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しおりを挟むウォルは昔から変わらない。
私のお父様とお母様は結婚して10年子供が出来なかった。ようやく出来た子供は女児。ハーデス家は私の子供かお父様の従兄弟の子が跡を継ぐ。
なかなか子供が出来ないお母様はお父様に離縁を言ったそう。
『跡継ぎを産んでほしい為に結婚したんじゃない。俺と夫婦になってほしいから、俺の妻になってほしいから、俺がそれを望んだから結婚したんだ』
お父様は離縁を頑なに拒んだ。
お父様とお母様の出会いはお祖父様が決めた婚約だった。一人息子のお父様、貴族には珍しい5人兄妹のお母様。末娘のお母様には4人のお兄様達がいる。男児を産む血筋だけで決められた婚約だった。
それでもお父様とお母様は愛し合い夫婦になった。
『俺達は子供が居なくても幸せだ。誰に何を言われても俺達の幸せは俺達が決めればいい』
お父様とお母様は夫婦二人、幸せの形は人それぞれ。結婚しないと決めた人、跡継ぎを産む事が幸せと思う人、その人その人が幸せだと思うならそれが幸せの形。
お父様はお母様を守る為にお祖父様から当主の座を奪い、お祖父様とお祖母様を領地へ追いやった。元々出世に興味もなかったお父様は事務官長としての役職も得た。
10年目子が宿り私が産まれた。お母様は泣いて喜んだ。例え女児でも愛しい人の子を産めたと。
昔お祖父様に言われた事があった。
『どうしてお前は男じゃないんだ。お前が男なら良かった。跡継ぎにもならない女なんか産んで、あんな嫁なんかさっさと捨てれば良かったんだ』
お父様は私を抱き上げ
『今すぐこの邸から出て行ってくれ。もうこの子を貴方方に会わせるつもりはない』
お父様の怒号を聞いたのは後にも先にもこの時だけだった。
お父様やお母様がウォルの事を許したのは私の幸せを一番に考えてくれたから。
『家に縛られる必要はない。メアリはメアリの幸せを望んでほしい』
獣人との間には子が出来にくい。それに産まれてくる子は獣の姿をした獣人。例え私が産んだ子だとしても貴族の跡継ぎと認めてもらえるかは分からない。人と婚約し婚姻、それが本来なら望ましい。
それでも私はウォルと幸せになりたいと望んだ。
そしてお父様はウォルなら私を守れると認めたから。実際学園時代はウォルが守ってくれた。今もウォルは私を守ってくれている。
ウォルは自分の両親の事も私の両親の事も尊敬している。
『おじさんとおばさんは幸せな夫婦だ。あんた達に何か言われるいわれもない。おばさんは女神だ。俺のメアリを産んでくれたとても素晴らしい女性だ。あんた達はそこらへんに生えてる雑草だな』
ご婦人方は噂話が大好き。なかなか子が出来なかったお母様に、ようやく子が出来ても女児を産んだお母様に嫌味を言う。
まだ子供だった私達。ウォルは私の前に立って私を隠し私の手を握っていつもご婦人方に放つ言葉。
ウォルはお父様の代わりにいつも私とお母様を守っていた。私より少し大きな体でいつも守ってくれていた。
前を歩くウォルを眺めていたら服から見える包帯が気になった。
「ウォル、その包帯どうしたの?」
ウォルは咄嗟に隠した。私はウォルの元まで歩きウォルの袖を上げた。右腕に巻かれた包帯。
「大丈夫だ」
私は巻いてある包帯を解いた。
「どうしたのこれ!」
子供の頃私を庇って出来た傷。治ってるはずの傷口が開いていた。包帯にも少し血が滲んでいた。
「これは…」
「ウォル教えて」
ウォルは諦めたような顔をした。
「これは、俺にとってメアリを守った勲章だ、メアリとの絆だ。俺が未熟者故にメアリを傷つけた。メアリとの絆が消えないように…」
「自分で傷を付けたの?」
「この傷の痛みがある内はメアリとの絆は消えないと思ったんだ。メアリとの絆を消したくないと、メアリを失いたくないと、それだけしか考えられなかった」
「馬鹿なの?」
「ああ、俺は大馬鹿者だ。メアリを愛する事しか出来ない男だ」
私はもう一度包帯を巻いた。
「もう自分を傷つけないで」
「メアリが側に居てくれたら大丈夫だ」
ウォルは昔から傷が出来ようが血が出ていようが自分には無関心。私に擦り傷一つ出来たら大騒ぎするくせに。
私の気持ちは私が一番良く分かってる。
今まで自然に繋がられた手が寂しさを誘い、通り過ぎる風が冷たく感じる。
私が一言『許す』そう言えば…
ラルフは言った、ウォルに聞いて確かめればいいと。
子孫繁栄を願う獣人。それでもウォルは子孫を残せなくてもいいと言うと思う。それよりも二人で幸せになりたいと言うと思う。
「ウォルは子供の頃に守った子を、守りきれなかった妹さんの代わりに思ってるだけよ」
「違う!」
ウォルは双子だった。3歳の時、妹さんは流行り病で亡くなった。
「シャルを守る、そう思っていたのは事実だ。一緒に腹の中で育ち同じ日に産まれたんだ。片割れのような一部のような大事な妹だった。一緒に育ったんだ、兄として妹を守る、そう思うのは当たり前だろ?シャルには幸せになってほしいと思った。好きな男が出来たらその男がシャルを守れる男か幸せに出来る男か見極めないといけないと思った。
でも俺が俺の手で幸せにしたいと思ったのは、守りたいと思ったのはこの世で一人だけだ。同じ獣人じゃない異種族の人のメアリだけだ。初めて会った時から俺の心を離さないのはメアリだけだ。好きになったのも愛したのもメアリだけだ」
真っ直ぐ私を見つめるウォルの瞳。その瞳に嘘はない。
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