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しおりを挟む「愛してるメアリ、俺の心を独占しているのはメアリだけだ。あぁいつ見てもメアリは可愛い、愛しい、早く俺の檻の中に戻って来てほしい、俺の愛しい人よ」
風に乗って微かに聞こえたウォルの声。呟くように言ったその声はきっと私に聞かせるものではない。
前を歩くウォルは嬉しそうな顔をしている。尻尾は穏やかに揺れているのに耳はピクピクと動いている。
あれは自分の欲望を考えている時の姿
発情期が始まる前になると私の髪からリボンを取って持っていく。そのリボンの匂いを嗅いで獲物を射るような瞳で私を見つめる。
獣の部分をあまり見せないウォルが獣の部分を見せる瞬間。その瞳に私は捕われ動けなくなる。
今もその時と同じ、尻尾をゆらゆらと穏やかに揺らし耳はピクピクと動く。そして瞳の奥は欲望に忠実。
ウォルが前を向いて歩いていて良かった。もし今私の目を見て呟いていたらきっと私は捕われる。あの瞳にウォルの心に捕われきっと許してしまう。
でもそれでは駄目
『これで発情期を乗り越えられるよ』
そう言った時の顔はいつものウォルに戻った。私に向ける顔はいつも人の顔になる。
獣の姿を嫌うウォル。私は今までウォルに守られてきた。だから私は獣の部分を獣の本能を見ずにここまできた。
獣もウォルの一部なのに…
ウォルがさっき言った言葉『神が与えた試練』私も問われている『目を背けず全てを見よ』と。
獣のウォルがどんななのか、私は知るべきだ。そしてそれを許すか許せないか、私が乗り越える壁…。
ウォルの帰りを見送り、
「ラルフ少しいい?」
「はい」
「ラルフはウォルと友達よね?ラルフから見てウォルってどう?」
「メアリ嬢命、でしょうか」
「ふふっ、そうね」
「では俺からも聞いていいですか?」
「ええ」
「メアリ嬢はどうして俺達獣人を怖がらないんですか?令嬢達は獣人を怖がります。俺達は人ではありません。人よりも力が強く、それこそ令嬢ならひと噛みで殺せます」
「そうね、私なんて貴方達獣人からしたら組み伏せるのは簡単よね。でもね、怖いのは見た目じゃないわ。本当に怖いのは見えない人の心よ?
今まで友人だと思っていた人が無視をして影で悪口を言う。誰と一緒にいるか、誰と親しくしているか、ただそれだけで友人を辞めたり見る目が変わるの。でもまだそれは良いわ、目に見えて分かる態度だもの。でもね、友人の仮面を被り親身になるふりをして影では言いたい放題。私は味方よ、そういう態度なのに裏では、それが怖い。でもそれもその人なのよ。私に見せなかった部分ってだけでその人の一部なの。心の中でどう思おうと心はその人の物だしその人にしか分からないわ。誰だって嫌われたくないし輪から外されたくない。それに常に情報は仕入れたいものでしょ?話は盛り上がるし令嬢達のお茶会のお茶請けには持ってこいだわ。
でも獣人には本人よりも雄弁な尻尾や耳がある。私はそれを知ってるから獣人は怖くないの。
ウォルにとって獣の部分は一部だわ。私に見せない、ううん、私が見ようとしなかった一部。そしてウォルは私に隠す事を選んだ。違うわね、私が隠すように選ばせたの。
私はウォルの見えない獣の部分が怖い…」
「あいつは、あいつはきっと今この時の俺とメアリ嬢が会話する、それさえも許しませんよ。それが獣の部分なのか心の部分なのか、それこそ一緒なのか…
今メアリ嬢が何が怖くて何が許せないのか、ウォル自身に聞いて確かめるのが一番だと思います」
「そうよね…」
「メアリ嬢、あいつは重いですよ?」
「重い?」
「メアリ嬢に対する気持ちです」
「あぁそっち。そっちは分かってるわ。
ねぇラルフ聞きたいんだけど、檻の中って何?」
「俺が言える事は、ウォルは狼獣人でメアリ嬢命の男、ただそれだけです」
「よく分からないわ」
「それも聞いてみると良いと思います。ただし、聞いたら最後だと思って下さい」
「なんか物騒ね」
「俺だって好きな子が同じ獣人なら別ですが、もし人を好きになったら獣の部分は隠し通します。
野生の獣の世界では弱肉強食です。獣人のように肉食と草食の種族が仲良くするのは難しいと思います。でも我々は共存している。それは人の心を持ち理性を持つからです。獣の部分は本能、女性ではなく雌。本能で目の前の雌を服従させたいと思い種付けしたいと思います。
もしウォルの獣の部分を知りたいならそれなりの覚悟が必要です。人の概念を覆す事になるかもしれません。まぁでもあいつも騎士なので大丈夫だとは思いますが」
「そうね」
ラルフの言いたい事はなんとなく分かる。今まで隠していた獣の部分を知りたいという事は『隠さないで』と言うようなもの。
今までウォルが私を守ってくれた世界。
少し考えよう。私はウォルとどうしたいのか、どうなりたいのか、好きや愛してるだけじゃない、今まで見ないようにしてきた部分を、私なりに考えてみようと思う。
でもこれだけは言える。
私はウォルを愛してる
この先ウォルが私以外の女性と歩いている所を見たら、私がウォル以外の男性と歩いている時に出会ったら、そう考えるだけで嫌だ。それにきっと堂々とすれ違う事は出来ない。
見たくないし見てほしくない。
それが思い出として残る心だとしても、心に残るウォルへの気持ちが、何もしないで後悔した気持ちが、心の片隅だとしてもいつまでも消えずに残り続ける。
そして顔を見てしまえば『好きだった』『愛していた』過去の思いだとしてもウォルへ思いを馳せる。
結局私の心を捕えて離さないのはウォルだけなのよ、と。
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