、これは紛れもない婚約の誓約書。
それがこういう形で功を奏した。
俺はメアリの婚約者だ
今メアリの気持ちがどこにあろうと誰を思おうと、それは堂々と言える。
獣人には婚約という概念がない。番、ただそれだけだ。
婚約や婚姻という形が獣人とは違う人に合わせたのはメアリの貴族令嬢としての立場やメアリの女性としての夢だからだ。
メアリを俺の恋人にした。それはメアリを人の輪から外した事になった。
獣人とは友人にはなれても恋人や夫婦はまた別の話だ。メアリの両親や俺の両親も初めは葛藤があったと思う。それでも俺達の気持ちを汲んでくれた。メアリと結婚をしようと決めた時、俺はガルフ長に何度も会いに行き説得をした。それでも良い返事は貰えなかった。何度も通いようやく許しを得た。父上が長に何度も説得に行ってくれていたのも知っている。
獣人だけじゃない、人だってそれは同じだ。メアリの友人達は俺が恋人と知ればメアリから離れていった。獣人と人、そこには壁があり越えてはいけないからだ。働き始めてようやく寛容になる。
同じ国に住む住人であっても獣人嫌い人嫌いは未だに存在する。邸の警護を獣人ではなく人の騎士で固める貴族も少数だがいるのは確かだ。
学生時代もうメアリは俺の恋人だった。メアリを遠巻きにする令嬢、興味本位で近付く令嬢、友と呼べる令嬢がいなくてもメアリはいつも真っ直ぐ前を向いていた。俺が手を離せばメアリは人の輪に入り令嬢達と仲良く過ごせた。それでもメアリの手を離す事だけは出来なかった。令嬢達と過ごせない代わりに俺が側に居続けた。
俺達の絆は固く結ばれてる。
俺は最後の賭けに出た。
「メアリ聞いてくれ。これが最後になっても良い。だから俺の話を聞いてほしい」
メアリは何も言わなかったが俺の顔を見てくれた。
「俺は獣と人を持つ獣人だ。魂の番、それはただ獣としてより良い種を、と言う事だけだ。でも俺は人の心を持つ。人にも一目で恋に落ちる事があるだろ?それでもその恋が愛に変わるかはまた別の話だ。愛は二人で積み重ね育んだ先に得られるものだからだ。
淡い恋が好きと言う好意になる。そこまでは一人でも出来る。でも愛し合うのは一人では出来ない。好きと言う好意をお互いが持ち、二人で過ごし二人で好きを積み重ね二人の心が好きで溢れ愛に変わる。
会いたいと思い、話したいと思い、思い浮かべて恋い焦がれる。会えたら嬉しく、話せば楽しく、眠る寸前まで思い、離れ難いと、また会える日を指折り数え、そうやって思いを積み重ねる。愛しいと思うからこそ触れたいと思い触れて欲しいと思う。初めはぎこちなく繋いだ手が自然にお互い手を繋ぎ、何度も様子を見ながらようやく口付けが出来、恥ずかしさが目が合うだけで分かるようになった。抱きしめた時はお互い胸の鼓動が相手に伝わるんじゃないかと思った。それでもいつしか抱きしめると抱きしめられると安心するようになった。お互いの温もりが心地良く、お互いがお互いの癒やしになり、嫌な事も疲れも全て浄化されるような、そしてまた頑張ろうと思えた。
そうやって俺達は積み重ね愛を紡いできただろ?
それは心だ、俺の心だ。俺は心を持つ獣人だ。心は育った環境、愛しい人、友、それらで形成されるものだ。俺自身はそれらで形成されたウォルと言う一人の男だ。
一人の男として俺が愛しているのはメアリだけだ。その心は魂の番にも消せるものじゃない。
皮肉なもんだがそれが分かったのが魂の番に会ってからだった。本来子孫を残せない獣人と人の人生は交わらない。それでも俺達は交わり愛し合った。これは俺達に課せられた試練だと思う。あの時あの場所で魂の番に会った事も、それにこれから俺達がどうお互いと向き合い、許し、どう歩んで行くのか、俺は神からの試練だと思う。
本来交わらない異種族の、お互いの覚悟を『示して見せてみよ』と、神が俺達に与えた試練だと俺は思う。
メアリが俺を許せないと拒絶し他人になると言うのなら、それも導かれた運命だ。
だが、
俺はこの試練をメアリと乗り越えたい。一緒に乗り越えてくれないか」
俺の真剣な思いは伝えた。
「……少し考えさせて」
「ああ、考えて答えを聞かせてほしい」
メアリは頷いた。
「少し庭を歩かないか?」
俺が歩き始めたらメアリは後ろから付いて来た。俺が少し早く歩けばメアリも少し早く歩き付いてくる。
フッ、負けず嫌いは健在か
でもそれがメアリだ。それが俺の愛しい人だ。子供の頃見た光景を知らなければあの魂の番と会った時、メアリは俺の叩いてでも、いや、その場で俺の頬を叩いて俺の目を見て別れの言葉を言っただろう。
それだけメアリの心の深い傷になり、そして新たに深い傷を付けた。
「メアリ、俺達の出会いは運命だ。心で惹かれた運命だ。俺はこの運命を神に感謝する。メアリに出会わせてくれた神に感謝する」
こんな言葉がメアリに響くとは思わない。それでも初めてメアリに会った時心から惹かれたのは事実だ。母親の後ろに隠れこっそり覗いた顔。風が髪をふわりとなびかせ大きな瞳で俺を睨んだ。
可愛いのに格好良い
女の子は弱く泣き虫、そう思っていた。俺を睨んだあの瞳に俺の心は持ってかれた。俺の心は今も昔もずっとメアリが握っている。
女の子を女性を格好良いと思うのはメアリだけだ。獣人にも怯まない、令嬢の中で孤立しようが顔を上げる。負けず嫌いで俺を睨む目が俺を捕らえて離さない。
それを愛しいと思わず何と思う。
「愛してるメアリ、俺の心を独占しているのはメアリだけだ。あぁいつ見てもメアリは可愛い、愛しい、早く俺の檻の中に戻って来てほしい、俺の愛しい人よ」
俺はメアリに聞こえないように呟いた。
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