8 / 152
お祖父様の家
しおりを挟む私は邸に帰りお父様に頼んだ。
「お父様家を貸して下さい」
「家?」
「お祖父様が住んでいた家が今は空家ですよね?」
「あの家か」
お祖父様は公爵邸とは別に小さい家を王都に建てた。
街娘との愛の巣、なんて周りには言われていたけど、貴族の邸より小さい家でも平民が住む家よりはるかに大きい家。
お祖父様はそこで売れもしない絵を描いていた。私が描いた方が上手いのでは?と思うほどの絵。はっきり言って下手くそ。それでも、お祖父様が楽しそうに絵を描いていた姿を今でも覚えている。
公爵邸ではない別の家で、画家というには画家に失礼だけど、画家の気分を味わっていた。
お父様は我関せずと『勝手に好きなだけどうぞ』と、早々に当主をお父様に継がせ、隠居したお祖父様の道楽の家。
昔お祖父様に聞いた。『どうして公爵邸ではいけなかったの?わざわざこの家で描かないといけないの?』と。『公爵邸では公爵前当主の顔がある。でもこの家では画家の顔ができる』そう言って、私の頭を撫でたお祖父様の笑った顔は少年のような顔だった。
早くに妻を亡くし、後妻も娶らず一人息子のお父様を育てた。お祖父様は『私の妻は一人だけ。私はルーシュしか愛せない』そう言っていたそう。でも『儂はもう一人愛してしまった。女性はルーシュだけだと思っていたんだがな』そう言って私を抱きしめた。『愛しているよミシェル、儂の可愛い孫娘』お祖父様の家に私はよく行っていた。庭で遊ぶ私の姿を眺め絵を描く。これが私?と言いたくなったけど、お祖父様は描いた絵を愛おしそうに眺め、大切な物だと引き出しにしまった。
お父様はお祖父様が天に召されてもあの家は手放さなかった。今もメイドが度々あの家の掃除をしている。
お祖父様の家はお祖父様との思い出が沢山詰まった大切な場所。きっとお父様にとっても大切な思い出の場所。
お父様は後妻を娶らず、亡き後でも自分の母親だけを愛し続けたお祖父様を誇りに思い、公爵当主の姿を尊敬していた。お父様も私と同じでお祖父様が大好きなの。
「何に使う」
「リーストファー様と準備が出来次第一緒に暮らそうと思います」
「婚姻式もまだなのにか。そもそも婚姻証明書のサインもしていない」
「アンセム侯爵家では治る怪我も治りません」
「だろうな」
「侯爵家に口を出すつもりはありませんが、夫を守りたいと思うのは当たり前です。私はリーストファー様の妻ですから」
「分かった。だが婚姻証明書にサインしてからだ」
「分かりました」
「家は別に用意してやる」
「お父様ならそう言って下さると思いました」
私はにっこり笑った。
「出来れば広い庭のある家をお願いしますね」
私の狙いは初めからこっち。
お祖父様の家には、お祖父様が描いた絵が今も大切に保管されている。それにあの家は私の大切な場所。あの家の中に一歩入れば、お祖父様との幸せな思い出が詰まってる。その場所を違う思い出で塗り替えたくない。
それはお父様も同じ。
だから、お父様なら違う家を用意してくれると思った。
リーストファー様と一緒に暮らすのなら思い入れがない家で暮らしたい。きっと、幸せとはかけ離れた家になると思うから。
酷い言葉は言われなくなった。それでも愛が芽生えるとは思えない。彼の心は今も辺境にある。彼の心を占めているのは辺境の大きな家族と仲間。私の入る隙はない。
それにきっと彼は私を愛さない。
私を愛せばそれは裏切り。
それが分かるから、私は何度も『妻です』と言う。私達は少し違うけど、本来貴族の婚姻は家と家の繋がり、そこに愛は必要ない。男女が婚姻すれば女性は妻になる、ただそれだけ。妻として子も産む。妻として夫を支える。それでも愛してほしいとは思わない。
お祖父様はお祖母様を愛していた。お父様もお母様を愛している。愛の中で私は育った。
幼い頃は私も、愛する旦那様と婚姻するものだと思っていた。でもジークライド殿下の婚約者になり、愛は尊いものだと知った。誰もが手に出来るものではない。ごく僅か限られた者だけが手に出来るもの。
そして私は大半の愛を手に出来ない者。
それが辛いとも寂しいとも思わない。
旦那様の愛はなくても、私の心の中には愛が詰まっている。お祖父様の愛、お父様とお母様の愛、弟ライアンの愛。
私は家族に恵まれた。家族の愛に恵まれた。それはとても尊いもの。
だから何となく分かるの。リーストファー様が私を妻に望んだ理由も。私でも同じ事をする。良いか悪いかではなく、それが己にとっての正義だから。
だから責めたりしない。
どうして私が?例えそう思ったとしても。
愛はなくても夫婦として築けるものはある。
後日お父様から『没落した母上の実家の伯爵邸で暮らせ』そう言われた。お祖母様の実家と言っても、お祖母様は数ヶ月しか暮らした事はない。お祖母様の父親も嫡男主義。そして女児だったお祖母様は、産まれて数ヶ月で領地へ追いやられ領地で暮らしていた。ただ、領地を任されていた夫妻がとても優しい人達で、お祖母様は伸び伸びと暮らしていたそう。
