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4 お母様 ②

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コンコンと玄関の扉を鳴らす音に私は玄関の扉を開ける。

玄関の扉を開ければリクルさんが荷馬車から荷を下ろしていた。



リクルさんはこの領地に年に数回立ち寄る行商さん。生活用品を売りながら領地を転々とする。

平民相手の行商さんで人当たりも良く口も上手い。


当主になった伯父様から毎年最低限のお金が送られてくる。生活用品を購入するのに有り難く使わせてもらっている。

お母様にも生き甲斐をと思って本や布、刺繍糸をリクルさんがこの領地へ来た時に購入する。

抜け殻だったお母様が生きる事と向き合ってくれたら、今の暗闇から抜け出してくれたら、と侯爵家で暮していた時にお母様が毎日日課にしていた読書と刺繍なら目を向けてくれるだろうと思って。

でも元令嬢でも私は刺繍を嗜む年齢ではなかったし、絵本ならまだしも本は全く分からない。だからリクルさんが薦めるものを購入していた。

何も興味を示さないお母様

だからリクルさんに無理を言って家まで来てもらう事にした。


目の前に並べられる本や刺繍糸

外をぼうっと眺めていたお母様が初めて目を向けた。

『この本は王都のご令嬢にとても人気です』

と本の説明をした。お母様が何を読んでいたのか私は知らない。でもお母様は本を手にし読みだした。

それからも、

『この刺繍糸は他国の物で高位ご令嬢の皆様方が好まれています』

他国の物だから値はそれなりに高い。お母様は刺繍糸を手にし、

『これをいただくわ』

とここに来て初めて声を発した。


それからもリクルさんはこの領地へ来るたびに我が家へ立ち寄り商品を並べる。お母様と仲良く談笑する声が外で洗濯している私まで聞こえてくる。

私は嬉しかった

お母様がベッドから起き上がり本を読んだり刺繍を刺したり、それに笑ったり話したりする姿が、私は嬉しかった。


でも平民には高い刺繍糸やワンピース、髪留めや本は伯父様が送ってくれるお金では足りなくなる。だからお母様が刺繍を刺したハンカチやテーブルクロスをリクルさんに買い取ってもらい、そしてまたお母様が勝手に購入した商品の代金の足しにする。


私も10歳を過ぎた頃から領地の工場で少しの時間だけお手伝いをし少ない賃金を貰っている。

お母様の実家の侯爵家は隣の領地から買った羊毛を織物にし領地経営している。工場では女性が機織りしそれ以外を男性がする。染料をしたり出来上がった織物を運んだり、力仕事は男性の仕事。

私はまだ機織りは出来ないから言われた糸を持ってくるお手伝いをしていた。

この頃は少しづつ機織りもさせてもらえるようになったから賃金も少しだけ上がった。



「ハンナちゃん」

「おばさん」

「これいつもの」

「いつもすみません」


私はおばさんの娘さんのお下がりをいつも貰っている。ただでさえ平民が着る服の布は薄い。それを着れなくなるまで着た服は破れてボロボロ。それでも手直しすれば十分着れる。それに今はお母様の刺繍を見様見真似で刺し自分好みにしている。


「ハンナちゃん、こんな事私も言いたくないんだけど、あんたのお母さん大丈夫かい?」

「最近はよく笑うようになりました」

「そうじゃなくて、その、ね…、見た人がいるんだよ。リクルさんは良い人だと思うけど…、まるで恋人のようだったって。お母さんは未亡人だし別に悪いとは言わないけどね、でも娘ばかり働かせて自分は何もせずは違うだろ?寝たきりの時ならまだしも今は起き上がれているんだから」

「おばさんいつもありがとう。私からリクルさんにお願いしたんです。忙しい私の代わりに散歩に付き合ってもらえないかって」

「ならいいけど。何かあったら頼りなよ」

「はい。いつもおばさんには頼ってばっかりだけど」

「ハンナちゃんは私の娘のようなものなんだから気にしなくていいよ」


リクルさんが領地へ来るとお母様はいつも以上に機嫌が良い。それにたまには外で散歩をしてほしい。工場と家の事で忙しい私の代わりに頼んだのは私。

お母様より少し年上のリクルさんは優しいおじさんだと私も思ってる。

それに、

お母様の笑顔を取り戻してくれたのはリクルさん。リクルさんには感謝してるの。

私がお母様の笑顔を取り戻したい、そう思ってたわ。

でも私では駄目だった…

私も心では思う所があった。なんで私ばっかりって。お父様の裏切りで心を痛めたのはお母様だけじゃない、私だって傷ついた。お父様を恨んだ事なんて何度もあるわ。

寝たきりのお母様を責めても仕方がないって分かっていてもどうにもならない思いは募るの。どうしてなんでって。

私だってまだ甘えたい年齢だった。まだ庇護される年齢だった。

手が荒れてボロボロになっても、慣れない包丁で指を切っても、継ぎ接ぎだらけの服を着ていても、それでも耐えたのはここでお母様と生きていく為。

何度涙を流したか分からない

何度嘆いたか分からない

でも流した涙を拭ってくれる人も、どれだけ嘆いてもこの現実は変わらなかった。


私はお母様の親じゃない

お母様が私の親なの




「ごめんね…、私にはリクル様だけなの。それに私はいつまでも女性でいたいの。許してね、ハンナ…」


ある晩、お母様はリクルさんの手を取り私を置いて出て行った…



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