4 / 33
4 お母様 ②
しおりを挟むコンコンと玄関の扉を鳴らす音に私は玄関の扉を開ける。
玄関の扉を開ければリクルさんが荷馬車から荷を下ろしていた。
リクルさんはこの領地に年に数回立ち寄る行商さん。生活用品を売りながら領地を転々とする。
平民相手の行商さんで人当たりも良く口も上手い。
当主になった伯父様から毎年最低限のお金が送られてくる。生活用品を購入するのに有り難く使わせてもらっている。
お母様にも生き甲斐をと思って本や布、刺繍糸をリクルさんがこの領地へ来た時に購入する。
抜け殻だったお母様が生きる事と向き合ってくれたら、今の暗闇から抜け出してくれたら、と侯爵家で暮していた時にお母様が毎日日課にしていた読書と刺繍なら目を向けてくれるだろうと思って。
でも元令嬢でも私は刺繍を嗜む年齢ではなかったし、絵本ならまだしも本は全く分からない。だからリクルさんが薦めるものを購入していた。
何も興味を示さないお母様
だからリクルさんに無理を言って家まで来てもらう事にした。
目の前に並べられる本や刺繍糸
外をぼうっと眺めていたお母様が初めて目を向けた。
『この本は王都のご令嬢にとても人気です』
と本の説明をした。お母様が何を読んでいたのか私は知らない。でもお母様は本を手にし読みだした。
それからも、
『この刺繍糸は他国の物で高位ご令嬢の皆様方が好まれています』
他国の物だから値はそれなりに高い。お母様は刺繍糸を手にし、
『これをいただくわ』
とここに来て初めて声を発した。
それからもリクルさんはこの領地へ来るたびに我が家へ立ち寄り商品を並べる。お母様と仲良く談笑する声が外で洗濯している私まで聞こえてくる。
私は嬉しかった
お母様がベッドから起き上がり本を読んだり刺繍を刺したり、それに笑ったり話したりする姿が、私は嬉しかった。
でも平民には高い刺繍糸やワンピース、髪留めや本は伯父様が送ってくれるお金では足りなくなる。だからお母様が刺繍を刺したハンカチやテーブルクロスをリクルさんに買い取ってもらい、そしてまたお母様が勝手に購入した商品の代金の足しにする。
私も10歳を過ぎた頃から領地の工場で少しの時間だけお手伝いをし少ない賃金を貰っている。
お母様の実家の侯爵家は隣の領地から買った羊毛を織物にし領地経営している。工場では女性が機織りしそれ以外を男性がする。染料をしたり出来上がった織物を運んだり、力仕事は男性の仕事。
私はまだ機織りは出来ないから言われた糸を持ってくるお手伝いをしていた。
この頃は少しづつ機織りもさせてもらえるようになったから賃金も少しだけ上がった。
「ハンナちゃん」
「おばさん」
「これいつもの」
「いつもすみません」
私はおばさんの娘さんのお下がりをいつも貰っている。ただでさえ平民が着る服の布は薄い。それを着れなくなるまで着た服は破れてボロボロ。それでも手直しすれば十分着れる。それに今はお母様の刺繍を見様見真似で刺し自分好みにしている。
「ハンナちゃん、こんな事私も言いたくないんだけど、あんたのお母さん大丈夫かい?」
「最近はよく笑うようになりました」
「そうじゃなくて、その、ね…、見た人がいるんだよ。リクルさんは良い人だと思うけど…、まるで恋人のようだったって。お母さんは未亡人だし別に悪いとは言わないけどね、でも娘ばかり働かせて自分は何もせずは違うだろ?寝たきりの時ならまだしも今は起き上がれているんだから」
「おばさんいつもありがとう。私からリクルさんにお願いしたんです。忙しい私の代わりに散歩に付き合ってもらえないかって」
「ならいいけど。何かあったら頼りなよ」
「はい。いつもおばさんには頼ってばっかりだけど」
「ハンナちゃんは私の娘のようなものなんだから気にしなくていいよ」
リクルさんが領地へ来るとお母様はいつも以上に機嫌が良い。それにたまには外で散歩をしてほしい。工場と家の事で忙しい私の代わりに頼んだのは私。
お母様より少し年上のリクルさんは優しいおじさんだと私も思ってる。
それに、
お母様の笑顔を取り戻してくれたのはリクルさん。リクルさんには感謝してるの。
私がお母様の笑顔を取り戻したい、そう思ってたわ。
でも私では駄目だった…
私も心では思う所があった。なんで私ばっかりって。お父様の裏切りで心を痛めたのはお母様だけじゃない、私だって傷ついた。お父様を恨んだ事なんて何度もあるわ。
寝たきりのお母様を責めても仕方がないって分かっていてもどうにもならない思いは募るの。どうしてなんでって。
私だってまだ甘えたい年齢だった。まだ庇護される年齢だった。
手が荒れてボロボロになっても、慣れない包丁で指を切っても、継ぎ接ぎだらけの服を着ていても、それでも耐えたのはここでお母様と生きていく為。
何度涙を流したか分からない
何度嘆いたか分からない
でも流した涙を拭ってくれる人も、どれだけ嘆いてもこの現実は変わらなかった。
私はお母様の親じゃない
お母様が私の親なの
「ごめんね…、私にはリクル様だけなの。それに私はいつまでも女性でいたいの。許してね、ハンナ…」
ある晩、お母様はリクルさんの手を取り私を置いて出て行った…
121
あなたにおすすめの小説
さよなら、私の初恋の人
キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。
破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。
出会いは10歳。
世話係に任命されたのも10歳。
それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。
そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。
だけどいつまでも子供のままではいられない。
ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。
いつもながらの完全ご都合主義。
作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。
直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。
※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』
誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。
小説家になろうさんでも時差投稿します。
彼は亡国の令嬢を愛せない
黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。
ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。
※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。
※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。
【完結】私の婚約者は、いつも誰かの想い人
キムラましゅろう
恋愛
私の婚約者はとても素敵な人。
だから彼に想いを寄せる女性は沢山いるけど、私はべつに気にしない。
だって婚約者は私なのだから。
いつも通りのご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不知の誤字脱字病に罹患しております。ごめんあそばせ。(泣)
小説家になろうさんにも時差投稿します。
幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。
そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。
たった一つボタンを掛け違えてしまったために、
最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。
主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?
(完結)可愛いだけの妹がすべてを奪っていく時、最期の雨が降る(全5話)
青空一夏
恋愛
可愛いだけの妹が、全てを奪っていく時、私はその全てを余すところなく奪わせた。
妹よ・・・貴女は知らない・・・最期の雨が貴女に降ることを・・・
暗い、シリアスなお話です。ざまぁありですが、ヒロインがするわけではありません。残酷と感じるかどうかは人によるので、わかりませんが、残酷描写シーンはありません。最期はハッピーエンドで、ほのぼのと終わります。
全5話
その日がくるまでは
キムラましゅろう
恋愛
好き……大好き。
私は彼の事が好き。
今だけでいい。
彼がこの町にいる間だけは力いっぱい好きでいたい。
この想いを余す事なく伝えたい。
いずれは赦されて王都へ帰る彼と別れるその日がくるまで。
わたしは、彼に想いを伝え続ける。
故あって王都を追われたルークスに、凍える雪の日に拾われたひつじ。
ひつじの事を“メェ”と呼ぶルークスと共に暮らすうちに彼の事が好きになったひつじは素直にその想いを伝え続ける。
確実に訪れる、別れのその日がくるまで。
完全ご都合、ノーリアリティです。
誤字脱字、お許しくださいませ。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
ポンコツ娘は初恋を諦める代わりに彼の子どもを所望する
キムラましゅろう
恋愛
辺境の田舎から聖騎士となった大好きな幼馴染フェイト(20)を追って聖女教会のメイドとして働くルゥカ(20)。
叱られながらもフェイトの側にいられるならとポンコツなりに頑張ってきた。
だけど王都で暮らして四年。そろそろこの先のない初恋にルゥカはケリをつける事にした。
初恋を諦める。諦めるけど彼の子供が欲しい。
そうしたらきっと一生ハッピーに生きてゆけるから。
そう決心したその日から、フェイトの“コダネ”を狙うルゥカだが……。
「でも子供ってどうやって作るのかしら?」
……果たしてルゥカの願いは叶うのか。
表紙は読者様CさんがAIにて作成してくださいました。
完全ご都合主義、作者独自の世界観、ノーリアリティノークオリティのお話です。
そして作者は元サヤハピエン至上主義者でございます。
ハピエンはともかく元サヤはなぁ…という方は見なかった事にしていただけますと助かります。
不治の誤字脱字病患者が書くお話です。ところどころこうかな?とご自分で脳内変換しながら読むというスキルを必要とします。
そこのところをご了承くださいませ。
性描写はありませんが、それを連想させるワードがいくつか出てまいります。
地雷の方は自衛をお願いいたします。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
冷たかった夫が別人のように豹変した
京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。
ざまぁ。ゆるゆる設定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる