褒美で授与された私は王太子殿下の元婚約者

アズやっこ

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お祖父様の家

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私は邸に帰りお父様に頼んだ。


「お父様家を貸して下さい」

「家?」

「お祖父様が住んでいた家が今は空家ですよね?」

「あの家か」


お祖父様は公爵邸とは別に小さい家を王都に建てた。

街娘との愛の巣、なんて周りには言われていたけど、貴族の邸より小さい家でも平民が住む家よりはるかに大きい家。

お祖父様はそこで売れもしない絵を描いていた。私が描いた方が上手いのでは?と思うほどの絵。はっきり言って下手くそ。それでも、お祖父様が楽しそうに絵を描いていた姿を今でも覚えている。

公爵邸ではない別の家で、画家というには画家に失礼だけど、画家の気分を味わっていた。

お父様は我関せずと『勝手に好きなだけどうぞ』と、早々に当主をお父様に継がせ、隠居したお祖父様の道楽の家。

昔お祖父様に聞いた。『どうして公爵邸ではいけなかったの?わざわざこの家で描かないといけないの?』と。『公爵邸では公爵前当主の顔がある。でもこの家では画家の顔ができる』そう言って、私の頭を撫でたお祖父様の笑った顔は少年のような顔だった。

早くに妻を亡くし、後妻も娶らず一人息子のお父様を育てた。お祖父様は『私の妻は一人だけ。私はルーシュしか愛せない』そう言っていたそう。でも『儂はもう一人愛してしまった。女性はルーシュだけだと思っていたんだがな』そう言って私を抱きしめた。『愛しているよミシェル、儂の可愛い孫娘』お祖父様の家に私はよく行っていた。庭で遊ぶ私の姿を眺め絵を描く。これが私?と言いたくなったけど、お祖父様は描いた絵を愛おしそうに眺め、大切な物だと引き出しにしまった。

お父様はお祖父様が天に召されてもあの家は手放さなかった。今もメイドが度々あの家の掃除をしている。

お祖父様の家はお祖父様との思い出が沢山詰まった大切な場所。きっとお父様にとっても大切な思い出の場所。

お父様は後妻を娶らず、亡き後でも自分の母親だけを愛し続けたお祖父様を誇りに思い、公爵当主の姿を尊敬していた。お父様も私と同じでお祖父様が大好きなの。


「何に使う」

「リーストファー様と準備が出来次第一緒に暮らそうと思います」

「婚姻式もまだなのにか。そもそも婚姻証明書のサインもしていない」

「アンセム侯爵家では治る怪我も治りません」

「だろうな」

「侯爵家に口を出すつもりはありませんが、夫を守りたいと思うのは当たり前です。私はリーストファー様の妻ですから」

「分かった。だが婚姻証明書にサインしてからだ」

「分かりました」

「家は別に用意してやる」

「お父様ならそう言って下さると思いました」


私はにっこり笑った。


「出来れば広い庭のある家をお願いしますね」


私の狙いは初めからこっち。

お祖父様の家には、お祖父様が描いた絵が今も大切に保管されている。それにあの家は私の大切な場所。あの家の中に一歩入れば、お祖父様との幸せな思い出が詰まってる。その場所を違う思い出で塗り替えたくない。

それはお父様も同じ。

だから、お父様なら違う家を用意してくれると思った。

リーストファー様と一緒に暮らすのなら思い入れがない家で暮らしたい。きっと、幸せとはかけ離れた家になると思うから。

酷い言葉は言われなくなった。それでも愛が芽生えるとは思えない。彼の心は今も辺境にある。彼の心を占めているのは辺境の大きな家族と仲間。私の入る隙はない。

それにきっと彼は私を愛さない。

私を愛せばそれは裏切り。

それが分かるから、私は何度も『妻です』と言う。私達は少し違うけど、本来貴族の婚姻は家と家の繋がり、そこに愛は必要ない。男女が婚姻すれば女性は妻になる、ただそれだけ。妻として子も産む。妻として夫を支える。それでも愛してほしいとは思わない。

お祖父様はお祖母様を愛していた。お父様もお母様を愛している。愛の中で私は育った。

幼い頃は私も、愛する旦那様と婚姻するものだと思っていた。でもジークライド殿下の婚約者になり、愛は尊いものだと知った。誰もが手に出来るものではない。ごく僅か限られた者だけが手に出来るもの。

そして私は大半の愛を手に出来ない者。

それが辛いとも寂しいとも思わない。

旦那様の愛はなくても、私の心の中には愛が詰まっている。お祖父様の愛、お父様とお母様の愛、弟ライアンの愛。

私は家族に恵まれた。家族の愛に恵まれた。それはとても尊いもの。

だから何となく分かるの。リーストファー様が私を妻に望んだ理由も。私でも同じ事をする。良いか悪いかではなく、それが己にとっての正義だから。

だから責めたりしない。

どうして私が?例えそう思ったとしても。

愛はなくても夫婦として築けるものはある。


後日お父様から『没落した母上の実家の伯爵邸で暮らせ』そう言われた。お祖母様の実家と言っても、お祖母様は数ヶ月しか暮らした事はない。お祖母様の父親も嫡男主義。そして女児だったお祖母様は、産まれて数ヶ月で領地へ追いやられ領地で暮らしていた。ただ、領地を任されていた夫妻がとても優しい人達で、お祖母様は伸び伸びと暮らしていたそう。

伯爵家を没落に追い込んだのはお祖父様なんだけどね。その時伯爵邸をお祖母様の所有にした。そして今はお父様が所有している。

伯爵邸なら何の思い入れもないし、それに庭は広い。庭は広いほうがいいもの。



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