伯爵家を没落に追い込んだのはお祖父様なんだけどね。その時伯爵邸をお祖母様の所有にした。そして今はお父様が所有している。
伯爵邸なら何の思い入れもないし、それに庭は広い。庭は広いほうがいいもの。
160
あなたにおすすめの小説
誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる
吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」
――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。
最初の三年間は幸せだった。
けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり――
気づけば七年の歳月が流れていた。
二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。
未来を選ぶ年齢。
だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。
結婚式を目前にした夜。
失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。
「……リリアナ。迎えに来た」
七年の沈黙を破って現れた騎士。
赦せるのか、それとも拒むのか。
揺れる心が最後に選ぶのは――
かつての誓いか、それとも新しい愛か。
お知らせ
※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。
直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。
【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)
今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)
【書籍化決定】愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
能力持ちの若き夫人は、冷遇夫から去る
基本二度寝
恋愛
「婚姻は王命だ。私に愛されようなんて思うな」
若き宰相次官のボルスターは、薄い夜着を纏って寝台に腰掛けている今日妻になったばかりのクエッカに向かって言い放った。
実力でその立場までのし上がったボルスターには敵が多かった。
一目惚れをしたクエッカに想いを伝えたかったが、政敵から彼女がボルスターの弱点になる事を悟られるわけには行かない。
巻き込みたくない気持ちとそれでも一緒にいたいという欲望が鬩ぎ合っていた。
ボルスターは国王陛下に願い、その令嬢との婚姻を王命という形にしてもらうことで、彼女との婚姻はあくまで命令で、本意ではないという態度を取ることで、ボルスターはめでたく彼女を手中に収めた。
けれど。
「旦那様。お久しぶりです。離縁してください」
結婚から半年後に、ボルスターは離縁を突きつけられたのだった。
※復縁、元サヤ無しです。
※時系列と視点がコロコロゴロゴロ変わるのでタイトル入れました
※えろありです
※ボルスター主人公のつもりが、端役になってます(どうしてだ)
※タイトル変更→旧題:黒い結婚
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
有能外交官はドアマット夫人の笑顔を守りたい
堀 和三盆
恋愛
「まあ、ご覧になって。またいらしているわ」
「あの格好でよく恥ずかしげもなく人前に顔を出せたものねぇ。わたくしだったら耐えられないわ」
「ああはなりたくないわ」
「ええ、本当に」
クスクスクス……
クスクスクス……
外交官のデュナミス・グローは赴任先の獣人国で、毎回ボロボロのドレスを着て夜会に参加するやせ細った女性を見てしまう。彼女はパルフォア・アルテサーノ伯爵夫人。どうやら、獣人が暮らすその国では『運命の番』という存在が特別視されていて、結婚後に運命の番が現れてしまったことで、本人には何の落ち度もないのに結婚生活が破綻するケースが問題となっているらしい。法律で離婚が認められていないせいで、夫からどんなに酷い扱いを受けても耐え続けるしかないのだ。
伯爵夫人との穏やかな交流の中で、デュナミスは陰口を叩かれても微笑みを絶やさない彼女の凛とした姿に次第に心惹かれていく。
それというのも、実はデュナミス自身にも国を出るに至ったつらい過去があって……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる